第32話 単騎でグラコニア攻略


「じゃあな、辺。部活、頑張って来いよ」

「おうよ」


 すぐ背後のロッカーより、テニスラケットをリュックサックから取り出す辺に向かってそう告げると、俺は席を立ち上がる。カバンが軽い。中に入っているのは、ファイルと筆記用具、あとスマートフォンだけだ。


 教室を見渡すと、提出物をギリギリまで粘って終わらせようとする生徒、机に突っ伏する生徒――そこから少し視線を外すと、仲間内で問題用紙を見せ合って自己採点をする生徒などがひしめき合っているのが見えた。


 そう。今日はテスト最終日。二限で学校は終わるので、特に用事が無ければそのまま帰ることが出来るのだ。

 テスト週間、連日柏木さんとVCボイスチャットをしながらテスト勉強をしたお陰で、万全の状態で期末考査に臨むことが出来た。順位も、何位か更新されているかもしれない。


 さて。期末考査から解放された瞬間というのは、非常に清々しい。心のつっかえが取れるというか、張り詰めていた気を解き放つことが出来るというか。

 今日は何をしようか……と言っても、テストの最終日にやることはほぼ決まっているようなものだ。


『テストお疲れ、カスミ! 一緒に碧獣やろ!』


 そう。碧獣だ。テストが終わり家に帰ると、基本蕎麦からこのようなメッセージが届いており、俺はそれを断る訳もなく、パソコンを立ち上げるのだ。


 今日も同じようになるんだろうな。そう思い、教室のドアまで歩き出し――。


「カスミ! テストお疲れ様!」


 いきなり。赤紫色マゼンタの瞳がひょっこりと姿を現した。


「うわっ!?」

「へへ。びっくりした?」


 教室のドアからひょっこりと顔を出す、銀髪の美少女。柏木さんである。


「柏木さん……」

「一緒に帰ろ!」

「ああ」


 ◆◇◆


 背後からチクチクと突き刺さる視線を気にしながらも、俺は教室を出る。柏木さんは俺の隣を、ルンルンとした様子で歩いていた。


「ふぅ。終わった終わった」

「どうだった? テスト」

「いつになく絶好調だったぞ。これは、柏木さんに勝てるかもな」

「へへ。無理だね」


 即答。柏木さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「なんだと?」

「私はカスミが寝た後も勉強してたんだ。だから今回も一位確定だよ」

「なっ……」


 この徹底ぶりである。


「俺はあれで十分な気がするけどな。なんでそうまでして一位を取りたいんだ?」

「……私、あんまり運動神経良くないからさ。頭脳でカバーしないと」

「ああ、そう言うことか」


 流石に、漫画やアニメの世界のように「成績優秀かつスポーツ神経抜群」とはいかないらしい。確かに、柏木さんについて、スポーツが関連する話題が出てきたことはあまり無い。


 そして、やはり。


 柏木さんの家庭の事情に口を挟む気は無いが、柏木さんが勉強を頑張っているのは「穂乃香さんに楽をさせたい」というのもあると思っている。進学する際に、成績が良ければ良いほど学費免除その他もろもろの好待遇を受けることが出来るからだ。


「……それよりさ。今日は何する?」

「もう決まってるだろ」

「ふふふ。それじゃ、今日の一時から出来そう?」

「分かった」



 ◆◇◆



 蕎麦とHiscodeで通話を繋ぐ。


「聞こえるか?」

『うん。聞こえるよ』


 ヘッドフォンから、女の子の声がする。


 そしてパソコンの電源を入れ、「碧羅の獣」のアプリを起動する。何百回とやってきた動作だ。唯一違う点は、相棒の声が前とは違うこと、くらいか。


「碧羅の獣」が起動し、ロード画面の末、ロビーであり始まりの街である「リーズナ・ブルク」にテレポートされた。

 目の前には大きな広場、それを取り囲むのは、中世ヨーロッパ風の街並み……。


 鎧に身を包んだ様々な種族のプレイヤーが右往左往している。中には獣のような耳がと尻尾が生えているプレイヤーや、長い耳を持つプレイヤー、ツノが生えたプレイヤーに、背が低くガタイの良いプレイヤーなどが見えた。

 これらは、キャラメイクによって様々なカスタマイズが可能だ。


 広場の脇には屋台が見え、そこにも沢山のプレイヤー。ここ、リーズナ・ブルクはあらゆるアイテムの物価が安いので、新規プレイヤー以外もこういった屋台を重宝するのだ。品質はあまり良くないため、金銭的に余裕があるプレイヤーは別の場所に移ってしまうことが多いのだが。


『おーい。ここだよ。噴水のとこ』


 広場の中央、噴水に視線を向ける。


 噴水のすぐそばにある鉄製のベンチ座っているのは、ベアートリスの顔をした筋骨隆々のプレイヤー。

 背中に携えた大剣「蛇頭龍尾」は、以前訪れたダンジョンで手に入れたものだ。


「お、そこか」


 そのプレイヤーはベンチから立ち上がると、ガシガシと鎧の軋む音を出しながら近付いてきた。直後。「Sob_A221からパーティに誘われました。参加しますか?」というメッセージが流れ、俺は「参加」ボタンを躊躇なくクリックする。


『へへ。二十分ぶりだね』

「ああ」

『じゃ、行こっか。ポーションが切れそうだから、取り敢えず酒場に行っていい?』

「分かった」


 歩き出す熊の顔のプレイヤーに、俺も続く。ポーションを売っているのは、基本的には酒場と個人が経営しているポーション屋だ。酒場のポーションは安価でそこそこの性能がある。個人、つまりプレイヤーが営業しているポーション屋では、少し高価な代わりに品質の良いものを手に入れることが出来る。


 俺達は質より量派なので、あまり大量に高価なポーションを買ってはいない。蕎麦と俺で一つずつ、「上級治療薬エリクサー」を所持している程度だ。あまり深手を負うことも無くなったので、最近ではそれを使用することは滅多になくなった。


 そうこうしているうちに、酒場に到着する。


〈 酒場の店主 :いらっしゃい。酒かい? それともポーション?〉


 酒場の店主という名前のNPCに話しかけると、酒棚のようなレイアウトの購入画面が現れる。上段に載っているのは全て酒、中段はジュース、下段はポーションだ。


 俺は下段にカーソルを移動させ、「下級治療薬ロウ・ヒール」を十個ほど購入。


 ちなみに、上段の酒の効果は、ダンジョンに挑戦する時に必要となる「スタミナ」の回復を促進できる、というものだ。基本的にスタミナは時間経過でじんわりと回復していくが、酒を使えば――要は金次第でダンジョン攻略を効率的に行えるのだ。


 初心者のうちは金が無いので酒場を訪れる際に酒を買うことも少ないが……。


「よし。買えたぞ」

『お、ありがとう』


 蕎麦にポーションを手渡す。


『じゃあ……。今日こそグラコニアに行こうよ』

「グラコニア!? 正気か……」

『大丈夫大丈夫。アイアンメイデンなんて、単騎でグラコニア攻略できるんだから』


 グラコニアとは。上級プレイヤーでも挑むのを躊躇うほどの、高難易度ダンジョンのことだ。俗に言う「エンドコンテンツ」である。


「……はぁ。ま、付き合ってやらんこともないけど」


 グラコニアには、上級プレイヤーは最低でも四人で挑むのがセオリーだ。それを単騎で攻略するアイアンメイデンのメンバーが異常なだけ。


 俺は盾を引きずり、蕎麦に付いて行った。


 ◇◇◇ ◇◇◇


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【あとがき】


 ここから碧獣回が始まります。最初は説明ばかりですが……。これも必要なので、致し方ない。ちなみに、次回からバカップルも参戦します。


 この回を書き上げて気が付きましたが、棘姫10万字行ってますね、これ。いや、だからまあなんだって話なんですが(これでアドスコアが稼げる〜!)

 小説って凄い趣味ですよね。言っちゃ悪いですがこれって自分の妄想を文字に起こして共有してるようなもんですからね。まあ、物は言いようということで。


 切実に★がほしいです。面白いと思っていただければ、★★★お願いします。

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