第15話 エンジョイマウス集合で
「俺の名前は冬木佳純。女の子みたいな名前だろ?」
「冬城、佳純。フユキ、カスミ……」
柏木さんは俺の言葉を反芻するように、小声で繰り返し唱えていた。
人の名前を覚えるのが苦手なのだろうか。そんなに繰り返されると、なんだか恥ずかしくなる。
「風邪引くから、さっさと家に入ったほうが良いぞ」
「――あ、うん……ありがとう、か、カスミ……」
その呼ばれ方に、俺はなんとはなしに既視感を覚えた。ずっと昔からの友達に呼ばれるような、とは言っても、羽成に「カスミ!」と呼ばれるのとは少し違う。そんな感覚。その抑揚、その発音に、俺はただならぬ既視感を覚えていた――。
「じゃあ、また」
「ああ。さようなら」
ドアがパタンと閉まる。
「……どっかで会ったこと……いや、無いな」
あるはずがない。俺の人生の中で、柏木葵という人物に会ったことは、無い。
柏木さんが家の中に入るのを見守ったのち。俺も帰路についた。
◆ 柏木葵視点 ◆
藤色のベッドの上。私は枕に顔を埋める。
『――俺の名前は冬城佳純。女の子みたいな名前だろ?』
やっと、見つけた。カスミ。冬城佳純。本当に居たんだ、カスミは。この世界に。
やっと……カスミに会えた。それも、初対面じゃなかった。あの日、私はカスミ本人に対して「ネッ友が見つからない」なんて馬鹿げた相談をしていたのだ。それも、あんな素っ気ない態度を、親友であるカスミに対して取ってしまった……。
その上。
『あの人は私が一番信頼している人です。彼を侮辱することは許しません』
ああ、なんて恥ずかしいことを……。
カスミとの会話を思い出すたびに、羞恥心が湧き上がってくる。
私は思わず、ベッドの上で足をバタつかせた。
何で気付かなかったんだと問われれば、あの時の声色は、カスミの物では無かったと言い返すしかない……。それを本人に告げるのは、余りにも恥ずかしい。
でも。それ以外の理由で。カスミに正体を明かすことを恐れている自分が居る。
私はカスミを裏切っている。というか、欺いていると言った方が正しいだろうか。
もし、カスミが本当のことを知ったら。
「言い出せないよ、そんなこと……」
最初は、唯一の親友が同じ高校に通っていると知って、有頂天になってあちこち探し回っていたのに。今度は、この関係が壊れてしまうことがたまらなく怖いのだ。
「あ……そうだ」
良いことを思い付いた。
カスミ本人に訊いてみれば良いんだ。私が女でも、カスミは私を受け入れてくれるのか。もし受け入れてくれないなら、正体を明かすのはやめよう。これからも、ネッ友として付き合っていけば良い……。
私はスマホを取り出した。
kasumi1012のアイコンをタップし、画面右上の通話ボタンを押――。
「……あっ」
――っと。忘れていた。ボイスチェンジアプリを起動しないと。
私はHiscodeを閉じ、その横にあるマイクのアイコンのアプリを起動する。
ボイスチェンジ:男性
エイジ:八歳から八十歳まで……
エイジを十五歳前後にして、内蔵マイクに向かって発声。「あー、あー」という声は、少しずつ低くなっていった。誤魔化しが効くギリギリの年齢だ。私のこの声を男性ボイスにするには、この年齢が一番しっくりくるのだ。これより年齢を上げてしまうと、途中でボイスチェンジが追い付かなくなって、地声が出てしまう。
「……よし」
気を取り直して。私は通話ボタンを押す。
てろろろりん、という軽快な着信音と共に、カスミに通話が繋がる。
『……もしもし、どうした? 蕎麦』
「あ、カスミ。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、良いかな」
『ああ。何だ?』
流石に、私自身の話として取り上げるわけにはいかない。
あくまで他人の話として、だ。
「……参考までに、だからね。これは友達の友達から聞いた話なんだけど。ずっと仲の良かったネッ友が本当は女で、ネナベしてたことが判明したんだって。……それがもし自分のことだったら、カスミはどう思う?」
『んー。騙された、とは感じるけど……』
騙された。
「……っ」
その言葉に、私の胸はズキンと音を立て、鼓動を速める。
『――――でも、最終的には、やっぱり一緒に遊んでるんじゃないか? 性別が違うのって、ネットでゲームする上では些細な問題だろ』
……そっか。カスミにとっては、性別なんて些細なことなんだ。
「そっか。ありがとう。参考にするよ」
『……? よく分からないけど、役に立てたなら何よりだ。用はそれだけか?』
「うん。ありがとう」
『そうか。じゃ、切るぞ』
「うん」
その言葉を最後に、カスミとの通話は終わった。
『些細な問題だろ』
その言葉を聞けて、安堵する自分が居る。些細な問題なら、別に私が女だって知っても、カスミはそのままで居てくれるはずだ。
でも、どうやって話しかけよう……。もし学校でカスミを見つけても、勇気を出せずに話しかけられないかもしれない。それは嫌だ。
ネッ友とリアルで会う。それから連想するのは――オフ会。
「そうか。オフ会、すればいいんだ」
『ネッ友 オフ会 静かな場所』
検索エンジンの検索バーにそう入力して、検索する。
『オフ会の定番スポットは?』
『ネッ友とリアルで会う時の注意点。危険性など』
『同年代の女の子だと思っていたネッ友が、実は中年男性だった:ラフーニュース』
候補がずらりと出てくる。候補の二番目のサイトが目についた。
「ネッ友とリアルで会う時の注意点、危険性……」
その時、体育の授業の時にカスミが言っていたことを思い出した。
『それって、凄い危険なんじゃないか?』
『もし相手がヤバい奴で、犯罪に巻き込まれでもしたら』
当の本人がその心配をしてくれているんだ。
カスミがそのヤバい奴ならば、こんな心配は絶対にしないだろう。
何だか笑えてくる。
「ふふ。……たぶん、大丈夫かな」
私はそう呟き、タブを閉じる。
続いて、候補の一番上にあった『オフ会の定番スポットは?』を開いた。
『カラオケボックス』
『カフェ』
『ファミレス』
エトセトラ、エトセトラ……。
二人きりになれる場所。うん、カラオケボックスだな。
そうと決まれば、あとはカスミをオフ会に誘うだけだ。
〈Sob_A221 :オフ会って興味ある?〉
〈kasumi1012 :唐突だな〉
〈kasumi1012 :んー〉
〈kasumi1012 :興味はあるけど……〉
良かった、興味はあるんだ。
でも、カスミは家を出ることを極端に嫌うから、ここは押し通さないといけない。
〈Sob_A221 :じゃあ。〉
〈Sob_A221 :今度オフ会してみない?〉
〈Sob_A221 :二人で!〉
〈kasumi1012 :別に良いけど〉
あら。案外あっさり。
〈kasumi1012 :どっちに合わせるんだ? 俺が蕎麦の方に行けば良いのか?〉
あ、そうか。カスミは私が一緒の地域に住んでること、知らないんだ。
〈Sob_A221 :カスミの居る方で良いよ。〉
〈kasumi1012 :そうか〉
そう言うと、カスミは私に自分が住んでいる県と町を教えてくれた。まあ、別に必要無いんだけどね。一緒の地域に住んでいて、一緒の高校に通っているんだから。
〈kasumi1012 :場所はどうする?〉
〈Sob_A221 :カラオケボックスが良いな。〉
〈kasumi1012 :お、良いな〉
〈kasumi1012 :蕎麦とは歌の趣味も合うしな〉
なんだ。結構乗り気じゃん。
〈Sob_A221 :いつにする?〉
〈Sob_A221 :明日にでも出来るけど。〉
〈kasumi1012 :明日で良いぞ〉
〈Sob_A221 :じゃあ明日ね。〉
〈kasumi1012 :昼頃にエンジョイマウス集合でどうだ〉
エンジョイマウスというのは、紀里高校に一番近いカラオケボックスだ。
紀里高校の生徒が部活帰りに入り浸る定番スポットでもあるけど……。昼頃なら問題ないだろう。
〈Sob_A221 :OK。〉
〈Sob_A221 :じゃあ、楽しみにしてるね。〉
〈kasumi1012 :ああ〉
そして、カスミとの会話は終わった。
私は思わず嬉しくなって、スマホを胸に抱く。心臓が高鳴っているのを感じた。
◇◇◇ ◇◇◇
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ついに次回! 柏木葵(蕎麦ちゃん)と冬城佳純が!
カラオケボックスにて運命の出会い(?)を果たします! 皆様、お楽しみに!
【追記】
フォロー1000突破、★300突破ありがとうございます! 自分でもここまで作品が伸びるとは思っていなかったので、まさかまさかで本当に気が動転しています……。
次の目標は★500! ランキングから振り落とされないように頑張ります!
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