第14話 等しく安寧があること


 放課後。


 私はざあざあと降り続ける雨を、屋上まで続く階段の一段目に座り込み、呆然と眺めていた。ここの屋根は軒が長めに出ているから、こんな土砂降りでも雨風を凌ぐことが出来る。じめじめとしているが、ここ以外にセーフティーゾーンは無いのだ。

 

 一体いつから、ここに座っているのだろうか。それがあやふやになるくらいには、長い間ここに居座っていたのだろう。私は時計を持っていないから、そんな曖昧な推測しかできない。ちなみに、スマホの充電はとっくに切れていた。


 お尻も痛くなってきたし、そろそろ覚悟を決めるべきか……。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。自分のした行いに後悔はないにしろ、何だかマヌケだ。あの女の子の手前、恰好を付けたかっただけかもしれない。

 でも。女の子の日がきついのなんて、痛いほど理解できるし、共感できる。今まさにその痛みを抱えている人を放っておくのは、あまりに酷だと思ったのだ。


 ……だから、見捨てるわけにはいかなかった。それだけだ。


 人助けをしたと思えば、このまま帰って風邪を引くのも悪くない。

 心の中でそう自分に言い聞かせつつ、そうは言ってみたものの、未だ決心がつかず。結局、私は現状維持を選択し、雨を傍観することを再開した――。


 ――その数分後。

 ふいに、昇降口から男の子の声がした。


 聞き覚えのある声だった。

 雨音が大きくて詳細に聞き取ることは出来なかったけど。


 それでも。間違いなく、聞き覚えのある。いや、間違いなく聞き慣れた声だった。

 スピーカー越しに何年も何年も、聞き飽きるほど聞き慣れた、あの声だった。


 だから――。


「――相合傘、すれば良いじゃないですか」


 咄嗟に、口に出ていた。


「そのままだと濡れてしまうでしょう。だから、相合傘」


 確かめたい。いや、確かめなくてはいけない。


 この人が、私の探している其の人なのか――――。




 ◆ 冬城佳純視点 ◆




「……」

「……」


 俺は今、柏木さんと相合傘をしながら帰っている。


「……」

「……」


 沈黙がつらい……。足音と、たまに水たまりを踏む音、それに雨音だけが、俺たちの周囲を支配している。雨脚は少し弱まったが、依然として降り続いている。


 俺はこの沈黙を打破するため、勇気を出して自分から話を切り出した。


「そう言えば。この前探していたネッ友は、見つかったのか?」

「うぇ? え、えと。まだ、です……」

「そうか……」


 再び、沈黙。あれ、俺ってこんなに人と話すの下手だったか。

 この話題はダメだ。詳細が分からない以上、話の掘り下げのしようがない。

 話題を変えよう。柏木さんにまつわる話題が良い。


「柏木さんっていつも一人だけど、友達を作ろうって思ったりはしないのか?」

「……私は、独りが好きなので」

「そ、うか……まあ、俺も一人の時間は好きだ」

「……そうですか」


 また沈黙に返しそうになるが、俺はそれを何とか回避する。


「柏木さんって、趣味とかあるのか?」

「私は……ゲームが好きです」


 意外にも、柏木さんはゲームをするらしい。そんな印象は全く無かった。


 かといって、他に柏木さんがどんなものが好きなのか想像する自信が無い。ポーカーフェイスというのだろうか。何を考えているのか分からない、それを話すことも無い柏木さんの趣味を連想するのは、なかなかに難しいことだ。


「へぇ、柏木さんもゲームするのか。一人でやってるのか?」

「いえ、ネッ友と……と言っても、相手は一人だけですけど」

「どんなゲームをするんだ?」


 何だか尋問のようになってきているが、話題づくりとしてはまずまずだろう。


「……ロールプレイング系が好きです。昔はアルケイ・ホライズンとか、プライマル・オンラインとかやってましたけど。最近はオープンワールド系のゲームにもハマりました。特に碧羅の獣ってゲームが一番面白くて。それで……」


 柏木さんは、少し饒舌になって話し出す。心なしか、幾分か嬉しそうにも見えた。

 柏木さんは勢い余って喋り過ぎたのか、はっとした表情になり。


「あ、すみません……」

「いや、大丈夫だ。……そうか。なんか安心したよ」

「……安心?」


 柏木さんは、学校ではいつも窮屈そうにしている。それは彼女自身の容姿のこともあるだろう。自分の一挙一動が周りに影響するのだ。無理もない。だから。こうやって好きなことを楽しそうに話す柏木さんを見ていると、何だか安心する。


「柏木さん、学校だといつも張り詰めた表情してるからな。息抜きできる時間があるって結構大事なことだと思うんだ。だから、柏木さんにもそういう時間があって、安心したというか」

「……なん、で」

「ん?」

「何で、そんなふうに言ってくれるんですか? 私は赤の他人で、あなたとは何の関りもないのに」


 柏木さんは早口で言う。


「なんか俺と似てるなって思ったからだよ」

「……私が、似てる?」

「何て言うか、他人って気がしないっていうか。あんまりこういうことを言うと、気持ち悪がられそうだからここで止めておくけど」


 俺がそう言うと、柏木さんは、語気を強め。


「続けてください」


 とだけ言った。


「……分かった」

「……」

「俺にも、仲の良いネッ友が居るんだ。だから柏木さんの話を聞いた時、親近感が湧いたというか。この人は俺と同じなんだって思ったんだ」


 俺の学校生活も、柏木さんと同じなのだ。住む世界は違えど。

 ゲームの世界に、等しく安寧があること。それは間違いない、と思うのだ。

 仲の良いネッ友が居て。そいつと過ごしている時間が一番楽しくて。


「……そのネッ友って、どんな人、なんですか」

「どんな人、か。そうだな。そいつと俺は五年くらいの付き合いで、盆と正月を除けば毎日遊んでるくらい仲良しで。

 ちょっと生意気だけど、そいつと話してると安心するって言うか。俺の居場所、みたいなものなんだろうな。一番仲の良い友達、いや。親友、の方が正しい」


 俺がそう言うと、柏木さんは目を丸くして、俺の方を見る。


「ど、どうした?」


 ぼうっと俺の顔を見つめる柏木さんにそう声を掛けると、我に返ったようにはっとして。そのまま立ち止まった。俺は数歩前に進んでいたため、急いで後ろに戻る。

 もう小雨になっているとはいえ、雨に打たれて風邪を引くといけない。


「い、いえ。あ、私の家、ここなので。わざわざ送っていただき、ありがとうございました」

「そうか。じゃ、さようなら」


 また今度、と言わなかったのは、もう二度と話す機会が無いからだ。

 俺は柏木さんの家を、足早に離れる。こんなところを学校の人に見られて勘違いでもされて、あらぬ噂が校内を右往左往する事態を招くわけにはいかない。


「……あの」


 不意に呼び止められ、俺は立ち止まる。

 振り向くと、小雨に打たれる柏木さんの姿があった。なにかにすがりつくような表情を浮かべ、柏木さんは続ける。


「ん?」

「あなたの名前は、何て言うんですか」


 ああ、名乗るのを忘れていた。柏木さんとは初対面ではないし、間違いなく無礼だった。俺としたことが……。


「悪い、名乗ってなかったな」

「はい。あの、お礼もしたいので」

「礼はいらない。ただの自己満足だからな。で、俺の名前は――」


 こうして誰かに名乗る時。俺は緊張する。

 まあいいか。この人になら、フルネームを言っても問題なさそうだ。


「――俺の名前は冬城佳純。女の子みたいな名前だろ?」


 ◇◇◇ ◇◇◇


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