第18話 羨望、嫉妬、はたまた殺意
「よっし、冬城。学食行くぞー」
「おう」
四時間目が終わり、昼休憩になった。俺と辺は食堂に向かうべく、廊下を歩く。
三組の前を通りかかったところで――。
窓際の席で頬杖を付いていた、銀髪の少女と目が合った。
「……っ」
その少女は俺に気が付くと、ニッコリとした笑顔になり。ガタンと席を立ち、手を振ってくる。それを見た何人かの生徒が、驚いた様子で少女の方を凝視していた。
驚くのも無理はない。いつもは仏頂面なあの「棘姫」が、天使のような笑顔で手を振っているのだ。驚く、というより、その破壊力に思考停止せざるを得ない。
柏木さんは、ニコニコで廊下の方へ近づいて来る。
(だめだ! 来るな柏木さん! 今はまずいんだ!)
俺は必死に両手でバッテンを作り、今は来てはいけないと合図を送る。こんなところを前を歩く友人――辺蓮に見られてはいけない。辺は顔が広いのだ。俺と柏木さんに絡みがあることを知られたら、どこまで情報が拡散されるか計り知れない。
それに、この前のこともある。辺が薄情な奴であるというのは、既に学習済みだ。
柏木さんは俺のバッテンに気が付くと、立ち止まり、ムスッとした表情に変わる。
急いでスマホを取り出し『また後でな』とメッセージを送信する。
それを柏木さんが読んだかどうか、確認する暇も無く。
俺はそそくさと、食堂へと向かった。
◆◇◆
「はぁー、やっぱり日替わり定食が一番だぜ」
「今日の日替わりメニューはエビフライ定食か」
辺の前には、大きなエビフライがどんと三つ重なった皿がある。紀里高校の学食は、基本的にボリューミーで、かつ安価だ。特に日替わり定食ではそれが顕著に表れており、ご飯、みそ汁、主菜に、漬物を含めて三百八十円。ちなみに、火曜は生姜焼き定食、水曜はチキン南蛮定食、木曜は唐揚げ定食。金曜はハンバーグ定食だ。
「おうよ。そういう冬城は……ずっと親子丼なんだな」
俺の前には、山盛りに積まれた親子丼が置いてある。ぷりぷりの鶏肉に、程よく甘いふわとろ卵。そして、何と言っても食欲をそそるダシ。昔から親子丼が好物だった俺だから言えることだが、紀里高校の親子丼は、そんじょそこらのチェーン店のものとはレベルが違うと断言できる。本当に美味しすぎるのだ。この親子丼は。
「ああ。俺の大好物だからな。これだけは外せない」
「バランスよく食わねえと、腹下すぜ、冬城ぃ」
「言ってろ」
辺と談笑しつつ、箸を進める――。
「――っと、悪い、冬城。ちょっと花摘んでくる」
「お、おう」
辺はガタンと席を立ち、速足で食堂を出て行った。
「相当催してたんだな……」
俺は辺が残していった食べ掛けのエビフライ定食に目をやりつつ、箸を進める。
と、急に食堂内がざわつき始めた。
嫌な予感がする。それは、やがて的中した。
『柏木さんだ……』
『今日は学食を食うのか? って、弁当持ってるけど』
『チャンスだっ……。今日という今日は話しかけて……』
食堂の入り口から颯爽と現れたのは、柏木さんだった。柏木さんはきょろきょろと周囲を見回していたが、やがて俺を見つける。
そして、嬉しそうに近づいてきた。
(な、何しに来たんだ、蕎麦の奴……!)
俺はその場を立ち去ることもままならず。極力目を合わせないように、窓を眺めるふりをした。……が、それも無意味だったようだ。
柏木さんは俺が座っている机の前に立ち、ニッコリと言い放った。
「カスミっ! 一緒にご飯食べよ!」
あの「棘姫」から出るとは思えない、弾んだ声。透き通っていて明るい、聞き心地の良いそれは間違いなく女性の声なのだが、抑揚や発音に妙なデジャヴがある。
俺は渋々柏木さんの方を向く。柔らかく歪んだ目と、視線がかち合った。
「柏木さん……何で来たんだ」
「だって、カスミとご飯、食べたかったんだもん」
「だもんじゃない……。どうするんだ、この状況は」
周囲を見渡すと、目を丸くしてこちらを見る、大勢の生徒と目が合う。
『あれは……本当に棘姫なのか?』
『おい、何であんな奴に柏木さんが話しかけてるんだ?』
『あの絡み方から察するに……彼氏とか?』
『てか、柏木さんのあの喋り方、天使過ぎるだろ……』
いつもは塩対応な「棘姫」が俺にだけ見せるこれは、破壊力が強すぎる。
柏木さんは別段気にした様子もなく、きょとんとした顔になる。
「別に気にしてないよ。あ、ここ座るね。……って、誰か座ってたの?」
柏木さんは俺の反対側の席に座ろうとするが、その席に既に置いてあったトレーに気付いたようで、ぴたりと手を止める。
「ああ。ツレと一緒に食べてたんだ。悪いけどまた後で――」
「ふーん。じゃ、私こっち座ろっと」
柏木さんはさも当然のように……俺の席の隣に、腰を据えた。
「はっ?」
「んえ?」
思わず声が漏れる。
「柏木さん。今の状況は……分かってるんだよな?」
「うん」
「じゃあ何で俺の隣に座るんだ」
「一緒に食べたいから」
ダメだ。話が通じない、この人。
「はぁ……」
その時。椅子をズズッと引く音がしたかと思えば、反対側の席に見覚えのある男が立っていた。
「はぁじゃねぇよ、冬城……こりゃ一体全体どういう状況だ」
ふいにそんなことを言われ、恐る恐る見上げると――。
――――顔をピクンピクンと引きつらせた、辺蓮が居た。
◆◇◆
俺は辺に、柏木さんと俺の間にあったことを全て話した。いや、正確には。話さざるを得なかった。辺は箸を進めながら黙って聞いていたが、やがて口を開く。
「なるほどな……ネットで出会った奴が、グーゼン同じ学校に居た、と……」
そう言うと辺は、俺の方をじっと見つめる。
「……冬城」
「なんだ」
「……ふっ」
「なんだよ」
辺はニヤリと笑い。
「……お前と友達になって良かったぜ。やっぱり、お前といると退屈しねえ」
「急にどうしたんだ」
「ネットで出会った奴があの「棘姫」なんて、どういう因果だって話だぜ。なるほどな、それじゃ、今朝柏木さんが一緒に登校した奴ってーのは……」
「……俺だ」
「あっはははっ! 傑作だぜ、冬城ぃ!」
どうやらツボにハマったらしく、辺は一人で大爆笑。
机をパンパン叩いてひーひー言っていたが、やがて落ち着いた。そして、柏木さんの方をチラリと見る。
「ところで……柏木さんは何で黙ってるんだ?」
柏木さんは、さっきからツンとした態度で黙々と食事をしている。
弁当箱をコトンと置き。ようやく口を開いたかと思えば。
「私はカスミと一緒にご飯が食べたかっただけなので。あなたと話す気はありません」
目を合わせることなく、淡々とそう言った。
「そんな警戒しなくていい。こいつは根は良い奴なんだ」
「……そうなんですか? カスミを雨の中置いて行ったのに?」
「それは……まあ、その……」
俺はそう言って、口ごもる。確かに辺には前科がある。さっき「根は良い奴なんだ」と言った時も、本当にそうか……? と思ってしまったくらいだ。
と、辺が口を開いた。
「すまなかった、冬城。俺は重大な勘違いをしていたようだ」
「勘違い?」
「ああ。俺はてっきり、冬城が柏木さんのことを好きなんだと思っててな、相合傘をせざるを得ない状況を作ってやれば、冬城も多少は柏木さんに近づけるんじゃないかと思ってたんだが……」
はっ?
目が点になる。
「俺が……柏木さんを?」
「えっ? えっ?」
柏木さんは動揺して、俺と辺の顔を見比べる。
「……はぁ。ありえない。こいつは俺の親友だ」
「そっそうですよ。私達、ただの親友同士なので。恋愛感情とか、そういうのはありません」
柏木さんもコクンコクンと激しく同意。
そう。ありえないのだ。柏木さん――蕎麦とは知り合って五年になるが、今まで男として接してきたこともあり、今更そういう感情は湧いてこない。絶対に。
そうか、君の性別は男じゃなかったんだな、という程度の認識だ。
「なるほどな、男女の友情……ってヤツか。ま、そう言うことなら、俺には何も言うことは無いけどな」
辺は含みのある言い方で留め、箸を置いた。そして、おもむろにスマホを取り出す。何回か画面をスワイプし、タタンと文字を打ち込み、机に置いた。
「そうだ、冬城。悪いが俺、今日は一緒に帰ねえわ。千乃と放課後デートあるから」
「そうか。楽しんでこ――」
「――そうだ。お前も来るか? 冬城。……勿論、柏木さんも一緒にだ」
辺はニヒルな笑みで、そう言った。
◇◇◇ ◇◇◇
面白いと感じて下されば、★、♥、フォローなどで応援お願いします!!
追記:現時点での時間軸……
5/14(日) 1話
5/15(月) 2話、3話、4話
5/16(火) 4話、5話、6話
6/06(火) 7話、8話
6/07(水) 9話、10話、11話
6/16(金) 12話、13話、14話、15話
6/17(土) プロローグ、16話
6/19(月) 17話、18話
こんな感じだと思います。間違えてたらスミマセン……!
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