幕間Ⅰ
羽成家の次男坊
「最近暑くなってきたな……。そうだ、アイスでも買うか」
そんなことをボヤきつつ。住宅街を歩く。
今日は六月二十五日。テスト週間の真っ只中だ。俺は次の一週間分の食料を調達しに、重い腰を上げコンビニまで歩いていた。
「はぁ……実家から自転車とか持ってくれば良かった」
梅雨の時期の晴天ほど、蒸し暑く有難迷惑なものはない。最近はちらほらとセミの鳴き声なんかも聞こえ始め、本格的に夏の足音を感じるようになってきた。
こんな日は自転車を飛ばして風を一身に受けたいものだが……。
生憎と、俺の中学時代の愛用ママチャリは実家の倉庫に眠っている。いや。今頃は、父親の通勤用にでもなっていることだろう。
そう言えば。柏木さんは今頃何をしているのだろうか。今日は朝から一言も話をしていないが……きっとあいつのことだ。せっせこ勉強に勤しんでいるのだろう。
スマホを見る。午前九時五十分。遅めの
「さっさと行って帰って来るか……ん?」
ふと。目の前に見覚えのある顔が通りかかる。
「ん」
そいつは俺に気が付くと、イヤフォンを片耳外す。長く伸びた髪が、それに合わせてふわりと揺れた。
「
「お、お前は――」
烏羽色の髪に、濃色の瞳。ぱっちりとしたまつ毛に、整った目鼻立ち。髪型は中性的で――襟足はかなり伸びている。ウルフの一歩手前、くらいだろうか。身長は155cmくらいと、中学生にしては低い方。華奢な体つきも相まって、だろうか。美少女と呼ぶに相応しい可愛らしい顔立ちのそいつは、目をぱちくりしながら俺を見る。
「
「やっぱり冬兄だ。何してんの、こんなとこで」
「コンビニに行くところだったんだ。来週分のメシを買いにな。それより一哲。お前こそ何でこんなところに」
「テッタがユニフォーム忘れたから届けに来た。その帰り道」
一哲の今の格好はポケット付きのパーカーに七分袖のズボン。厚着だ。
それにしても。テスト週間に部活があるとは、何ともブラックだ。いや、羽成のことだから自主練とかだろうが。勉強の方は大丈夫なのだろうか?
「そうなのか。ま、それくらいの用がないとここら辺には来ないよな」
「うん」
「で……こっちはお前の家と反対だけど」
一哲はイヤフォンをポケットに仕舞い――一呼吸置いて。ぽつりと言った。
「道に、迷った」
「だろうな……」
羽成家の人間は方向音痴。
どうやら母親譲りらしいその性質に俺が気が付いたのは、小学三年生の時。父親を除く羽成一家と市民プールに遊びに行った日のことだった。
◆◇◆
確かその日は夏休みだっただろうか。
羽成哲太にプールに誘われて、俺はそれを快諾。羽成母が車を出してくれると言うので、俺はありがたく、その車に乗った記憶がある。
『じゃあ、
哲実と言うのは、長女のことだ。あまり乗り気では無かったらしい彼女だったが、一哲が行くと言うので渋々付いて行ったことだけは記憶している。
『楽しみだな、カスミ!』
『うん!』
俺はワクワクしながら到着を待っていたのだが……。途中で寝てしまい。車が止まったと同時に聞こえる羽成母の声で目が覚めた。
『あらぁー、おかしいねぇ。カーナビの故障じゃないの、これ……』
『かーさん、どーしたんだ?』
『ごめんねえ、カスミ君。ちょっと運転間違えちゃって』
『だいじょーぶですよ。まだ午前中なので。今から引き返せば間に――――』
そう言いかけて。異様な雰囲気を察知した俺は、窓に目をやる。
『…………ッ』
そこにあった景色は。
山奥にひっそりと聳え立つ、ツタや雑草、雑木林に覆われた廃墟だった。
『ひっ……』
窓ガラスはひび割れ。躯体は朽ちて丸出しになり。壁が剥がれ落ちて中身は露出している。半壊と呼べるその邸宅からは、怪しくおどろおどろしい気配を感じる。
俺は思わず身震いして。車内に縮こまった。
『おかーさん、まだー?』
『ごめんねえ、一哲。今引き返すからね』
その後市民プールには到着出来たのだが、俺は道中の出来事でそれどころでは無かったのが印象深い。
その後も哲太と一哲が更衣室で行方不明になり、市民プールの裏の駐車場で発見されたりと……。それはもう、大惨事だったことを記憶している。
◆◇◆
「俺の用事が終わった後で良いなら送ろうか?」
「え、ほんと?」
「ああ。少し時間が掛かるかもだけどな。それでいいか?」
「うん」
一哲は俺の後ろをちょこちょこと付いてくる。なんかこれ、既視感が凄いな。
ああ、そうだった。一哲は昔から、哲太にベッタリなんだった。哲太と遊ぼうとすると必ずと言っていいほど一哲が付いて来て、そっちの子守もすることになるのだ。
「……」
「……」
沈黙が続く。そろそろ話題が欲しい。
「最近どうだ? 哲太は元気でやってるのか?」
羽成、だと姉かその弟か分からないので、名前呼びだ。思えば、昔は哲太のことを「
「どうって……テッタは相変わらず筋トレ三昧だよ」
「ああ、確かに……」
あのゴリマッチョのことだ。勉強もそこそこに筋トレに勤しんでいるに違いない。
「あ、そうだ。お前、誕生日にプロテインが欲しいって言ってたそうじゃないか」
ぎくりと。一哲の肩が震える。
「なっ、なんでそれを」
「哲太が言ってたんだ。やっぱりあいつも男だったんだなってな」
俺がそう言うと。一哲はあからさまに不機嫌そうな顔になる。
「僕――お、おれは男だ!」
「ああ。悪い悪い」
一哲はその美少女――いや、紅顔の美少年たる容姿から、周囲からよく女の子だと勘違いされる。それについて、本人は非常に気にしているらしいのだ。
あ、そうか。
プロテインが欲しいって言ってたのは、筋肉を付けて男らしくなるため……?
「むむむ……。はぁ。まあいいか。カス
「あっ、おい。その呼び方はやめろって言ったはずだぞ」
カス兄。
カスミのカスの部分に兄を付けた呼び方。語感と聞こえの悪さから俺は気に入っていない。昔、一哲が俺のことを呼んでいた呼び方だが、羽成母によって矯正。俺の呼び方は冬兄に落ち着いたはずだが……。
「知らなーい。うん。やっぱりカス兄って呼ぶ」
イヤフォンで耳の穴を塞ぐ一哲。こいつめ……。
「……はぁ。勝手にしろ」
そうこうしているうちに、コンビニに到着した。店内に入ると、一気に体感温度が三度ほど下がる。いや、三度は言い過ぎだろうか?
何と言うか。コンビニの自動ドアの外と中で、空気がガラリと変わるのだ。
「カス兄、何買うの」
「ん。来週分のカップラーメンと……あ、消しゴムも欲しいな。ええと、んで……」
「カップラーメンなら、良いの知ってるよ。付いて来て」
「お、おう」
一哲に付いて行くと。
「ほら、ここ。新作の列」
一哲は華奢な手で一つのカップラーメンを手に取り、見せてくる。
「濃厚ココナッツミルク風海鮮ラーメン……上手いのか、これ」
「結構おいしい。あとこれも」
「旨辛ーメン豚キムチか。これは食べたことあるぞ。サイダーと一緒に注ぎ込むと上手いやつだ」
「お。分かってるじゃん、カス兄」
それから一哲は、おすすめのカップラーメンをこれでもかと教えてくれた。そのおかげで俺のカゴの中は新作のカップラーメンでぎっしりだ。
「よく知ってるな、こんなに……」
「まあね」
「いつ食べてるんだ? 夜は
「……昼」
一哲はそれだけ言うと、黙り込んでしまう。
「昼って……まさか一哲、学校行ってないのか?」
「……うん」
通常の中学生ならば、給食を食べているところだ。それをカップラーメンで済ませるとなると、家で食べているということになる。
それにしても。一哲が不登校、か……。ううむ、デリケートな話だ。この年ならば、そういうことも起こりうるだろう。何か理由があるのか、それとも単に気分的な問題なのか……。
「深くは追及しないでおく。でも、困ったらいつでも相談しろ」
「……助かる」
立ち上がる一哲。
「そうだ。カス兄」
「どうした」
「アイス買ってよ」
◆◇◆
「じゅる。……これ、美味しい」
「俺のお気に入りだ。ちと高いけどな」
コンビニの前のアーチ状のポールに腰掛け。一哲と共にアイスを貪る。一哲はバーゲンナッツのショコラ味、俺はバーゲンナッツのキャラメル味だ。
「……ありがとう、カス兄」
「お礼を言う時でもカス兄なのな」
「……冬、兄」
「それでいい」
と、そこに。
「冬城くん?」
ふいに名前を呼ばれる。声のする方を見ると。
私服姿の
いつもは三つ編みにしている茶髪を降ろし、セミロングにしているため、一瞬誰だか分からなかった。相変わらずメガネはしているが。
「か、上谷さん?」
「あ、やっぱり。その横に居るのは……」
「ああ、紹介しよう。友達の一哲だ」
一哲は気まずそうにしている。
「ふ、ふーん。友達、なんだ。そっかそっか」
「上谷さんはどうしてここに?」
「ちょっと用事があって。まあ、野暮用ってやつだよ」
「そうなのか」
「うん」
学校以外でクラスメイトと会うとなぜか緊張するのは、俺だけではないはずだ。
「じゃ、じゃあ。またね。あ、明日の図書委員はないから間違って来ないようにね」
「ああ。ありがとう」
「そ、それじゃ」
上谷さんはそう言って。コンビニの中に消えていった。
「そろそろ帰るか?」
「うん」
一哲にそう一声かけて。俺達はコンビニを後にした。
◇◇◇ ◇◇◇
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【あとがき】
こんなことを言うと「甘えてんじゃねえ!!」と怒鳴られて助走つけて殴られそうなのですが。多少のガバはお許しください。ほんとに(笑)
一哲くん書いて思ったんですが、この子ヒロイン適性高いですね? 何で男の子にしちゃったんでしょうか。絶賛後悔中です。
最後に。
切実に。本当に切実なお願いです。★がほしいです。★だけに……なんて寒いことを言うつもりはありません。
少しでも面白いと思っていただければ、★★★お願いします!
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