第40話 僕にはカンケーないし


「うォらッ! よっし、後は横に居るそいつらを――――って……」


 ゲーミングチェアに片足を立てて座っていたそいつは、ゆっくりと後ろを振り返り――――俺達と目が合う。


「テ……テッタ」

「……お前……」


 一哲は青ざめた表情で、こちらを凝視する。一哲の前にあるパソコンのモニターに映し出されていたのは、捻じ曲がった赤黒いツノを持つ鬼族ディーマンの姿であった。


 哲太は声を震わせながら、モニターを指差し。


「……まさか、ロキ、か?」

「え、えっと。これは」


 一哲はヘッドフォンを外し、手持ち無沙汰にそれを両手でにぎにぎと持つ。

 俺も一瞬、何が起こっているのか理解できず思考が停止。回復に数秒を要した。


「い、一哲が……ロキ……!?」

「ロキって、あのアイアンメイデンの……?」


 普段は温厚で、決して口を荒らすことのなかったあの一哲が。こんな荒々しい口調でゲームをしていたのだ。しかも、それがこの前行ったグラコニアで遭遇した「ロキ」の口調、声色、抑揚と相違ないのだから、尚のこと衝撃である。


 一哲はマイクに向かって「悪い。兄フラった」とぼそりと呟き。困ったように数秒ヘッドフォンと部屋の隅、そして俺達に視線を行き来させ――白状した。


「えー……と。うん。僕が、ロキ……」

「なっ……嘘、だろ……!?」


 絶句する哲太。それから人の言葉を取り戻すのに、十分弱を要した。



 ◆◇◆



 一哲の部屋にあったベッドにどっかりと腰を掛ける哲太。俺と柏木さんはカーペットの敷かれた床に座っている。


「まさか……あの一哲がロキだったとは」

「今まで黙ってて……ごめん」

「本当だぞ。何か声が似てんなとは思ってたが、まさか本人とは思わねえだろ。逆に聞くが、一哲は知ってたのか?」


「うん。途中から、テッタがチーフだってのは気付いてたけど。黙ってた」

「はぁ……」

「ってことは。アスガルド隊の隊長と二番手がここに揃ってるってことか?」


 俺がそう言った瞬間。柏木さんが素っ頓狂な声を上げる。


「うぇ!?」


 大きく目を見開いて。その赤紫色マゼンタの瞳が零れ出しそうになる。


「ん……ああ、言ってなかったな。ここに居る羽成哲太はアイアンメイデンのアスガルドだ。サプライズのつもりだったんだけど……。悪い、タイミングを逃してな」


「えっ、えっ」


 動揺する柏木さん。まあ、前から尊敬していた人物、それも身近でなかった人をいざ目の前にして、こんな反応にならない人間はいない。

 俺はきょとんとした様子の哲太に、柏木さんを再度紹介する。


 無論、ゲーム内での柏木さん――蕎麦についてだ。さっき哲太に柏木さんとの間に起こったことを説明した時はハンドルネームを言っていなかったのだ。


「柏木さんは蕎麦。前に俺と一緒に酒場に居たプレイヤーの人だ」

「へ、へぇ……女性の声だとは思ってたが、この人がそうなのか……って、なんか震えてっけど」

「あの、あの……」


 柏木さんは俯き、肩をぷるぷると震わし。直後――。


「――私、アスガルドの大ファンなんです!!」


 がばっと顔を上げ。キラキラと目を輝かせながら、そう言った。


(喜びが人見知りを上回ってるな、柏木さん……)


「お、そーなのか? へへ、そりゃなんか照れるな」

「えっと、えっと……」

「ゆっくりでいいぞ、柏木さん。まだ出発には時間があるからな」

「う、うん」


 柏木さんはそわそわした様子だ。


「碧獣を始めた時に、おなじ重戦士のトップランカーが居るって知って。碧獣の大剣使いって結構不遇な扱い受けてるのに凄いなって思ってたんです。で、配信のアーカイブとか見てるうちにアスガルドの――ええと、アスガルドさんのファンになって」

「柏木さん、アスガルドの話してるときは凄い楽しそうだもんな」


「うん……!」


 柏木さんはもじもじしながら、哲太の方を見る。哲太はご満悦だ。


「あの、お願いが、あるんですけど」

「お、なんだ? このアスガルドがファンのために何でも叶えてやるからな!」

「その……アスガルドさんが使ってるパソコンを。見せて欲しいです」

「おぉ、良いぞ。こっちだ。付いて来い」


「は、はい」


 哲太はそう言って立ち上がり。一哲の部屋を出て行く。柏木さんも、おずおずと後を付いて行った。


「カス兄。行かなくていいの?」


 哲太と柏木さんが向かったのは、哲太の部屋だろう。俺は小学生時代から何度も行ってるし、哲太の部屋の雰囲気はよく分かっている。無造作に置かれた教科書、乱雑に投げられたゲームのカセットなど……。


 よくもまあ、JKを部屋に上げる気になったものだ。


「哲太の部屋には何度も行ってるからな。今更感動することなんかないし……あとカス兄って言うな」


 一哲はゲーミングチェアに乗り、ぐるぐると回転し――俺と対面して止まる。


「別に良いじゃん。……てか、カス兄が連れて来たあの悪役令嬢みたいな人。テッタ、ああいう人、結構タイプだよ」


 瞬間。心臓が跳ねる。


「そっ……そうなのか?」

「うん。頭がよくて、クールな人がタイプらしい。前に自分で言ってた」

「へ、へぇ……」


 まあ、柏木さんはあの「高嶺の花オーラ」のお陰で、すでに知的な印象があるからな。それに、あの目つき。鋭くて怖い時もあるが、クールなのは間違いない。

 それにしても哲太の奴、柏木さんみたいなのがタイプだったのか……。


 何だか、もやもやする。胸の中に、何かつっかえがある。きっと、哲太に対する俺の中での固定観念に揺らぎがあったのだろう。

 もうちょっとギャル系の、オラオラ系の女の子が好きなんだと思っていた。


 そうか。柏木さんか。


 一哲がヘッドフォンを机に置き。ふいに尋ねてくる。


「カス兄。あの人のこと好きじゃないの?」

「は……――はあっ!? そ、そんなわけないだろ」

「あれ、違ったか……。なら別にいっか」


 一哲はくるりとゲーミングチェアを回転させ、モニターに向き直り。キーボードを操作しながら続ける。


「カス兄が別にどうでもいいって言うなら、そうなんだろうけど。テッタが女の人を部屋に連れ込むなんて、なかなかないから。これは、かもしれないね」


「狙ってるって……哲太が? 柏木、さんを?」

「そ。あいつのことだし、今頃LANE交換でもしてるんじゃない?」


 柏木さんとLANE交換……か。ずっと前にそれを申し込んだ虹高の男子生徒はあえなく玉砕していたが……何せ哲太はあの「アスガルド」だからな。何なら、柏木さんの方から申し込んだまであるのかもしれない。


「ま、いいや。僕にはカンケーないし。お、ログボ受け取ってなかった。危ない危ない……あれ? リポップまだじゃん。嘘ついたな、こいつ……」


 一哲はぶつくさとそんなことを呟きながら、ゲームを再開した。その画面に映る黒いデビルハウンド。ぴんと立った耳に、禍々しい模様のある体を持つ、オオカミのような生物。従魔と呼ばれる、ペットのようなものだ。


「ん、一哲。お前、従魔を持ってるのか。課金したのか?」

「うん。お年玉ぜんぶつぎ込んだ」

「どっぷり漬かってるんだな……名前はなんて言うんだ、そいつ?」


「……こてつ」

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