第39話 何なら猫の方が好き
リビングの戸を開けると同時に。男の声が聞こえる。
「うーん。やっぱこの時間帯はワイドショーしかしてねぇなぁ……ん?」
直後。筋肉と目が合う。筋肉は数秒固まり、その後表情筋を綻ばせる。
「おっ!」
そう。
ここでソファにどっかりと座りながらポチポチとリモコンを操作しているのは。
「来たか、カスミ! 待ってたぞ!」
羽成哲太である。前よりも幾分か体格が大きくなっているように見えるのは気のせいだろうか。いや、きっとそうなのだろう。一ヵ月でも人の体型は変わるものだ。
リビングにはルームランナーや懸垂マシンなどが所狭しと並べられ、こんなところまで哲太に浸食されているのかと少しビビる。
「羽成……いや、哲太。一ヵ月ぶりか?」
「おうよ。ま、碧獣だと何日かぶりだけどな」
「あぁ。そうだな。……この際だから紹介しておくか」
俺の後ろ、リビングの戸に隠れていた柏木さんに声を掛ける。
「柏木さんだ。俺の友達で、同じ碧獣プレイヤーの」
「柏木さんって――――え、はっ?」
「……初めまして。柏木葵と申します」
「えと……どういうこった、これは……?」
ううむ。そうか、そういう反応になるのか。一から説明しないとだな、これは。
「ええと、だな。話せば長くなるんだけど……」
ことの顛末を要約しつつ、途中で注釈を加えながら説明する。哲太は難しい顔をしながらそれを聞いていたが――やがて口を開いた。
「ふむ、そういうことか。つまり、カスミと柏木さんは五年前にネトゲで出会って……しかも偶然同じ高校に通っていたと。なるほどなぁ……」
「ああ。要はそういうことだ」
「なんつーか、奇跡的だな……。そりゃまた」
「まあ……そうだな。偶然知り合ったネッ友が偶然リアルで同じ学校に通ってるなんて、早々ある話じゃないしな」
「全くだぞ――よろしくな、柏木さん」
柏木さんの表情は強張っており、その表情筋はまるで面でも被っているかのように、ピクリとも動かない。
最近では滅多に見なくなったが……ここに来て再びこんな表情を見ることになるとは。
「……よろしくお願いします」
恭しく頭を下げる柏木さん。
「お、おう」
「今日はお父さんはどうしたんだ?」
休日。いつもであれば、リビングのソファに腰掛けて惰眠を貪っているはずの羽成父が見当たらない。
羽成父といえば、たこ焼きパーティーの主催者というのが印象深かった。哲太の家で遊んでいると夕方辺りに帰って来る、哲太とそっくりの顔をしたイケオジだ。
たまに三姉弟を釣りやキャンプにも連れて行っている、いわゆるリア充。ちなみに、一哲と哲実さんは間違いなく羽成母、千哲さん似だ。
「ああ、親父は今ゴルフに行っててな。家に居るのは母さんと哲姉、あとは……あの問題児だな――――そろそろ、引きずり出すとすっか」
そう言って腰を上げる哲太。リビングから廊下へ出て、奥へと進んでいく。俺と柏木さんも、慌ててその後を付いて行く。
「問題児……ああ、一哲か」
「そーだ。あいつは朝っぱらからゲームしててな。それがかれこれ二ヵ月くらい続いてんだ。訳も言わねえし、こっちとしても下手に学校に行けなんて言えねえが……多少は外に遊びに行かねえと健康にわりいと思ってな」
「全くだ。顔色もあまり良くはなかったしな」
「お、そうか。カスミはこの前会ったっつってたな」
「ああ、先月の下旬だ」
「一哲の奴、何か粗相をしたりはしなかったか?」
粗相か。特にこれと言って特には……あ。
「カス兄って呼ばれたくらいだな」
「あいつ……」
頭を掻く哲太。その後姿を見て、つくづく思う。背中は非常に大きく、頼もしい。アスガルドの雰囲気そのままだ。
「……と、ここだ」
哲太が止まる。一哲の部屋は、突き当たりにあった。
廊下を挟んで両親の部屋と隔てられている。突き当たりからウッドデッキによって中庭に出られるが……。
中央にある木によって日光が遮られるため、陰気な雰囲気が漂う場所だ。
「なんか……隔離されてないか?」
「ああ。ここは元々、物置として使ってたからな――――」
その時。
「ワンッ!!」
ドアの付近から。大きな吠え声。
「うわっ」
「ひっ!!」
「キャンキャン、ギャン!」
「こらっ、コテツ! カスミだよ、カスミ!」
哲太がパチンと電灯を点ける。そこに居たのは、小麦色をした中型犬だった。クッションに丸まっていたらしいそいつは、俺達を見るなり立ち上がり、大きく吠える。
「――なんだ、
羽成家で飼っている、柴犬の「小哲」だ。今年で四歳……だったか。
子犬の頃から相手をしているから俺には懐いているはずだが……。何でこんなに警戒しているんだ?
「グルルルルルッ……ワンッ」
「ひっ! か、カスミ。ちょっと、僕っ」
小哲が睨み、唸り声を上げるその目線の先には――柏木さん。
「なんだ。コテツの奴、柏木さんにびびってんのか。ほれ、こっち来い」
「クゥゥ~ン……」
哲太は小哲を抱き上げると、リビングに向かう。
「ふぅ……びっくりした」
「柏木さん、犬苦手なのか?」
「まぁ、うん。猫は好きだけどね。私、犬に嫌われてるんだ。ご近所を歩いてると必ず吠えられるし、大人しい大型犬にさえ吠えられてさ」
「そ、そうなのか……何というか、気の毒な話だな」
「まあね……そういえば、カスミはペットとか飼ってたの?」
「ああ、小学生の時に文鳥を飼ってたんだ。……でも、結局逃げられたんだよな。いつだったかは忘れたけど」
「そ、そうなんだ……カスミ、鳥とか好きなの?」
「普通、だな。何なら猫の方が好きだ。大人しいし、肩にフンとかされないし」
「ふっ……。へへ、カスミの肩でうんちする文鳥ちゃん、見てみたいね」
「そんなの見て何が面白いんだ……」
暫くして、哲太は一人で戻ってきた。
「コテツの奴、いつからか一哲の部屋の門番をするようになってなぁ。メシん時は大人しいんだが……。この部屋の前を通りかかるとたとえ家族でも吠えるもんだから、なかなか手ェ焼いてるんだよ」
「なるほどな……でも、これでセキュリティは突破出来た訳だ」
「そういうこった。さてと……」
すぅっと。哲太が深く息を吸い――。
「――一哲ッ! 出て来いッ!!」
思わずびくりと体が跳ねる。柏木さんも目を丸くして哲太を見ていた。
「……」
部屋から返事はない。
「……はぁ。やっぱりな。この部屋は倉庫だったってこともあってな。鍵付けちまってんだ。外側からだがな。一哲の奴、スペアごと鍵を持ち去りやがって、廊下から鍵掛けて中庭に行って、そこの窓から部屋に戻ってってな感じで立てこもってんだ」
「はぁ……」
確かに面倒だ。
「一哲。話をしようか」
「……」
「頼む。ドアを開けてくれ」
「……」
さながら立てこもり犯を諭すように。いや、現にこいつは立てこもっているわけだが。
「哲太。クリップとかないか?」
「んあ。あるにはあるが……どーする気だ?」
「ピッキング出来ないか試してみる」
「ぴ、ピッキング!?」
無論。ピッキングなんて人生で何度かしかやったことがない。だから、その道のプロという訳でもない。唯一の成功体験と言えば、実家の裏口の鍵をクリップを使って開けたことくらいだ。昔、そういうことが出来る奴とつるんでいたのだ。
少しして。
「こんなもんでいいか?」
哲太がクリップを何本か持ってくる。
「ああ、助かる」
俺はしゃがみ込み、作業を始めた。
「取り敢えず……ここを曲げて」
「カスミ。そこを少しだけ左に反らせてください」
横から柏木さんが指を差して助言をしてくる。
「ん? ああ、本当だ。……てか、なんで柏木さんがそんなこと知ってるんだ」
「あぁ……いえ。何となく、です」
「何となくでそんなアドバイスが出来るのか……」
流石学年一位。いや、これに限っては学年何位だろうが関係ないか。柏木さんは何度か俺に助言をしてくれ、時には自分でもクリップを操作し――。
「……よし。ここをこうして……」
カチャッ
「あ、開きやがった」
「ふぅ……やっと開いた。ありがとな、柏木さん」
「はい」
だが。依然として反応はない。ドアに耳を付けて音を聞こうとするも、何も聞こえない。本当にこの中に一哲が居るのかと不安になる。
「反応がないな……」
「きっと、ヘッドフォンでもしてんだろ」
「ああ、そういうことか」
さっきの咆哮にも無反応だった訳だ。
「哲太。開けるぞ」
「おうよ」
ゆっくりと。ドアノブを捻る。
「……ごくり」
生唾を飲み込む音が聞こえる。
ガチャリ
ドアを開け、中を見る。
「――って、なんだこりゃ……!」
ドアの内側を含め、部屋の中にはこれでもかというほどびっしりと吸音パネルが貼られており、そしてその中には――――。
「ケッ。俺様に敵おうなんざ、百年はェーんだよッ! すっこんでろ、てめェら!」
とんでもなく粗暴な口調の一哲が、ゲーミングチェアに座っていた。
◇◇◇ ◇◇◇
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【あとがき】
小哲くん、可愛いですね。ちなみに柏木ちゃんが犬に嫌われてるのは生まれつきの体質らしいですよ!
カスミ君の家で飼っていた文鳥ちゃん、名前は「ブン吉」というらしいです。安直ですね。
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