第6話 ネッ友と勉強会
時計が指し示すのは、午後七時五十分。
俺は今、自分の部屋で蕎麦と勉強会をしている。もちろん、
俺と蕎麦は昔から、こうして勉強会を開くことが多かった。雑談をしながら勉強をするため少し効率は落ちるが、その方がリラックスし、結果的に集中できるのだ。
「ん、ここどうやって解くんだ……蕎麦、二十二ページの大問四ってどうやって解いたんだ?」
『あ、そこはね。前のページの左にある公式を使って……』
蕎麦と俺の学校は使っている教科書が偶然一致していたので、こうやって不自由なく勉強会を開くことが出来たのだ。授業の進度も、ほとんど変わらないらしい。
「ほー、そうやって解けばいいのか。サンキュ」
『どういたしまして』
「こうして一緒に勉強するのも、受験期以来だな」
『そうだね~。てか、カスミって相変わらず数学苦手だね?』
ちなみに俺の中学時代の数学の最低点は、赤点スレスレである。蕎麦に教えてもらってからは改善していき、ついには八十点台を取れるようになったのだ。
蕎麦の手引きは、どんな講師よりも参考になると思っている。それを蕎麦に伝えるのは何だか悔しい感じがするので、未だ伝えられていないが。
「なんというか、少し捻りを加えられると途端に分からなくなるんだよな……」
『そこは場数を踏むしか無いよね。色んな問題をやってたら、どこかで類似した問題が出た時に対処がし易いからね。ま……僕はそんなことしなくても解けるけど』
得意げに蕎麦がふふんと鼻を鳴らす。
「一言余計だぞ」
『えへへ』
「そう言う蕎麦は、英語は克服出来てるのか?」
『ええっと、それは……』
たじろぐ蕎麦。そう、こいつは中学生の頃から、英語が大の苦手だったのだ。逆に俺は、英語は得意な部類である。ゆえに、数学は蕎麦に教えてもらい、逆に英語は俺が教える、というような関係になっている。
「出来てないんだな」
『はい……』
「英語は一日目だっただろ? 明日から一緒にやるぞ」
『あ、うん』
しばしの沈黙のあと、スマホのスピーカーからは黒鉛を引きずる音が流れ始めた。
それからおよそ二十分が過ぎ。俺はふと思い出した今日のことを、蕎麦に話してみることにした。他愛もない話だ。
「そう言えば。今日の昼、食堂が凄い騒ぎになってたんだよな」
『ふぇ!?』
蕎麦はいきなり、素っ頓狂な声を上げる。
「ん? どうした?」
『ああ、いや……何でも、ない。続けて』
「ああ。カウンターの方の席に凄い人だかりが出来ててな。何でも、学校一の美少女が弁当を忘れたとかで食堂に来てて、それで大勢が見に来ていたんだ」
『……』
「あれ、蕎麦? 何も聞こえない。通話切れたかな……」
『――いやいや! 切れてないよ!』
耳をスマホに押し当てると、いきなり蕎麦の声が聞こえる。
うっ、耳がキーンとする。……蕎麦のやつ、具合でも悪いんだろうか? 確かに、休憩時間が短すぎた気もしないでもないが……。
「どうした、具合悪いのか? いったん休憩するか?」
『だ、大丈夫っ……その、大変だったね……?』
「直接的な被害は来てないから、別に構わなかったけどな。親子丼が売り切れ寸前だったことを除けば、だけどな。あと三食だったんだぞ? 本当にラッキーだった」
『へ、へぇ~。そうなんだ……親子丼、ね……』
それからさらに沈黙が流れ、あっという間に二時間が過ぎた。
「ふわぁ~。だいぶ進んだな。休憩するか?」
『う、うん』
「悪い、ちょっと風呂行ってくる」
『え? あ、うん。行ってらっしゃい』
プルルンッ
俺はマイクをオフにし、自分の部屋を後にした。
◆ 柏木葵視点 ◆
心臓がバクバクしている。
私は、藤色のベッドにぼふんと寝転がった。
心臓の鼓動が早すぎる。死ぬんじゃないか、これ、ってくらいに。
『カスミが私と同じ紀里高校に通っている』
その事実を
先ほどの勉強の内容も、全く頭に入ってこなかった。ページは進んでいるのに。
それが私の思い違いではないことは、何度も確認した。今日はお弁当を忘れたから食堂で食事をしたし、その際に人だかりが出来ていた。
私が親子丼を注文した影響か、親子丼も大量に売れていた。カスミの好物が親子丼であるということを知った上でのチョイスだったことは本人には口が裂けても――。
いやいや、今はそんなことは。
取り敢えず言えるのは、間違いなく今日起こったこと、だということだ。
どれも、カスミの話と完全に一致している。
思えば、おかしな点は幾つもあったのだ。
まず、教科書が全教科一致しているのもおかしい。授業の進み方が完全に同じなのもそうだ。メッセージで会話すれば、基本的に天気は同一していて、今日は雨だから傘を持って行こうとカスミが言ったタイミングで雨が降り出したり、なんてこともざらにあった。これだけ挙がれば、逆にそうでない可能性の方が低いだろう。
それらに今の今まで気が付かなかったのは、カスミがネットの人だという先入観があったからなんだと思う。我ながら間抜けである。
心を落ち着かせるために、手に持っていたスマホでLANEの通知を確認する。
『自分、四組の
『そうですか。私に何か用でしょうか?』
溜まっている未読のメッセージをスライドしていき、応答していく。これを放置すると、いきなり電話がかかってきたり、スタンプを連打されたりして面倒なのだ。
『今度の土曜暇?』
『いやー、僕は暇じゃないんだけどさ』
『ほら、映画のチケット二人分取れたから、今度どうかなーって』
『どちら様でしょうか。』
一瞬で既読が付く。
『え? 僕の名前? この前教えたじゃん』
『ごめんなさい。分かりません。』
『は? なんで??』
『意味が分からねえ』
『ちょい通話するわ』
慣れた手つきで、ブロックボタンを押す。
〈 駆 さんをブロックしました〉
『葵。』
『ご飯はまだ食べないの? お母さんは先に食べますよ?』
『勉強がひと段落ついたら食べるよ。』
『そう。』
『あんまり無理はしちゃだめだからね。』
『うん。』
一通り返信し終えたが、私の胸の動悸は収まらなかった。
「はぁ……」
明日からどんな顔をして学校に行けばいいんだろう。カスミとばったり鉢合わせ、なんてことになったら、どう対処すればいいのか分からない。
ずっと緊張している。それなのに。気が付けばなぜか、頬が緩んでいく。
「そっか……カスミ、私と同じ高校に通ってるんだ……」
唯一の友達が同じ高校に通っている。嬉しい。嬉しくないわけがない。
五年間、遊ばなかった日は(お盆と正月を除いて)無いくらいの、大親友なのだ。
そんなカスミと学校でも一緒に居られたら、どんなに楽しいだろうか。
それがまさか、現実になるなんて……。
明日、カスミのことを学校で探してみよう。食堂に行けば、また会えるかもしれない。そしたら、勇気を出して話しかけるんだ。よし、頑張るぞ……。
「……頑張るぞ……」
『ただいまーっと』
「わぁ!?」
私は驚いて、思わずスマホを手放した。
スマホは回転しながら宙を舞い、それを何とかキャッチする。
「か、カスミ……」
いきなりミュート解除しないでと、あれほど言ったのに……。
あれ……ていうか私、ミュートにしてなかった!! ぶつぶつ独り言を言ってたけど、聞かれなかったかな……。
「あのさ、カスミ。もしかして、さっきの独り言、聞いてた……?」
『ん? 何のことだ? ってか、お前って独り言とか言うタイプなのか?』
良かった。どうやら、聞かれてはいないらしい。
私はがばっと起き上がり、勉強机に向かった。
◆ 冬城佳純視点 ◆
教科書のページを捲り、ノートに新しく書き込んでいく。
「よっし、四十八ページの大問二からだな」
『うん』
時計を見ると、十時三十分。十一時には寝たいところだ。
「あと三十分で寝るけど、それまで頑張るか」
『うん。……ねぇ、カスミ』
「ん?」
『その、さっき言ってた美少女って、どんな子なの?』
さっき言ってた美少女というのは、食堂に居た棘姫のことか。
……容姿について触れれば良いのだろうか?
「そうだな。うーん……お人形みたいな人だったな。色んな人に言い寄られるくらいには、整った顔立ちをしてた。ハーフってこともあってか、何というか華やかな感じだったよ」
『ふ、ふーん……。じゃあ、その、内面的なところ、とかは?』
「内面? よく知らないな。あの人が誰かと普通に話してるところ、全然見ないしな。いつも敬語で、なんかお堅い感じというか」
『そ、そっか……』
蕎麦は、落胆したように言う。
棘姫は孤高の存在だ。彼女の内側は、誰にも分からないだろう。
ていうか蕎麦、何でそんなことばかり訊いてくるんだ? いや、蕎麦も男子高校生だ。可愛い子が居ると知れば、少なからず興味を湧くのは仕方ないことだろう。
「どうした、蕎麦。お前が女の子に興味を持つなんて、珍しいな」
『そ、そうじゃなくて。もう。早く続きやろ』
「お、おう」
それから勉強を進め、あっという間に十一時になった。
「終わった~。さて、寝るか」
『疲れたね。こんなに遅くまで勉強したのいつぶりだろ』
「中二の期末考査以来か? 一学期の、蕎麦がテスト範囲を二十ページも間違えて、延々と付き合わされたやつ」
『あ――あっははは、そんなこともあったね。そっか、もう二年前か……』
「ああ、二年前……もっと早くから本腰入れて勉強していれば、もう一つ上の志望校に行けたんだけどな。願わくば、あの頃に戻りたい」
『僕は戻らなくても良いけどね。……今の方がずっといい』
「そうなのか?」
『――うん』
蕎麦の満足気な返事が聞こえる。
「そうか……ふわぁ」
そう呟くと共に、尋常ではない睡魔を自覚した。ゲームをした後は一時間ほど頭が冴えて寝られないのに、勉強をした後は達成感からか、心地よい疲労感に襲われる。
「じゃ、俺は疲れたから、今日はもう寝る」
『も、もうちょっとお話しようよ』
「ええ? 駄弁ってたらせっかく覚えた内容が頭から抜けていきそうじゃないか」
『じゃ、じゃあまた覚えればいいじゃん!』
一瞬考え込む――が、睡魔が思考回路を遮断する。
「疲れた、寝る。おやすみ」
『あ、ちょっ――』
蕎麦が言い終わる前に、俺の右手は通話終了ボタンをタップしていた。
◇◇◇ ◇◇◇
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