棘姫の捜し人
第7話 モーゼの海割り?
蕎麦とのテスト勉強から、ちょうど三週間後。
中間考査が終わり、一通り答案が返却された。一喜一憂する時間も過ぎ、皆がその現実を受け入れ始めている。
そんな中、昼食を終えた俺は、順位表が張り出される昇降口前を目指して廊下を歩いていた。
目の前を見覚えのある顔が通り掛かる。赤に近いミディアムの茶髪を振り乱し、ご機嫌そうに廊下を歩く女子生徒――。
山崎千乃だ。
「あ、ゆっきーじゃん! 奇遇だねっ!」
「げ、山崎……」
「げって何よ、げって!」
思わず口に出てしまった。条件反射だろうか? なぜかこいつと対面するのは気乗りしない。
「悪い、無意識で」
「あたしに会うのが嫌だったの!?」
「いや……そういうわけじゃ……。うーん……そうなのかなぁ……」
「か、考えこまないでよ!」
山崎はぷんすかしながら叫ぶ。
「てか、山崎。一組の次の授業は体育だろ? 早く着替えないと遅刻するぞ」
「ん、あーっと……体操服忘れちゃって。れーくんに借りようと思ってね。あはは」
「女子から借りれば良いんじゃないのか? なんで辺なんだ?」
「っ! そこは良いの!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ山崎。
「あぁ、そう言うことか。悪い、察せなかった」
「はぁー、ゆっきーってほんっと乙女の純情を理解出来ないよねっ!」
「はいはい、悪かったよ」
好きな人の私物に興味を持つ気持ちは、理解できなくもない。辺のことが好きで仕方ないのも、相変わらずらしい。辺の言う通り、上手くいっているようで安堵する。
辺の方も「彼シャツを千乃にやって欲しい~」とか何とかボヤいていたしな。
山崎はきょろきょろと周囲を見回す。
「ところで、れーくんはどこ居るの? 一緒に居ないみたいだけど」
「お花摘み、もうすぐ帰ってくるはずだ」
「そっか。……そうだ、ゆっきー。テストはどうだったの?」
ふと、山崎が俺に訊いてくる。
「全体的に良かったな。平均点は八十六点。ちなみに、英語は百点だったぞ」
「ひゃっ……ゆっきー、結構勉強できるんだね……」
「ああ。そういう山崎はどうだったんだ?」
俺がそう問いかけると、山崎は露骨にたじろぐ。
「え、あたし? えーと、あたしは……」
「ん、どうした? 教えてくれ」
「いや、ちょっと興味を持っただけって言うか、その……あたしのは、ね」
人にテストの点数を訊くということは、逆に自分が訊かれる可能性も考慮してのことだ。だから、自分のテストの点数が悪かったなら、訊かぬが吉、だが……。
この山崎千乃は、そんなことは考えたりしない。思いついたこと、気になったことは、人に訊かずにはいられないタチなのだ。
「なんだ、山崎。お前は初対面の相手に自己紹介させて、自分は名乗らないのか?」
「ゆ、ゆっきーとは初対面じゃないじゃん!」
「言葉の綾だ……。さぁ、観念して点数を吐いて貰おうか。さもなくば――」
と言いつつ、ポケットに手を突っ込んでごそごそと漁る。ちなみに、「さもなくば――」の後は特に考えていない。適当に脅せば、こいつは……こうなる。
「ひ、ひぃぃぃい!」
山崎は顔面蒼白になり、その場に縮こまった。
俺のポケットからナイフでも出ると思っているんだろうか。単純な奴だ。
「さぁ、どうする。大人しく吐かないと――」
「ごめんなさい! ほんの出来心だったんです!」
その様は、さながら事情聴取のようだ。すると、背後に人の気配。
「……お二方。俺抜きで楽しそうに話しないでもらえるか? なんか妬けてくるぜ」
後ろから辺に指でツンツンと肩を差される。
「辺」
「あ、れーくん!」
辺に気が付いた山崎は、凄い速度で辺に近づいていく。
「よう、千乃。どうした? また冬城に虐められたのか?」
「そうなの! ゆっきーが力づくであたしの点数を……」
「なっ……!? 女の子に手を上げるなんて、見損なったぜ、冬城ぃ!」
辺の後ろで縮こまる山崎。
「おい山崎、冤罪を吹っ掛けるのはやめろ。俺はお前に触れてすらないぞ。その
「ふはは。だってよ、千乃」
「ぐぬぬぬ」
「で、山崎。早く辺に用件を伝えるべきなんじゃないか?」
「――あ、忘れてた!」
俺がそう言うと、はっとしたように山崎が表情を変える。そして、もじもじしながら用件を伝えた。
「その、えっとね、次の授業が体育なんだけど、体操服忘れちゃって。れーくんの貸してくれないかな!?」
「ああ、別に良いぜ。今から持ってくるから、ちょっと待ってろ」
辺はそれだけ言うと、廊下を歩いて行ってしまった。
「てか山崎。何で俺がポケットを漁りながら脅しただけで、あんなに怖がってたんだ? まさか……ナイフでも出ると思ってたのか?」
それはそれでやばい奴だと思われてそうで心外である。だが、あの怖がりようだと、そうとしか考えられなくなってしまった。
「そ、それは……」
山崎は言いずらそうにしながら、ぽつぽつと話し始める。
「昔、ああ、小学生の頃の話ね。あたし、お兄ちゃんのアメを勝手に食べちゃってさ。それでお兄ちゃんと喧嘩になって」
「向こうから謝ってくれたんだけど、仲直りのしるしにアメをやるって言われて、ワクワクしながらポケットからアメが出るのを待ってたんだけど……。お兄ちゃんがポケットから出したの、ゴキブリだったんだ――あ、れーくんには内緒だからね!」
俺は絶句した。
◆
「ほら、次は忘れるんじゃないぜ」
「ありがとう! れーくん大好き!」
「お、おう……そら、行った行った」
辺は照れ臭そうに言う。満更でも無い表情だ。山崎は辺から体操服が入った袋を受け取ると、それを胸に抱き寄せて走り去ってしまった。
「良かったな辺。念願の彼シャツだぞ」
「それはそうなんだがな……くそう、体操服姿が見られないのが悔やまれるぜ」
「それは何というか、ご愁傷様……だな」
辺は悔しそうに、握りこぶしを作る。
「そうだ、辺。今から昇降口前の順位表を見に行くんだけど、お前も来るか?」
「んお、冬城の誘いならもちろん行くぜ。ちょうど暇してたしな」
俺と辺は、一緒に昇降口に向かう。俺は高校に入ってからかなり勉強に身を入れているから、順位もそれなりのものになっているはずだ。
数分で昇降口前に到着。既視感のある光景の正体は、この人だかりだろう。
だが、今回は「棘姫」が原因ではない。
「お、あそこの隙間から入れそうじゃないか? そこ、男子が寄ってるとこだぜ」
「本当だ。少しお邪魔させてもらうか」
ちょっと失礼、と、男子生徒が固まっている箇所の隙間から、順位表の前に出た。
◆ 柏木葵視点 ◆
今日は順位表が張り出される日だ。紀里高校では、全生徒数五百十一人中、校内順位が三十位より上であれば、学年別の順位表に載る。順位表は昼に掲載され、その間昇降口には沢山の生徒が集まる――。
そして。私も例に漏れず、それを見に行っていた。
私が昇降口に到着すると、すでに人だかりが出来ていた。
私が道を通ると、モーゼの海割りのように、群衆が真っ二つに割ける。
『うわ、棘姫だ……』
『柏木さん、今回一位だってさ。美人で頭も良いとか、完璧過ぎるだろ……』
『なんつーか、やっぱ近寄れねえわ……ふつーに
『チッ。お高くとまっちゃって』
『ほんとにムカつくわ。あの子、いつか痛い目に合わせてやるんだから』
『胸デカ過ぎ……あれ一回でいいから触ってみてえな、マジで』
『いやいや、あの脚も良いぞ。太ももから
それら言葉の数々は、私の耳には耳鳴りのようにしか聞こえなかった。
いや、聞こえてはいるであろうそれを、鼓膜が受け付けない。慣れた、というべきだろうか。全く、気にならなくなってしまったのだ。
私が順位表の前に立ち、順位を確認していると、ふいに、二人の男の子が私の横に立った。その男の子は私には目もくれず、順位表を見上げ、呟く。
「俺の順位は……十一位か」
「惜しかったな冬城、ちなみに俺は何位だった?」
「……圏外だ。お疲れさん」
「ええー、今回結構頑張ったんだがなぁ……冬城ぃ。何でお前そんなに勉強できるんだ? あれだけゲームしてるのに」
「どっかの誰かさんみたいに、テスト週間に彼女と遊び惚けたりしてないからな」
ふいにそんな会話が聞こえ、私は閃いた。
カスミの順位が分かれば、カスミのリアルの名前を知ることが出来る。カスミは結構頭が良い方だから、きっと上位にランクインしているはずだ。
善は急げだ。早速カスミに連絡しないと……!
スマホを取り出して、メッセージを送る。
『順位何位だったの?』
直後、隣の男の子のポケットがブーンと鳴る。凄い偶然だ。
「ん、通知来た。Hiscodeかな……」
隣に居た二人組が、人混みから消える。
そして、返事は来た。
『十一位』
◇◇◇ ◇◇◇
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