棘姫と遊園地
第37話 あの冬城ってやつは
「負けた……」
俺はぽつりと呟く。
『よっしゃっ! 勝った!』
俺の右隣に居る男子生徒が、そんな声を上げる。
『くそ! また負けた』
『また、圏外……親父に叱られる』
『うぉぉ抜かされた……』
周囲からはそんな声が聞こえる。
「へへ。また私の勝ちだね」
俺の左隣で得意げにそう呟くのは、柏木さんである。
テスト最終日から一週間が経過して、順位表が張り出された。俺と柏木さんは食堂に行くついでに昇降口前を通り、それを確認していた。
『さてと……フフフ、順位はどうなっておりますかな』
坊主頭にメガネの男子生徒がぼそぼそと順位表を読み上げる。
『五位、小生……四位、冬城佳純……三位、
そう。柏木さんは今回も一位だ。ゲームと勉強をここまで両立する柏木さんには脱帽だが、毎度のことながら少々やり過ぎなのではないかと心配になる。まあ、勉強も趣味も両立出来ているのだから、やり過ぎというわけではないのかもしれないが。
「……ふぅ。次こそは勝つからな」
「さぁ、どうだろうね」
ふふんと鼻を鳴らし、得意顔の柏木さん。うう、悔しいのに可愛い……。
後ろに居る男子達から、ひそひそと話声が聞こえてくる。
『冬城佳純……あいつ、本当に柏木の彼氏じゃないのか?』
『いや、まじでそれな。あの距離感はおかしいって』
『ま、この光景も見慣れたよ。あの冬城ってやつはヘタレっぽいし。平気だろ』
『はは、確かに! ……どっかのタイミングで告ってみよっかな、俺。今ならいけそーなんだよなぁ。柏木も普通の女子だって分かったし』
ヘタレとかそういう話じゃないだろ。俺は別に、柏木さんと恋愛というか別にそういう関係になりたいわけじゃない。友達と言うか。ああ、あれだ。
そう、親友なんだ。だから別に、柏木さんに彼氏が出来ようが――――。
「……っ」
柏木さんと目が合う。柏木さんは柔らかな表情で、息を漏らす。
「ん? カスミ、どうかした?」
「いや、なんでもない」
あれ?
「そっか。千乃ちゃん達待ってるから、早く行こう?」
「……ああ」
なんで。
なんで俺。今、「嫌だ」って思ったんだ……?
ちくりと。胸を刺す感情がある。「嫌」だ。拒否感。
俺と柏木さんはただのネッ友で、ただのリア友で、ただの親友だ。
だから。柏木さんの恋愛云々に、外野の俺がどうこう口を出すことは無いのに。
何で「嫌」なんだ。身近な人だからか? いいや違う。柏木さんは身近な存在じゃなかった。じゃあ、なんだ?
『ごめんな、ジロー。そう言うことだから』
ああ、うるさい。お前は黙ってろ。
「お、ゆっきーにあおりん」
「順位はどうだった? 俺達はまだ見てないから気になるぜ」
「私は一位で、カスミは四位だったよ」
「わぁお、相変わらず学年一位だ……ゆっきーもランクアップしてる」
辺と山崎を見る。こいつらは最初、どういう関係だったのだろうか。
「ん。どうした、冬城。そんな見つめられると照れるぜ」
「……いや、何でもない」
俺はそう言って席を立ち、券売機へと向かった。
◆◇◆
無心で親子丼を食べる。
さっきはきっと、気が動転していたのだろう。味覚が生き返ったお陰か、幾分か気分はマシになっている。
と。山崎が食事の手を休め。溌剌とした声を上げる。
「どうする? 夏休み!」
そうか。もう夏休みか。……思えば、高校生活最初の夏休みだ。中学時代は、ずっと特定のリアルの友人をつくらずに、家でゲームばかりしてたからな……。それこそ、小学生の時は3BSを持って羽成家に突撃したものだが。オンラインゲームにハマってからは、夏休みにどこかへ遊びに行くということは全くなくなってしまった。
「うーん、どうしようかなぁ……去年はずっと家でゲームしてたからな……」
「そんなのもったいないよ。どこか遊びに行こうよ、この四人で!」
「遊びに? 外にか?」
「そう! ゲームも楽しいけど、やっぱり夏休みは外に遊びに行きたいじゃん」
「お、いいな。せっかくだし、遊園地とか行くか?」
「おぉ~! 良いじゃん良いじゃん、夏休みっぽくて!」
遊園地……。何か子供っぽい気もするが。高校生の外出って言ったら、そういうものなのか。もっとこう、映画館とか水族館とかそういうのを想像していたが。
「遊園地、か……うん。私も賛成。カスミは?」
「まあ、俺は楽しければどこでもいいな」
「じゃあゆっきーも賛成ってことで! いつにする?」
それからとんとん拍子に話は進み。来週土曜日の七月二十二日に、遊園地に行くことが決まったのだった。
のだが……。
◆◇◆
前日の放課後。
〈れん:すまん〉
〈れん:妹が熱出して明日行けそうにない〉
俺と柏木さん、山崎と辺の四人のLANEグループに、そんなメッセージが来た。
「……マジ、か」
辺の話では。部活に行こうと教室を出たところで妹から電話があったらしい。体調が悪く、熱を測ったら38度だった、と。両親が旅行に行っていることもあり、辺以外に看病が出来る人が居ないようだ。
〈千乃:ええ!?〉
〈Kasumi:妹は平気なのか?〉
と。グループ通話が開始される。
『今は熱冷ますシート貼って安静にさせてるが……明日あたり病院に連れてくつもりだぜ』
『妹さん、大丈夫かな』
『取り敢えずは平気そうだぜ。ドタキャンしてマジですまん』
『れーくんのせいじゃないよ』
「そうだ。これは辺がどうのこうのって話じゃない。不可抗力だからな」
『そうか……皆、ありがとな。……それでなんだがな』
『千乃は明日、俺の家で看病を手伝ってくれるらしいんだ。それでチケットが二つ余るんだが……要るか?』
ううむ。要るかと言われても。
「まあ、俺と柏木さん二人で行っても仕方ないしな……勿体ないし貰っていいか」
『そうだね。ってか、カスミ。二人で行っても別に良いじゃん』
「いやいやいや……それは、色々あれだろ。その……」
『ふふふ。ま、そういうことだぜお二方。千乃が部活帰りに柏木さんちに寄ってくらしいから。柏木さんが受け取ってくれ』
『分かった。ごめんね、千乃ちゃん』
『いいよいいよ。あおりんの家にまた行けるなんて、恐悦至極だよ』
「また?」
『あれ。カスミには言ってなかったっけ。この前、千乃ちゃんを私の家に呼んだんだよ』
『そーそー! お母さん、めっちゃ美人だったし! あ、そろそろ行くから通話切るね!』
着々と親交を深めているようで何よりだ……。
と、ブツリと山崎が通話から抜ける。
『俺も。妹におかゆ作ってくるぜ』
「ああ、分かった」
そう言って、辺も通話から離脱。
「どうする? 誰か誘おうか?」
『うん。カスミの友達』
「友達か……。ううん、とは言ったものの……」
『あ、そろそろ私も通話切らなきゃ。これからお母さんの夕飯の手伝いするから』
「あ、ああ。分かった」
『じゃあね、カスミ』
「おう」
柏木さんも離脱、最後に俺が通話を閉じる。
「さて……どうしようか」
俺は中学時代はほぼぼっちのようなものだった。小学校からの付き合いがあった何人かとは、それこそ羽成なんかとは絡みがあったものの、自分から家を出て誰かと交流するなんてことが無かったため、人脈は皆無と言っていい。
LANEの友達欄をスクロールしていく。
上谷さん……に言ってみるか。ダメ元だ。正直女性二人を連れて遊園地なんてハレンチなことは出来ないから、譲渡という形になる。予定が合えばいいのだが……。
「みすず」という名前のアカウントをタップ。
ちなみに。上谷さんのLANEを持っているのは図書委員の業務連絡のためだ。業務連絡自体少ないため、やり取りは一ヵ月に一度ほどだが。
メッセージを打ち込み。送信……。
〈Kasumi:上谷さん〉
「うおっ」
秒で既読が付いた。早いな……。
〈みすず:どうしたの? 冬城くん〉
〈Kasumi:遊園地のチケットがあまったんだけど、よかったら要るか?〉
〈Kasumi:明日行く予定だった奴が行けなくなって〉
〈みすず:行きたいけど……明日は用事があるから無理かなぁ〉
〈みすず:ちなみに誰と行くの?〉
〈Kasumi:同じクラスの辺と、一組の山崎と〉
〈Kasumi:あと三組の柏木さんと行く予定だった〉
〈みすず:ええ!?〉
ええ?
〈みすず:そうなの?〉
〈Kasumi:ああ〉
〈Kasumi:辺と山崎が行けなくなったから〉
〈みすず:じゃあ柏木さんと二人きりってこと……?〉
〈Kasumi:そうなるけど、二人きりで行く予定はないぞ?〉
〈みすず:そっか〉
〈みすず:よかった〉
良かったとは……? まあ、深読みはしないでおこう。勘違いはしたくない。
〈Kasumi:他を当たってみるな〉
〈みすず:うん〉
〈みすず:予定合う人見つかるといいね〉
〈Kasumi:ああ〉
上谷さんとの個人チャットを閉じ。またスクロールする。ほとんど絡みがない、何なら俺のことを覚えてすらいないんじゃないかという人達のアカウントが次々と。
ううむ。今更俺が話しかけても「なんだこいつ」としか思われそうにないような人達ばかりだ。俺は影の薄い男だったからな……。まあ、ヘンな趣味とかは無いが。
「ん」
一人のアカウントが目に留まる。
「羽成、哲太……」
◇◇◇ ◇◇◇
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【あとがき】
棘姫遊園地編改稿版、開始となります。大まかな流れを変えるつもりはありませんが、細かな心理描写の変更等がございます。ご了承ください。
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