第一章 「棘姫」は笑わない
高嶺の薔薇の花
第1話 フィスト・バンプ
「危ない! いったん下がれ!」
最前線で大剣を振り回していた、顔面を熊のマスクで覆った筋骨隆々の男性プレイヤーに退却するよう指示を出す。
体がすっぽり覆われる大きさの盾「
鈍い音を立て、盾を地面に突き刺す。
直後、目の前の大蛇「
「頭突きのモーションか……!」
まずい、残りHPの少ない蕎麦が食らえば即死級の攻撃だ。
「頭突きが来る! 蕎麦、離れてろよッ!」
『キシャァアァァァアアアアァ!!』
――来る!
ガァァァンッ
ガンッガガガガンッ
何度も何度も、重い頭突きが盾を打つ。そのたびに、
「絶対に防ぐッ……!」
ビュンッ ビュゥゥゥゥンッ
周囲に、衝撃波が
こんなに攻撃を食らっても、盾の方は無傷。さすがはミスリル製、強度が段違いだ。
『キシャアッ!!』
今度は、思いっきり俺の盾に噛みついた。
「ぐっ……こいつっ!」
ガッ キキィィンッ キィンッ
盾の内側まで牙がめり込み、盾がメキキィと悲鳴を上げる。
「
だが、首の固定は出来た。このまま膠着状態に持ち込んで、首筋から一方的に攻撃をすれば……! よし、早く相棒に指示を――。
次の瞬間。
プシィッ プシィィィイッ
「何ッ!?」
突き刺さった牙から、勢いよく紫色の液体が噴出され。
それはあっという間にもくもくと広がっていき、俺の体を包み込んだ。
ピロンッ
画面上にドクロのマークと共に、テロップが表示される。
▼状態異常:
この状態の時、プレイヤーの移動速度-50%。
また、HPが毎秒20低下。継続時間:10秒。
「っ! ……状態異常か!」
HPがじわじわと削られていき。四百あったHPは、あっという間に二百まで低下した。
いくらタフさが売りの俺でも、シールド無視の持続ダメージは痛すぎる……!
ええと、ポーションは……。急いで
万事休すだ。
このままだと、もう一度
ああ、くそっ。次の状態異常で、俺は確実に死ぬ。
その時。
パリィンッ
背後から何かが弾ける音が響いたと思えば、状態異常は解除され、俺のHPはぐんぐんと回復していく。
「これは……
「カスミ、合図お願い!」
「……分かった!」
そう、俺は一人じゃない。最低でも
その瞬間だ。毒袋に攻撃を叩き込めば、会心攻撃を食らわせられる。
『キシャァァァァアア!!』
蛇王が盛大にのたうち回る。そして、首を左右にうねり始め――。
「蕎麦、今だ! 首筋のヒレがある部分を狙え!」
そう叫んだ瞬間。
後ろから大剣を持った熊顔のプレイヤーがタッタッタッと飛び出してきて――。
地を踏みしめてしゅばっと飛び上がり。
「はぁぁぁぁぁあっ!!」
ズシャァァァアァアアアンッッ
『キシャァアァァ……』
禍々しいデザインの体力ゲージが一気に減っていき、底をつく。
ヘッドセットから、聞き慣れた声が聞こえた。男の声、というにはまだ幼いが、同性の声であることは認識出来る。
「やば。めっちゃ腕疲れた」
それと同時に、全身から力が抜けていくのを感じた。
かれこれ二十分、
▼レベルアップ:+4
「やっと勝てたぁー……」
「ひやひやしたねぇ」
「ほんとになー……。あいつの噛みつきで、盾の耐久値が半分も減ったよ。ポーションも切れて詰み掛けてたし。助かったよ、蕎麦。さて、ボスドロップは……」
「お、蛇王の鱗だ。――あ、見て、これ!」
熊顔のプレイヤーは、ボスドロップの大剣を地面に突き刺す。
「それって……新武器の
「へへーん。あれ、そういうカスミも、短剣落ちてるじゃん」
俺は足元に転がっていた、赤色に輝く物体を手に取る。蛇革で作られたナイフケースに収められたそれを取り出すと、青緑色の刃が姿を現した。
柄の部分に、金色の蛇が巻き付いている装飾がされた、何とも禍々しい業物だ。
「俺はタンクだから、短剣とか使えないけどな。武器ドロップはほとんどオークションに出品して売っ払ってるし。お、これは使えるな。
「
「相手の攻撃を無効化できるのは、基本的にタンクの特権だからな。それなのに、攻撃手段が素手だけって……。ギルドに行ってもタンクは門前払いだしな」
「まぁでも、攻撃手段が多様なのが売りのゲームで、わざわざタンク職を選ぶのもどうかと思うけどね。あれ。もしかして、カスミってマゾヒストなんじゃ……」
「なんだとォ?」
蕎麦の発言にカチンと来た俺。
「もういっぺん言ってみろっ! このっこのっ」
「あ! 僕のアイテム蹴散らさないで! 嘘っ、冗談だよっ!!」
熊顔のプレイヤーが、転がったアイテムを慌てて取りに向かう。
「ごめんごめん。冗談だよ。カスミには感謝してる」
「感謝?」
「いつもここぞ! ってタイミングで僕を守ってくれるからね。このゲームに限った話じゃ無いけど」
「だって、お前は昔から危なっかしいだろ? すぐ一人で飛び出して行って、
そう言うと蕎麦はふふふと笑い、
「だから、ね」
熊顔のプレイヤーが、ふいに俺の方に拳を真っすぐ突き出してきた。
「頼りにしてるよ」
条件反射のように、メニューから「
「おう」
突き出された拳に、俺のプレイヤーが拳を突き合わせた。
「このエモート、めっちゃ好き」
「お揃いで買えてよかったな」
「うん!」
画面右端に表示されている、現在の時刻を見る。
午後十時四十分。
「あ、てか。もうこんな時間か……。近所迷惑だし、そろそろ通話切る」
俺の住んでいる部屋の両隣には現在誰も入居していないが、一応だ。
ヘッドセットを外し、パソコン本体の出力端子からプラグを引き抜く。
すると、パソコンの画面右下、
〈Sob_A221 :OK。〉
〈Sob_A221 :カスミ、寝る前に少しだけメッセージで雑談しない?〉
雑談か。もう今日は寝ようと思ってたけど、あんまり眠気もしないしな。
少しくらい、付き合ってやるか。
〈kasumi1012 :いいよ〉
〈Sob_A221 :良かった。〉
〈Sob_A221 :えっと。〉
〈Sob_A221 :今度ね。
さっきまでやっていたのは、今話題のオープンワールドRPG「
自由度が高く、のんびり農業をしながらスローライフをするのもよし、ダンジョンに潜ってボスを討伐して激レアアイテムを狙うもよし、プレイヤー同士で戦闘をして資材を奪い合うもよし、本当に何でもできるゲームである。略称は「碧獣」だ。
俺はその中でも、専らダンジョンに潜って探索をするタイプの人間であり、つい先ほどまでも、かなり付き合いの長い、仲の良いネット友達「
◆
〈Sob_A221 :じゃ、そろそろ寝るね。話に付き合ってくれてありがとう。〉
〈kasumi1012 :良い感じに眠たくなってきた。こちらこそどーも〉
〈Sob_A221 :明日も放課後できそう?〉
〈kasumi1012 :おう〉
〈kasumi1012 :ゲームしてこその青春だからな〉
〈Sob_A221 :分かってるじゃん。〉
〈Sob_A221 :じゃ、いつも通り四時半からで。おやすみ~~~。〉
というメッセージと共に、熊のキャラクターが寝ているスタンプが送られて来る。
その後、さっきまで画面に映っていた、熊顔に上半身を鎧で覆った男性プレイヤーが姿を消した。
▼Sob_A221さんがログアウトしました。
〈kasumi1012 :おやすみ〉
「ふぅー」
ベッドの上にスマホを放り投げ、パソコンの電源を落とす。
時計を見る。
時刻は、午後十二時一六分。
「結構話し込んだな……。最後の方、もうウトウトしかけてたし」
部屋の電気を消して、ベッドに潜ると、すぐに俺の意識は落ちていった。
◇◇◇ ◇◇◇
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