第一章 「棘姫」は笑わない

第01話 フィスト・バンプ


「危ない! いったん下がれ!」


 最前線で大剣を振り回していた、顔面を熊のマスクで覆った筋骨隆々の男性プレイヤーに、退却するよう指示を出す。熊顔のプレイヤーは俺と入れ替わりで、さっきまで俺が相手をしていた雑魚敵を蹴散らし始めた。


 そして、体がすっぽり覆われる大きさの盾「魔鋼の盾ミスリルシールド」を構えて前線に出る。


 ガンッ


 盾を地面に突き刺す。

 直後、目の前の大蛇「虚ろ夢の蛇王ヴォイドリーム・スネーキング」が溜めの姿勢に入り――。

 頭突きのモーション。やばい、残りHPの少ない蕎麦そばが食らえば即死級の攻撃だ。


「頭突きが来る! 蕎麦、離れてろよッ!」

『キシャァアァァァアアアアァ!!』


 蛇王スネーキングのヘイトが俺に向かい、照準を定めるような動作をする。


 ――来る!


 ガァァァンッ


 蛇王スネーキングが勢いよく、盾に向かって頭突きをする。


 ガンッガガガガンッ


 何度も何度も、重い頭突きが盾を打つ。そのたびに、巌窟がんくつ内に鈍い音が響いた。


「ぬぐっ……!」


 重い! 今まで防いできたどの攻撃よりもっ……!


「絶対に防ぐッ……!」


 蛇王スネーキングの猛攻を完封するため、さらに体全体で盾に圧をかける。


 ビュンッ ビュゥゥゥゥンッ


 周囲に、衝撃波がほとばしる。地面に亀裂が入り、足元がボコッとへこむ。

 こんなに攻撃を食らっても、盾の方は無傷。さすがミスリル製、強度が段違いだ。


『キシャアッ!!』


 蛇王スネ―キングはひるんで顔を引っ込めるが、すかさず口をがぱっと開き。


 今度は、思いっきり俺の盾に噛みついた。


「ぐっ……こいつっ!」


 ガッ キキィィンッ キィンッ


 盾の内側まで牙がめり込み、盾がメキキィと悲鳴を上げる。


「ミ、ミスリルシールドを貫通した!? 何なんだよこのぶっ壊れボスは!!」


 だが、首の固定は出来た……! このまま膠着状態に持ち込んで、首筋から一方的に攻撃をすれば……! よし、早く相棒に指示を――。


 次の瞬間。


 プシィッ プシィィィイッ


「何ッ!?」


 突き刺さった牙から、勢いよく紫色の液体が噴出され。

 それはあっという間にもくもくと広がっていき、俺の体を包み込んだ。


 ピロンッ


 ▼状態異常:鈍化毒スロー・ポイズン

  この状態の時、プレイヤーの移動速度-50%。

  また、HPが毎秒20低下。継続時間:10秒。


「っ! ……状態異常か!」


 画面上にドクロのマークと共に、そんなテロップが表示される。

 HPがじわじわと削られていき。四百あったHPは、あっという間に二百まで低下した。


 いくらタフさが売りの俺でも、シールド無視の持続ダメージは痛すぎる……!

 ええと、ポーションは……。急いで所持品インベントリを確認するも、あいにくと回復薬は使い果たしていた。所持品インベントリにあるのは、もう空の瓶と山のような戦利品だけである。


 万事休すだ。


 このままだと、もう一度蛇王スネーキングの毒を食らうことになるだろう。

 ああ、くそっ。次の状態異常で、俺は確実に死ぬ。


 その時。


 パリィンッ


 背後から何かが弾ける音が響いたと思えば、状態異常は解除され、俺のHPはぐんぐんと回復していったのだ。


「これは……上級治療薬エリクサー!?」

「カスミ、合図お願い!」


「……分かった!」


 そう、俺は一人じゃない。最低でも二人一組ツーマンセルが絶対条件のダンジョン「虚ろ夢の巌窟ヴォイドリーム・キャバン」に、俺は頼れる相棒と一緒に来ているのだ。


 蛇王スネーキングが毒を吐く瞬間。首を左右にうねり、毒袋から毒をひりだす。

 その瞬間だ。毒袋に攻撃を叩き込めば、会心攻撃を食らわせられる。


『キシャァァァァアア!!』


 蛇王が盛大にのたうち回る。そして、首を左右にうねり始め――。


「蕎麦、今だ! 首筋のヒレがある部分を狙え!」


 そう叫んだ瞬間。

 後ろから大剣を持った熊顔のプレイヤーがタッタッタッと飛び出してきて――。

 地を踏みしめてしゅばっと飛び上がり。


「はぁぁぁぁぁあっ!!」


 ズシャァァァアァアアアンッッ


 蛇王スネーキングの首筋に、ジャンプ斬りを一発お見舞い。

 会心攻撃クリティカルのサインである、赤い火花が散る。


『キシャァアァァ……』


 禍々しいデザインの体力ゲージが一気に減っていき、底をつく。

 蛇王スネーキングは倒れ、黒い霧となって消えた。


 勝利ビクトリーの表記と共に、荘厳な音楽が流れる。

 ヘッドセットから、聞き慣れた男の声が聞こえた。


「やば。めっちゃ腕疲れた」


 それと同時に、全身から力が抜けていくのを感じた。

 かれこれ二十分、蛇王スネーキングと戦闘していたのだ。肩の凝りが尋常じゃない。


 ▼レベルアップ:+4


「やっと勝てたぁー……」

「ひやひやしたねぇ」

「ほんとになー……。あいつの噛みつきで、盾の耐久値が半分も減ったよ。ポーションも切れて詰み掛けてたし。助かったよ、蕎麦。さて、ボスドロップは……」


 蛇王スネーキングが落としていった、紫色や青色に輝く戦利品を拾いに行く。


「お、蛇王の鱗だ。――あ、見て、これ!」


 熊顔のプレイヤーは、ボスドロップの大剣を地面に突き刺す。


「それって……新武器の蛇頭龍尾じゃないか! 運良すぎだろ……」

「へへーん。あれ、そういうカスミも、短剣落ちてるじゃん」


 俺は足元に転がっていた、赤色に輝く物体を手に取る。蛇革で作られたナイフケースに収められたそれを取り出すと、青緑色の刃が姿を現した。

 柄の部分に、金色の蛇が巻き付いている装飾がされた、何とも禍々しい業物だ。


「俺はタンクだから、短剣とか使えないけどな。武器ドロップはほとんどオークションに出品して売っ払ってるし。お、これは使えるな。蛇王スネーキングのアーティファクト」

碧獣へきじゅうのタンクって不遇だもんね。探索じゃ必須級なのに」


「相手の攻撃を無効化できるのは、基本的にタンクの特権だからなー。それなのに、攻撃手段が素手だけって……。ギルドに行ってもタンクは門前払いだしな」

「まぁでも、攻撃手段が多様なのが売りのゲームで、わざわざタンク職を選ぶのもどうかと思うけどね。あれ。もしかして、カスミってマゾヒストなんじゃ……」


「なんだとォ?」


 蕎麦の発言にカチンと来た俺。


「もういっぺん言ってみろっ! このっこのっ」

「あ! 僕のアイテム蹴散らさないで! 嘘っ、冗談だよっ!!」


 熊顔のプレイヤーが、転がったアイテムを慌てて取りに向かう。


「ごめんごめん。冗談だよ。僕もカスミには感謝してる」

「感謝?」

「いつもここぞ! ってタイミングで僕を守ってくれるからね。このゲームに限った話じゃ無いけど」

「だって、お前は昔から危なっかしいだろ? すぐ一人で飛び出して行って、体力HP削って帰ってくるんだから。俺が居なきゃどうなるか分からん」


 そう言うと蕎麦はふふふと笑い、


「だから、ね」


 熊顔のプレイヤーが、ふいに俺の方に拳を真っすぐ突き出してきた。


「頼りにしてるよ」


 条件反射のように、メニューから「友情の証フィストバンプ」のエモートを選択する。


「おう」


 突き出された拳に、俺のプレイヤーが拳を突き合わせた。


「このエモート、めっちゃ好き」

「お揃いで買えてよかったな」

「うん!」



 画面右端に表示されている、現在の時刻を見る。

 午後十時四十分。


「あ、てか。もうこんな時間か……。近所迷惑だし、そろそろ通話切る」


 俺の住んでいる部屋の両隣には現在誰も入居していないが、一応だ。

 ヘッドセットを外し、パソコン本体の出力端子からプラグを引き抜く。

 すると、パソコンの画面右下、Hiscodeヒズコードのオーバーレイに、新たにメッセージが届いたと通知が来た。


〈Sob_A221 :OK。〉

〈Sob_A221 :カスミ、寝る前に少しだけメッセージで雑談しない?〉


 雑談か。もう今日は寝ようと思ってたけど、あんまり眠気もしないしな。

 少しくらい、付き合ってやるか。


〈kasumi1012 :いいよ〉

〈Sob_A221 :良かった。〉

〈Sob_A221 :えっと。〉

〈Sob_A221 :今度ね。へきじゅうのウェブイベントで……〉


 さっきまでやっていたのは、今話題のオープンワールドRPG「碧羅へきらじゅう」だ。


 自由度が高く、のんびり農業をしながらスローライフをするのもよし、ダンジョンに潜ってボスを討伐して激レアアイテムを狙うもよし、プレイヤー同士で戦闘をして資材を奪い合うもよし、本当に何でもできるゲームである。略称は、「碧獣」だ。


 俺はその中でも、専らダンジョンに潜って探索をするタイプの人間であり、つい先ほどまでも、かなり付き合いの長い、仲の良いネット友達「Sob_A221そばにーにーいち」と一緒にダンジョンの攻略を進めていたのだ。


 ◆◇◆


〈Sob_A221 :じゃ、そろそろ寝るね。話に付き合ってくれてありがとう。〉

〈kasumi1012 :良い感じに眠たくなってきた。こちらこそどーも〉

〈Sob_A221 :明日も放課後できそう?〉

〈kasumi1012 :おう〉

〈kasumi1012 :ゲームしてこその青春だからな〉

〈Sob_A221 :へへ。〉

〈Sob_A221 :分かってるじゃん。〉

〈Sob_A221 :じゃ、いつも通り四時半からで。おやすみ~~~。〉


 というメッセージと共に、熊のキャラクターが寝ているスタンプが送られて来る。

 その後、さっきまで画面に映っていた、熊顔に上半身を鎧で覆った男性プレイヤーが姿を消した。


 ▼Sob_A221さんがログアウトしました。


〈kasumi1012 :おやすみ〉

「ふぃー」


 ベッドの上にスマホを放り投げ、パソコンの電源を落とす。


 時計を見る。

 時刻は、午後十一時五十一分。


「結構話し込んだな……。最後の方、もうウトウトしかけてたし」


 俺は部屋の電気を消して、ベッドに潜った。


 ◇◇◇ ◇◇◇


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