第10話 臆するな、名も知らぬ青年


「そんでこの前、うちの弟がなぁ」

「弟って、あの一哲いってつか?」

「おうよ。あいつ、もうすぐ誕生日でな。何が欲しいんだって訊いたら、プロテインが欲しいって言い出すんだよ」

「ははは、羽成に憧れたんじゃないのか?」

「お、カスミもそう思うか? やっぱり、あいつも男だったって感じだなぁ」


 羽成と歩きながら会話をしていると――。

 曲がり角から、一人の女子生徒が現れた。


 ふわりとなびく紫がかった銀色の髪。吸い込まれるような、透き通った赤紫色マゼンタの瞳。凛とした、冷たい表情。スタイルの良い豊満な体つき。


 「棘姫」こと、柏木葵だ。


 柏木さんは俺達に一瞥をくれ、興味を無くしたように目を逸らし。


 横断歩道の前で止まった。

 雨の日に美少女が傘を差しながら信号を待つ姿は、やっぱり様になるな。


「ちょ、ちょっと待て。今の子、美人過ぎるだろ……!」

「ああ、うちの高校の人だ。隣のクラスの、柏木さん」

「すっげぇ。俺、ハーフの人初めて見たぞ。しかも、あんな国宝級の美女がお前の高校に居るなんてなあ……」


 信号を待つことも兼ねて暫く遠巻きに眺めていると。一人の男子生徒が、俺達を追い抜いて行った。小走りで、柏木さんに近づいていく。


 そして。

 その男子生徒は信号を待つ柏木さんの横に立ち、勇敢にも話しかけたのだ。


「あの、えっと、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか……?」

「おお。あいつ、勇気あるなぁ」


 羽成が感心したように、顎に手を当てながら言う。


「あの制服、羽成が通ってる高校の生徒じゃないのか?」

「ああ。シューズバッグの色を見るに同級生タメか……知らない顔だな」


 柏木さんは男子生徒の方に顔を少し向け、返事をする。


「どちら様でしょうか」


 ひどく冷たい声。

 男子生徒は腰を低くしながら、自己紹介をする。


「あっ。あの、僕、虹川高校一年の種崎良真たねざきりょうまと申します。その、いつも通学中にお見掛けしていまして……」


 柏木さんは容赦なく、鋭い視線を向ける。


「そうですか。私は紀里高校一年の柏木葵と申します。それで、私に何か用でしょうか?」

「ええと、その、僕と、僕と……!」


 青年は足を震わせながら、震える声で言葉を絞り出す。

 臆するな、名も知らぬ青年……!


「LANE交換してくださいっ!」


 青年は両手でスマホを突き出しながら、四十五度の綺麗なお辞儀をした。


「……すみません。お断りさせていただきます」

「えっ。じゃ、じゃあ。Instoインストとかは……」

「ごめんなさい。SNSはLANEしかやっていないので」


 青年の頭頂部から、色が抜けていく。

 と、信号が青に変わった。


「他に用が無ければ、これで失礼します」


 柏木さんはそう言い残し、すたすたと行ってしまった。


 青年は両膝を突き、全身で絶望を表現する。雨でずぶ濡れになりながら。

 なるほど、彼女が「棘姫」と呼ばれる所以ゆえんが、分かった気がした。


「い、いたたまれない……」

「生でああいう現場見たの、初めてだなあ、俺」


 俺達も横断歩道を渡る。


 柏木さんからしてみれば、あれが日常茶飯事なのか……。きっとあの青年以外にも、ああやって玉砕した人は何人も居るんだろうな。そう考えてみると、一気に柏木さんの「棘姫」としての側面が露わになった気がする。


「なぁ。あの柏木って女の子、いつもあんな感じなのか?」

「あんな感じっていうのは?」

「いや、なんつーか。ずっと敬語だし。塩対応過ぎないか?」

「そう言われてみれば。確かに、柏木さんがタメ語で話してるの見たことないな」


 誰に話しかけられても、必要最低限のコミュニケーションで済ませる。異性、もしくは同性からの愛の告白は全て断り、連絡先の交換もしようとしない。友人は作らない、休み時間も誰とも話さない。

 それゆえに、彼女の私生活は誰にも知られていない……。


 それが、触れるとケガをする「棘姫」について、俺が知っているだけの情報だ。


「なーんか、ミステリアスなのか、不愛想なのか……。まあでも、あの子に近づいていく男の八割。いや、九割は、見た目で一目惚れしたクチだろうな、絶対」

「まあなぁ。柏木さん、美人だし」


 俺が真顔でそう言うと、羽成は俺にずいっと顔を寄せてきた。


「な、なんだよ」

「なんかお前、一歩引いてねえか? なんか嫌な思い出でもあんのか?」

「いや、別にないけど。俺は恋愛とか、全然諦めてる人間だから」


 俺がそう言うと、羽成はニヤリとする。


「ははーん、そう言うことか」

「どういうことだ」

「さてはお前、自分に自信が持てないんだろう? 俺には分かるぞ、自分なんかが恋愛に踏み込んでいいのかっていう、思春期男子の切実な思いが。いいか。自分に自信を付けるには、体を鍛えて試合に出るしかねえ!」


「は?」


 羽成の支離滅裂な発言に、俺は思考回路が停止する。


「今からでも遅くはない! お前もラグビー部に入って、一緒に筋肉を育もう!」

「い、意味が分からん。何でそうなるんだ」


 どうやら俺は、変なスイッチを入れてしまったようだ。


「お前のガリガリボディを、ゴリゴリマッチョにしてやろうって話だ。そうすりゃ、自分の体に自信が持てるだろ? そして体が仕上がったら俺の高校に編入するんだ。そんで、俺と一緒にラグビーに青春を捧げようぜ!!」


 目を輝かせ、グイグイと来る羽成。恋愛をするために自信を付けようって話が、いつの間にかラグビーをするために筋肉を付けようって話に変わっている。

 何がこいつをこうも変えたんだ。昔は大のインドアゲームっ子だったじゃないか。


「お前、そんなキャラじゃなかっただろ……」

「へへへ、ラグビーは良いぞ? 体同士のぶつかり合いって、男の戦いって感じがしねえか? 今部員が少なくてよ、お前が来てくれたら百人力だ!」

「よっ寄るな。俺は恋愛もラグビーも、全っ然。これっぽっちも興味ないな。ゲームしてこその青春だ」


 俺がそう言うと、羽成はパッと俺から離れる。


「ま、青春ってのは人それぞれだからな。楽しけりゃあそれでいい!」


 羽成は一人で納得して、ウンウンと頷く。


 そうこうしているうちに、三叉路に差し掛かった。


「じゃ、俺はこっちの道だから! じゃあな! 久しぶりに話せて楽しかったぞ!」

「おう。羽成も元気そうで良かった。またな」


 羽成は俺に手を振りながら、分かれ道に消えた。

 嵐が去った……。何だか、一人で何人かを相手していた気分だ。

 ……誰かとこんなに話したの、久しぶりだな。


 そんなことを思いつつ、前方に向き直ると――――。


 ――柏木さんが、こちらをじっと見つめていた。


 ◇◇◇ ◇◇◇


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 あとがき

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