餅つきに呼ばれた話

 世の中には、そうと自覚するしないにも関わらず、誤解を招く表現がたくさんある。特に僕の親戚である藤田直和の発言など、その最たる例だろう。


『今日阿蘇ともちつきするから見に来てよ byセクシャルラブリー叔父』


 正直賭けの心境になったことは否めない。もちつき(直球)か? もちつき(隠語)か? もちつきに隠語も何もあるかと思うけど、相手はセクシャルラブリーを名前に組み込む人類である。後者の可能性のほうが高いまであった。

 でも行ってみたのだ。新年の浮かれ気分に乗じた好奇心に屈した。

 そして、指定された場所に広がっていた光景はというと――。

「あけおめ、景清!!!!」ペェン!

 普通に餅つきをする27歳男性二人の姿だった。

「え、普通ですね?」

「あけおめ、景清!!!!」ペェン!

「あけましておめでとう、景清君。よくあんな文面で来てくれたな」

「あ、あけましておめでとうございます。えっと、暇だったので……」

「あけおめ、景清!!!!」ペェン!

「そうか。それでも来てくれて嬉しいよ。今年もよろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

「あけおめ、景清!!!!」ペェン!

「挨拶するか餅をつくかどっちかでお願いします」

 なお阿蘇さんはこの間もしっかり臼の中のお餅をひっくり返していた。律儀な人である。

「っていうか、阿蘇さんがお餅つく側じゃないんですね」

「まあもともとこれ、藤田がやってみたいって言い出したことだし」

「へえ、そうなんですね。でもなんでまた突然……」

「餅つきのことは詳しくないけど、杵が攻めで臼が受けって感じするよね!」ペェン!

「阿蘇さん今すぐ臼から離れてください。そこはかとなく邪悪で淫靡な念が放たれてます」

「いつものことだろ」

「慣れないでください」

 正月早々藤田さんのどうしようもない面を見てしまった。餅つきに詳しい人でもその命題に答えられる人はいないだろ。

 呆れていると、阿蘇さんが僕に向かって言った。

「景清君も餅、ついてみるか?」

「え、いいんですか?」

「じゃあ俺がお餅こねる!!」ペェン!

「藤田さんは心持ち気持ち悪い反応しそうなんで嫌です」

「どういう意味!?」ペェン!

「試しに杵置いて臼持ってください」

「はい」

「一言どうぞ」

「(とても年始早々に聞かせられたもんじゃない下ネタ)♡」

「景清君、これレンタルの杵だけど藤田の頭に振り下ろしていいぞ」

「レンタルならだめですよ!」

「オレ今景清の倫理じゃなくてレンタル杵に命救われた?」

 でもお餅をつくのは楽しそうだ。早速やってみることにした。

 両手で杵を持ち上げてみる。思いもよらぬ重さに少しよろけ、阿蘇さんに支えられる。

「す、すいません」

「いえいえ。下のほう持ったら余計重いぞ。真ん中ぐらいを持って……」

「ありがとうございま……」

「あーーーーー!! 阿蘇が餅つきに乗じて景清をこねこねしようとしてる!! 吊り橋効果ならぬ餅つき効果狙ってる!」

「こねこねってなんだよ」

「隠語だよ!!!!」

「堂々と叫ぶなそんな単語」

 ハンカチがあったら噛んで悔しがってそうな藤田さんを尻目に、まず一発目だ。案外臼の中央を狙うのは難しい。そして、お餅がぺったりとくっついた杵をまた持ち上げるのも。

「ぐぬ……!」

「頑張れ景清! 慣れてくればリズミカルにぺちぺちできるようになるから!」パシャシャシャシャ

「連写するな!!」

「つきたてのお餅は美味しいぞ、景清君。あんこ、きなこ、砂糖、醤油、生クリームを用意してるから好きに食べるといい」

「そんなに……! 楽しみです」

「ああ。今後ろで兄さんと柊が第一陣の餅を丸めてくれてるから」

「曽根崎さんはともかく柊ちゃんまで!?」

 実はここは曽根崎さんの事務所だったのだ。こっそりついたての向こうを覗くと、きれいな丸餅を無限に製造する曽根崎さんと、アメーバみたいな形の餅を量産する柊ちゃんの姿があった。

 こちらからは以上です。今年もよろしくお願いします。

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怪異の掃除人・エトセトラ 長埜 恵(ながのけい) @ohagida

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