「皆既月食を見たかったな」と呟く景清君と無言でYouTubeを差し出した曽根崎さんの話

「皆既月食を見たかったな」と呟く景清君と無言でYouTubeを差し出した曽根崎さんの話


景「そういうことじゃねぇ」

曽「だが天体撮影のプロによる動画だ。肉眼で見るより遥かに美しいぞ」

景「その肉眼で見るってのが重要なんでしょうが」

曽「?」

景「マジすか。わかんねぇっすかこの情緒」


景「……ほら、怪異とかも直接見るのと動画で見るのだったら臨場感が違うでしょ」

曽「ああ!」

景「この例えで理解されるのも嫌だな」

曽「しかし肉眼で見た時はぼやけて何が何だか分からなかったのを、映像解析の結果冒涜的な存在だと気づく場合も」

景「気づいたら何だよ。食いつくな、怪異のほうに」


景「見たかったなー……」

曽「……各種メディアはかなり盛り上がっていただろう。何をしていたんだ?」

景「アンタの残業に付き合わされてましたが」

曽「そーだっけ」

景「それすら知らぬ存ぜぬと……!?」

曽「すまんすいません流石に冗談が過ぎました頼む許してくれどこから出したんだ釘バッド」


景「……前に曽根崎さん、言ってたじゃないですか。なんだっけ、パラレルワールドにいるたくさんの僕の話」

曽「うーん?」

景「もし本当にたくさんの僕がいるなら、一人ぐらい皆既月食を見た僕もいるのでしょうか」

曽「……どうだろう。いるのかもしれんな」


景「だから、パラレルワールドの僕が一人でも見られたならそれでいいのかなって。そうやって自分を無理矢理納得させようとしてます」

曽「力技にもほどがある……」

景「……それでも、やっぱ皆既月食を見られずに残念がる僕も多いんでしょうが」


曽「……宇宙は壮観だ。たかが芝居小屋たる地球で茶番劇を繰り広げる我らからすれば、尚更」

景「いきなり何スか」

曽「君がやおらスケールをでかくするから私も合わせにいってる」

景「大きなお世話ですよ」

曽「芝居小屋の人形が束の間自身が人形であることを忘れて夜空を見上げる。一種のロマンだ」


曽「数百年に一度の天体ショー。大いに結構。人の寿命で出くわせたなら奇跡と呼んで差し支えないだろう。だが、それを二十万年の歴史がある種の一個体がありがたがるのも妙な話だと思うよ」

景「どういう意味です?」

曽「現象は繰り返せど、君は二十万年経ってようやく一度生まれてきた。奇跡の度合いでいえば君に分があると思わないか?」


そんなことを言われて、想像を巡らせてみたのだ。

地球なんておかまいなしに空は巡り、気まぐれに奇跡を起こす。だけど僕だって宇宙物質のその一部で、奇跡の集合体の上にやっと成り立つ存在である。

一奇跡が一奇跡をありがたがる。曽根崎さんの理屈で言うなら、たかだか数百年に一度の奇跡より、この二十万年にやっと生まれてきた一人と一人が残業を終わらせようとした奇跡のほうがすごい気がしてくるけど……。


景「……いや、残業よりはやっぱ皆既月食ですね」

曽「だめだったかー」


さほど悔しがるふうでもなく、曽根崎さんは言う。そりゃそうだ、コイツは僕のお陰で残業が終わったのである。皆既月食を見逃したことを惜しんでいない以上、そっちのほうに利を見出すだろう。

風情の無いオッサンである。松尾芭蕉を見習え。多分三つぐらい俳句作るぞ。


景「……」


――けれど、並行世界にいる同じく皆既月食を見逃した僕も、こうして曽根崎さんにわけのわからん言葉をかけてもらっているのだろうか。そうだといいなと思いながら、僕は曽根崎さんに紹介されたYouTubeの動画の再生ボタンを押した。

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