ゆるゆるあけおめ

 あけましておめでとうございます。竹田景清です。今年もよろしくお願いします。

 さて、お正月ですね。皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 僕ですか? 僕はですね……。


 現在、こたつにいます。


「……ふぁー」


 半纏を着て、こたつに入り、天板に頬を乗せて。僕は、思う存分だらけたお正月を堪能していた。

 え? ここがどこかだって? こたつもみかんもある快適不思議空間ですよ。やだなぁ、もう。

 そうしていると、真向かいのもじゃもじゃから声が上がった。


「景清君、そこのみかん取ってくれ」

「やですよ。今日のバイトはお休みです」

「……百円」

「もう一声」

「二百円」

「仕方ないなぁ」


 腕を伸ばしてみかんを取り、オッサンの前に供えてやる。しかし奴はこちらに顔を向けると、不精にもパカッと口を開けた。


「……なんですか」

「剥いて入れてくれ」

「甘えんじゃねぇ」

「五百円」

「あ、クソッ。どうしようかな……」

「じゃあオレやります! やったー、五百円だ!」


 割って入ってきたのは、僕の隣にいた三条である。彼はせっせとみかんを剥くと、丁寧に曽根崎さんの口に入れ始めた。

 だがそれも二粒ぐらいで飽きたらしい。三粒目は、少し距離を取ってダンクシュートの要領で入れ始めた。


「それにしても、お正月番組ってなかなかダラダラ見られるラインナップが揃ってるわよね。ずっと見ちゃうもの」


 そして、リモコン片手にそんなことを言ったのは、向かって左側に座る柊ちゃんである。


「あら、今テレビで紹介してるハンドクリームいいわね! ぜひボクのおててに使ってみたいわ!」

「使ってみる? 私持ってるよー」

「やだ! 佳乃ほんと?」

「ほんとほんと。私も柊ちゃんに見せたかったんだ。すごく伸びも良くてオススメだよ、手ぇ出して」

「え!? い、いいわよ、自分で塗るから!」

「えへへ、私も使う所だったし」


 ……なんだか、左側の温度が高い気がする。柊ちゃんと光坂さんがいるだけなのに。ハンドクリーム塗ってるだけなのに。

 一方、コタツの外では腐れ縁コンビが酔っ払っていた。


「だっはっはっは!」

「あっはっはっは!」


 あ、ダメなモードだアレ。


「なぁなんでお前みかん一つでそんな下ネタ言えんの!? みかんにも欲情できんの!? 何なの!?」

「ふふふ……流石に今は無理だけどね。でももしみかんに欲情できるようになったら、オレは人としてもう一段階上に行けると信じてる」

「は!? そうなったらマジで友達やめるからな!」

「え、嘘! それだけはやめて、それだけは!」

「何、お前そんなに俺と友達でいたいの?」

「一緒にみかんになって」

「断る!」


 仲のいい二人である。……何度見ても、空になった日本酒の瓶が一本転がってるけど。空いたチューハイ缶が数本転がってるけど。


「ねぇロックくぅーん……。君もこたつに入っちゃどうだい」


 その頃、台所から戻ってきた田中さんがキビキビと働く六屋さんに声をかけていた。燗をつけていたのだろうか、田中さんは大事そうに徳利を抱えていた。

 だが六屋さんは首を横に振り、無情にも窓を開ける。


「さっぶぁ!」

「いけませんよ、田中さん。時々は換気をしなくちゃいけません。このご時世ですし、油断は禁物です」

「せめて僕がおこたに帰るまで待って……! いや、そもそも君ねぇ! 人間何がいけないって体を冷やすことだよ! 体温が下がれば血管系の流れも悪くなり、ひいては老廃物が血液中に増え……!」

「一応エアコンもついております。ヒートショックの心配はありません」

「ぐううう、こたつこたつ……! あれ、そういやカラス君はどこに……」


 その田中さんの問いに、曽根崎さんが黙ってこたつ布団をめくる。覗き込むと、中で烏丸先生が丸まって寝ていた。


「カラス君!!?」

「烏丸君!!?」


 二人とも、ヒートショックよりもショックを受けていたかもしれない。


「なんでここに!? まさかもう死んで……!」

「いや、ちゃんと息はしてます。暖かい場所を探した結果、ここに落ち着いたのでしょう」

「彼は猫か何かかい!?」

「と、とにかく引っ張り出しましょう! このままだと脱水症状も心配です!」

「フーッ」

「威嚇してきた!」


 猫みたいな先生である。大変だなぁと他人事のように思いながら、僕はみかんを一房口に放り込んだ。

 と、ここでドアベルが鳴る。その音に真っ先に反応したのは、隣にいた三条だった。


「大江ちゃんだ! 連絡したら来てくれるって言ってたんだよ!」

「え、そうなの?」

「うん! オレ出てくるね!」


 そう言うと、彼は弾丸のように飛び出していった。みかんも持っていたので、ウェルカムプレゼントでもするつもりなのかもしれない。

 そして僕は、気を利かせてこたつから出ることにした。大江ちゃんが部屋に入ってきた時、自然に二人が並んで座れるようにするためである。

 そんなわけで、僕は空いている曽根崎さんの隣にやってきた。奴はというと、気怠げに天板に顎を乗せたまま僕を見上げてニヤリとする。


「私の膝の上にでも座るか?」

「正座で良ければ」

「どっちにも拷問だろ、それ」

「僕は座布団を敷くんで……」

「私を家具の一つとして見做すな」


 つべこべ言う図体のでかいオッサンをどけて、無理矢理自分のスペースを作る。そこに、少し冷えた体を捻じ込んだ。

 ……賑やかなお正月だ。柊ちゃんと光坂さんはイチャついていて、阿蘇さんは爆笑していて、藤田さんは何故か半裸になっていて、田中さんまで乱入しようとして、それを六屋さんが必死で止めていて、烏丸先生はまたこたつに頭を突っ込んでいる。


 いや、これ大江ちゃん呼んじゃだめだろ。大人の一番悪い部分が出てる人たちが何人かいる。ダメだってマジで。


「景清君、景清君」

「な、なんですか?」

「みかん食べたい」

「もういい大人なんですから、自分でやってくださいよ。僕はそろそろあの人たちを止めに……」

「一万円出す」

「仕方ないなぁ」


 とんでもねぇ値がついたので、僕は座り直してみかんを手に取った。丁寧に皮を剥き、筋もちょっと取ってやる。その間になんか三条の悲鳴みたいなのが聞こえた気がしたが、彼ならうまくやってくれるだろう。多分。


 そんなわけで、現場からは以上です。

 皆様、今年も何卒よろしくお願いします。

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