阿蘇忠助はサンタクロースを信じてる・後編
そして、いよいよクリスマスがやってきた。
「そーれではやって参りましたァ! 第五十二回クリスマスパーティー!!」
「多い多い多いよ、柊ちゃん! 豪快に歴史サバ読んでるよ!」
「いいのよ、ナオカズ! それぐらいしなきゃこんな野郎だらけのパーティー、辛気臭くてやってらんないわ!」
「それなら心配無用だよ。何たって柊ちゃんがいるんだ、それだけで世界一のパーティーになるよ」
「あらやだ、アンタいいこと言うじゃない! では、ボクという素晴らしい花に……」
「「かんぱーい!!」」
全員のグラスがかち鳴らさせる。あれ、これ柊ちゃんを崇め奉る会だっけ。
乾杯に若干の混乱はあったものの、こうして無事クリスマスパーティーは開幕となった。
「……例の件、よろしく頼むぞ、景清君」
「うわっ、びっくりした」
禍々しい山羊のツノをつけた曽根崎さんに小声で囁かれ、僕はカルアミルクをこぼしかけた。……別に彼が特別浮かれているわけではない。「こっちの方がより雰囲気が出る」と、全員柊ちゃんプレゼンツの被り物を被らされている為だ。
「っていうか何が元ネタなんですか、その頭」
「ドイツのクリスマスの悪魔、クランプスだ。鎖と鐘をぶん回し、悪い子を束ねた木の枝でぶっ叩く」
「すげぇ物騒」
「悪い子はいねぇがー」
「あ、そういう系統なんですね。でもなんだか似合ってますよ、そのごつい山羊のツノ」
「そう言う君もトナカイが似合ってるな」
そう言って僕のツノを触ってこようとしたので、スイッと軽やかに避ける。なお、首にベルもつけられている為、僕の動きに伴ってリンリンうるさい。でも取れない。不本意。
「……それにしても、すっごいクリスマスツリーですよね」
「まぁな」
だから僕は考えるのをやめ、避けた先にあったクリスマスツリーに改めて目を向けた。
天井まで届かんばかりの大きさのモミの木。それが、色とりどりのオーナメントや電飾覆われている。
「……いいなぁ。ほんと綺麗です。大学の授業が無かったら、僕ももっと飾り付けを手伝いたかったんですが」
「……君が望むなら、また来年も用意しようか?」
「あ、いいんですか? やった」
「ああ。なんせ田中さんを使って本場から取り寄せたブツだからな。割と後先考えないサイズ感になったが、需要があるなら一年保管できないか交渉してみようと思う」
「じゃあ来年にはもっと大きくなってるんじゃないですか、これ」
「え!? ちょっとシンジ、これ以上はダメよ!? ただでさえ入れるのに窓からクレーン車使ったんだから!」
僕らの話を聞きつけ、ミニスカサンタの柊ちゃんが腰に手を当ててぷりぷり怒る。相変わらずとんでもない美女っぷりであり、ヒールの高い真っ赤なニーハイブーツも彼女によく似合っていた。
「大きいし、本物の木だから虫とかいたし、飾り付けは脚立必須だし! ほんと、何から何までワクワクしたわ!」
「あ、やっぱワクワクはしてたんですね」
「当然よ! で、シンジ。タダスケのプレゼントはちゃんと用意し――」
「はい、あーん」
失言をかました柊ちゃんの口に、すかさず曽根崎さんがケーキのかけらを放り込む。……かけらと呼ぶには、いささか巨大過ぎる気がしたが。
「……いいか柊ちゃん。忠助は、まだサンタを信じてるんだ」
そして、もぐもぐする柊ちゃんに不審者面は大いに凄んだ。
「迂闊なことを喋るんじゃない。いいな?」
「もぐもぐ」
「次何か言ったら、ツリーの飾りにするぞ」
「もぐー!」
柊ちゃんは、元気いっぱいに親指を立てていた。わざとかな、この人。わざとだな、多分。
「おーい、七面鳥の丸焼きができたぞー」
それから、お腹が空く匂いと共にサンタ帽をつけた阿蘇さんがメインディッシュを運んできてくれた。その後ろには、黒猫耳をつけたスーツベストスタイルの藤田さんがサラダやポテトの大皿を持っている。
「うーっす、お待ちにゃー!」
「藤田さんのキャラ、男らしいのか可愛いのかわかりませんね」
「ふっふっふ、惚れ直した?」
「なんで僕が惚れてること前提なんです?」
「はー、オレの甥っ子は今日も可愛いなぁ。トナカイのツノもよく似合ってるよ。あ、そうそう、勿論オレからのプレゼントも用意して――」
「そぉい」
藤田さんの口に、シャンメリーの瓶が突っ込まれた。目の前を横切った長い腕の持ち主は、言わずもがな曽根崎慎司である。
「プレゼント? そうだな、景清君もいい子だからな。忠助同様、きっとサンタクロースからプレゼントを貰えることだろう」
「がふっ……そ、そうっすね! な! 景清もそう思うよな!」
「え!? ……あ、はい! わーい! サンタさん楽しみー!」
「な! 阿蘇!」
「楽しみー」
藤田さんに振られ、思わず諸手を挙げて喜んでしまった僕である。……え? これもしかしてずっと阿蘇さんの前ではこの設定でいかなきゃいけないの? マジで?
曽根崎さんの視界の外では、柊ちゃんが無言でお腹を抱えて笑っていた。
「……で、忠助」
「お、おう、兄さん」
そして、いよいよ曽根崎さんが阿蘇さんに話しかける。クリスマスにあるまじき、ピリッと張りつめた空気が僕らの間に流れた。
「クリスマスだな……。この件について、どう思う?」
「あ、ああ……このご時世だしな。ちゃんとサンタさんが来てくれるかどうか、正直不安だよ」
「それは問題無いさ。一年間、忠助は私の目から見てもいい子にしてたからな」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。俺もこの日に向けて、万全を期してきたつもりだ」
……断っておくが、三十一歳と二十七歳の会話である。柊ちゃんはもう、笑い過ぎて呼吸困難になりかけていた。
「ところでさぁー、阿蘇はサンタさんに何頼んだのぉ?」
一方、懲りない藤田さんは阿蘇さんの肩に腕を回してニヤニヤと笑っている。それを殺気に満ちたオーラで一瞥した阿蘇さんだったが、曽根崎さんの手前ぶん殴るわけにもいかず無理矢理笑顔を作っていた。
「そ、うだな。今年はジム用のシューズにしたよ。ちょうど古くなってたから」
「へー。サンタさん、よく阿蘇の足のサイズ知ってたね」
「そりゃサンタクロースだからな。良い子の個人情報は大体持ってるもんだろ」
「そういうもんかぁー。なんだろうね、ここまで阿蘇のことをわかってもらってると、いっそ家族って感じだね? サンタさん、マジの家族って感じが」
「わっしょい」
再び僕の目の前を黒い腕が横切った。と同時に藤田さんが顎に強烈な掌底をくらい、昏倒する。
「藤田ァッ!?」
「そうだな本当に家族のように親しみのある存在だなサンタクロースというものは。景清君、喜べ。早速ツリーの飾りが増えたぞ」
「こんなの嫌ですよ!」
言ってしまってから、藤田さんに失礼かなとも思った。けれど当の本人は伸びてしまっており、僕の暴言は全く聞こえていなかったのである。
藤田さんがツリーに飾られ、柊ちゃんがへべれけになり、藤田さんに餌をやっていた阿蘇さんが絡まれ、僕もアルコールで頭がふわふわしてきた頃。ずっと目を光らせていた曽根崎さんが、ふいにパンパンと手を叩いた。
「はい、ちゅうもーく。そろそろサンタクロースが来るぞー」
「ふぇ? サンタさん?」
「あらやだ、もうそんな時間!? ちょっとナオカズ、降りてきなさいよ! 来るわよサンタ!」
「んー、来る? 今年は誰なのかなぁ」
「ジンジャークッキーが何か言っているが、忠助、景清君、聞こえたか?」
「「聞いてません!」」
「よろしい。では、消灯!」
パチンと電気が消され、辺りが暗くなる。誰も何も見えなくなり、僕は突然一人ぼっちになったような気持ちになった。
それでも時間が経つにつれ、ぼんやりと輪郭が見えるようになってくる。そして、誰かがゆっくりと階段を登ってくる音も。
やがて、勢いよくドアが開け放たれる。いつの間にやら設置されていたスポットライトが一斉に点灯し、ぽっちゃりとしたシルエットを浮かび上がらせた。
……え? もしかして、本当にサンタさんが……。
「メリークリスマス!!」
違った! 六屋さんだ! しかもだいぶヤケクソ気味の!!
「反応」
「わーい!! サンタさんだぁー!!」
けれど背後にいた曽根崎さんに低音で囁かれ、僕は反射的に喜んだ。
「ほ、ほんとだ、サンタクロースだ! やっぱ今年も来てくれたんだな! ありがとう! 一年いい子にしてて良かったー!」
かつ、阿蘇さんもガッツポーズを作って必死である。お疲れ様です。
ところで、六屋サンタさんは、見慣れてみればなかなかサンタクロース然としている気がした。特注品なのか、服も、つけ髭もぴったりである。
「はい、ではそこに並びなさい。若い者順だよ。ほらほら、曽根崎君も」
だけどやっぱり六屋さんである。僕らを一列に並ばせると、きびきびプレゼントを配ってくれた。
結構大きな赤い包みを受け取りながら、先頭の僕は予想外の重みに動揺する。
「あ、あの、これ本当にいただいていいんですか?」
「うん? 勿論だよ。君こそ一年いい子にしていただろう」
「そうですかね……」
「それにここだけの話、全ての経費は田中さんと曽根崎君からのポケットマネーから出てるんだ。お礼を言うなら彼らに言いなさい」
「あ、そのお話を聞けて良かったです。後でお礼状を書きます」
「君は本当にいい子だな……」
最後に六屋さんにお辞儀をして、列を離れる。皆、プレゼントを素直に喜んでいるようだった。
「嬉しいー! サンタさんを間近に見られて嬉しいなー!」
阿蘇さんだけ、なんか可哀想だったけど。
「それでは、私はこれでおさらばするとしよう。みんな、来年もいい子にしているんだぞ!」
「はい! ありがとうございました、サンタさん!」
「また来年も来てくださいね、サンタさん!」
「オジサマの下で頑張ってちょうだい、サンタさん!」
「後で新しく出た論文について議論させてください、サンタさん!」
「最後二人!!」
曽根崎さんがツッコんだが、物理的な暴力が振われる前に柊ちゃんと藤田さんはプレゼント片手に逃げ出していた。
「おいコラ、せっかくサンタさんが来てくれたのにやめろ! それよりケーキにするぞ!」
「はーい!」
しかし、それも阿蘇さんの一声で収束する。皆はテーブルを囲み、阿蘇さん一押しの菓子店のクリスマスケーキに舌鼓を打ったのだった。
「さてお疲れさん、景清君」
そうして迎えた午後十一時四十五分。酔い潰れた柊ちゃんと藤田さん、神経を使い果たしてソファーで眠る阿蘇さん達に毛布をかけていた僕は、曽根崎さんに呼ばれて顔を上げた。
「はい、お疲れ様です。今年も無事、阿蘇さんはサンタさんを信じてくれたようでよかったです」
「そうだな。君達のおかげだよ」
「柊ちゃんと藤田さんは、終始邪魔してた気がしますが」
「あれもまあ、毎年のことだ」
阿蘇さんが使っていない方のソファーに腰掛けた曽根崎さんは、ちょいちょいと僕を手招きする。少し戸惑ったものの、僕は彼の元に歩いて行った。
「どうしました?」
「君にあげたいものがある」
「クリスマスプレゼントですか?」
「いや? 誕生日の方だ」
そう言われて、驚きに息を呑んだ。知ってたのか、この人。
「知ってるも何も、履歴書に書いてただろ」
「あ、そっか」
「だから、これはそういうプレゼントだ。受け取ってくれ」
「えええ……僕の誕生日なんて、めでたいものじゃないですよ」
「これまで生き長らえてきた命の節目を祝福して何が悪い。いいから受け取れよ」
そうぶっきらぼうに言われては、無下にもできない。僕は唇をへの字に曲げながらも、渋々小さな包みを受け取った。
……そんでもって、この流れなら言うべきだよな。僕はため息をつくと、ぼそぼそと呟いた。
「……あー……でも。そういうことなら、僕も無いわけでは、ない、です」
「ん? 無いではないって、何が?」
「……その、た、誕生日プレゼント的な?」
「……?」
「や、だから曽根崎さんの……」
「…………あ!」
今思い出したな、コイツ!
「阿蘇さんから聞きました。曽根崎さんと僕、誕生日が一日違いなんだって」
「うわー……そうだった、そうだったな。すっかり忘れてたわ」
「はん、これまで生き長らえてきた命の節目を忘れるなんて曽根崎さんにしてはえらく抜けていましたね」
「早速言葉尻を取ってきやがる。嫌な奴だな、君は」
そう言いながらも、図々しく右手を差し出すオッサンである。その手に、僕はプレゼントを載せてやった。
自分のプレゼントと、曽根崎さんのプレゼント。大きさも似ていれば、包み紙もよく似ていた。
互いに顔を見合わせる。僕は、嫌な予感に恐る恐る口を開いた。
「……これ、どこで買いました?」
「隣町のドレミアーケード」
「どこのテナントです?」
「二階の角の店」
「……色は?」
「……シルバー」
「……僕はブラックです」
「あー」
「あー」
「あー」
二人で頭を抱える。だけど中を確かめてみないことには分からない。もしかしたら、ちゃんと品物は違うかもしれないじゃないか。
僕は時計を見て、曽根崎さんに提案した。
「これ、いっせーのでで開けませんか?」
「いいよ、そうしよう」
「あの……せっかくだし、十二時になるタイミング、とかで」
「ちょうど君から私の誕生日に移る瞬間にか。オーケー、じゃああと三十秒程度だな」
「はい」
「うん」
「はい」
――深夜にしては、明るい光が灯る部屋にて。僕は、夜の闇にも似た雇用主の目を見ていた。
「……それじゃ、ハッピーバースデー」
「ええ、お互い様」
完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます