阿蘇忠助はサンタクロースを信じてる・前編
「というわけで、クリスマスだが」
今年一番の寒さを記録した翌日の事務所。相変わらず季節感の無いスーツに身を包み、僕の雇用主である曽根崎慎司は顔の前で指を組んで言った。
「うちの事務所で、ちょっとしたパーティーを催したいと思う」
「パーティーをですか?」
「ああ、いつものメンバーを集めてな。そして最後にサンタクロースも呼ぶ」
「え、サンタさん!?」
思わぬファンシーな存在の登場に目を剥く。っていうか今友達みたいなノリで言ったな。いるのか、知り合いにサンタ。
「そうとも、サンタクロースだ。聖ニコラスを由来にしたと言われる例の……」
「いや説明不要ですよ。流石の僕でも分かります。で、呼ぶんですか?」
「呼ばなければならない」
「既にマスト事項なんですか。なんで?」
尋ねると、曽根崎さんは顎に手を当て難しそうな顔をした。
「……忠助が」
「え?」
「忠助が……未だサンタクロースを信じてるんだ……」
「……」
「嘘でしょ?」
「いやそれは流石に嘘でしょう。あの人二十七歳ですよ?」
「そうだな。だが落ち着いて考えてみろ。多くの五歳児においては、まずサンタを信じてるもんだろ?」
「ま、まあ、それは普通かなと思いますが」
「では六歳では?」
「まだ全然」
「だろ。つまり忠助もそれと同じことだ。その調子で一年ずつ歳を重ねていったというだけで……」
「いやいやいやいや」
一瞬納得しかけたけど、すぐさま顔の前で片手を振った。
だって相手はあの阿蘇さんである。言っちゃなんだが、事務所の常連メンバーの中では一番の常識人であり、地に足がついた人だ。そんなあの人が、まさかまだサンタさんを信じてるなんて……。
いや超真顔だな、曽根崎慎司。
「……よしんば信じてたとしてもですよ」
これ以上の議論を諦めた僕は、別視点で話を進めることにした。
「どうやってサンタさんを手配するんですか。心当たりでもあるんです?」
「まぁな。大体この手のことは、金とコネで何とかなる」
「とてもサンタクロースが絡んでるとは思えない発言」
「と、そういうわけだ。君も忠助の夢を壊さぬよう、クリスマスまで細心の注意を払って過ごしてくれ」
「未だかつて感じたことないタイプの緊張感」
こうして、いっそ珍しいくらいに念を押されて、その日のアルバイトは終わったのである。当日の具体的な流れは、柊ちゃんや藤田さんにも相談して決めるらしい。
そして、家に帰った僕は……。
「サンタを信じてるかって? いや、俺が中学生の頃にはもう普通に親が用意するもんだと思ってたけど……」
「あ、そうなんですね」
ダイレクトに阿蘇さんに電話して、真偽のほどを確かめていた。
つーか信じてねぇじゃねぇか。どうなってんだ。
「でも突然だな。なんでそんなこと聞くの?」
「え、えーと……」
「……あ、もしかして君サンタさん信じてるとか? うわっ、ごめん! 嘘嘘、俺はそんなにいい子じゃねぇから来てくれねぇけど、君はいい子だからちゃんと来てくれ」
「そういうことじゃないです! 実はかくかくしかじかで……!」
「あー……なるほど」
事情を飲み込んだ阿蘇さんは、うんざりしたような声で言った。
「景清君まで巻き込んですまねぇな。初めて会った時からそうなんだけど、アイツ何故か俺がサンタを信じてると思いこんでんだよ」
「曽根崎さんが?」
「そうそう。多分俺の母さんが何か吹き込んだんだと思うけど……。まあとにかく気持ち自体は嬉しいからさ、最初は俺も乗ってたんだが」
はぁー、と一際深いため息が聞こえる。
「――まさか、この歳になっても続くとは思いもよらず」
「うわぁ」
「でもさ、俺も俺なんだよ。今更兄さんにサンタの真実を知ってるなんて言えなくて、毎年騙されてるフリしてんの」
「マジですか」
「マジですよ。だから悪ぃけど、景清君も俺がサンタを信じてるってテイでやってくれねぇか」
「未だかつて感じたことないタイプの緊張感」
ちなみに、このあと藤田さんと柊ちゃんにも電話して聞いてみた。曰く、クリスマスは「例の兄弟の心理戦を楽しむ日」らしい。割り切るにしても楽しみ過ぎだろ。
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