オレの友人(男)が乙女ゲームの主人公になったので操作して全員攻略しようと思う・前編
ある日、オレこと三条正孝は、友達の竹田景清に呼ばれて彼のバイト先である事務所を訪れていた。
「よく来てくれましたね、三条君……!」
「え、誰すか?」
でも、事務所はまったくのもぬけの殻だった。ただ一人、マシュマロを連想させるほわほわとした可愛いお姉さんを除いて。
「初めまして、私の名前は光坂と申します。柊ちゃんの友人です」
「あ、柊ちゃんの。初めまして」
「早速本題に入りますが、三条君を呼び出したのは他でもありません。……実は、私と一緒に怪異に囚われた皆を助けてほしいのです」
光坂さんという女性は、切羽詰まった顔でテレビに顔を向ける。そのテレビにはゲーム機が繋がれており、内蔵されているゲームのタイトルが表示されていた。
「……え?」
だが、その画面を見てオレは硬直する。それもそのはず。
『誰かー! 助けてー!』
――テレビの中には、こちらに向かって画面をガンガンと叩く景清が映っていたのだ。
「どうやら景清君達は、とある怪異によりこのゲームのキャラクターにされてしまったようなんです」
そう言うと、光坂さんはオレにゲームのパッケージを見せてくれた。大きくてキラキラした目の女の子の周りに、同じくキラキラした男の人が数人描かれている。
乙女ゲーム『ワリキリ☆ボーイズ』――それが、景清が囚われたゲームのタイトルだった。
なるほど、大体の状況は掴めてきた気がする。
「それで景清が主人公の女の子になってて、他の人たちが攻略対象になってるというわけですか」
「そうなんです。だからみんなを解放するには、片っ端から攻略していく必要があるみたいで……」
「でも乙女ゲームって、普通一周につき一人しか落とせないシステムですよね? すげぇ時間かかるんじゃないですか?」
「それがこのゲームに限っては、他の男の子の目を盗みながら別の男の子と恋ができるらしいんです」
なんだその倫理観がトんだゲームは。
でもそれが本当なら好都合である。全員まとめて攻略できれば、一斉にゲームの世界から連れ戻せるからだ。
『三条ー……助けてー……』
「おう、待ってろ、景清! すぐにオレが助けてやるからな!」
何故か意思疎通ができる景清に熱い言葉を投げておいて、オレはコントローラーを握る。……何せ失敗は許されないのだ。光坂さんは攻略サイト巡回係で、オレは操作係という役割分担で挑むことになった。
「名前はカゲコで!」
『うわー! 女子高生の制服着せられた! もうやだ!』
「頑張れカゲコ! 負けるなカゲコ!」
『うるせぇあんま見るな! 早く助けて!』
女主人公で舞台は高校なので、景清が女装させられるのは仕方ないのである。一生懸命スカートの裾を伸ばそうと奮闘するピンク髪のカゲコをよそに、とうとうゲームは幕を開けた。
場面は、カゲコが教室に入ってきた所から始まる。いきなり景色が変わって狼狽するカゲコだったが、そんな彼女に優しく声をかける男がいた。
『よー、また遅刻ギリギリじゃねぇか』
『あ、あなたは……!』
――少々強面ながらも男らしい見た目。学ランの前ボタンは全部外され、ちょっとしたヤンチャさを演出している。
ぶっきらぼうな話し方や逞しい体つきといい、男から見てもかっこいい男。そんな彼の正体は――。
「まず一人目の攻略対象、幼馴染キャラです!」
光坂さんが身を乗り出した。
「主人公とは家が隣同士! 小さい頃から泣き虫だった主人公の世話を何かと焼き、高校二年生になった今でもまるで妹に接するように『やれやれ、お前は俺がいねぇとダメなんだから』とか言っちゃうも心の中ではずっと一人の女性として主人公を想っているそんなキャラです!!」
『阿蘇さんだー!』
「ただの阿蘇さんだー!」
どう見ても、男子高校生のコスプレをしたただの阿蘇さんだった。
しかし一応、似通ったキャラ枠に押し込んでくれるものらしい。阿蘇さん(仮)はクールに笑うと、カゲコの髪に触れた。
『ほら、また寝癖ついてる。お前も女なんだから、少しは気にしろよ』
『あ、すいません』
『まったく……そんなんじゃ、嫁の貰い手がつかねぇぞ』
阿蘇さんは、少し目を背けるとぽつりと呟いた。
『……俺ぐらいしか』
「おわー!」
「おわー!」
なんか恥ずかしくて、光坂さんと二人でテレビの前で顔を両手で覆って悶絶した。なんだこれ。胸の中がこしょこしょする。なにこれ。
『え、なんですか? よく聞こえませんでした』
しかし画面の中のカゲコは、無表情でお決まりのセリフを返していた。……いや嘘だ、ちょっと耳が赤くなってる。そうだよな、何か知らんが破壊力あったよな。
「と、とにかくどんどん進めましょう! 恥ずかしい気持ちはありますが、これ多分ゲームの中の皆さんの方が恥ずかしいやつですからね! 私達が頑張らなきゃ!」
「そ、そっすね! えーと次の攻略キャラは……」
『はい君達、席につけー』
聞いたことのある低い声に、オレと光坂さんはビクリとした。……これは、あれだ。この抑揚の無い淡々とした声は、間違いない。
「二人目の攻略対象、お色気国語教師です!」
ドアを開けて現れたのは、もじゃもじゃ頭に濃いクマを引いた鋭い目つきの男、曽根崎さん。しかし何故か今回は、黒縁眼鏡をかけてベストスーツにアームガーターをつけていた。
「わかりやすい授業をする一方、尊大な態度を崩さず他の生徒から怖がられる担任の先生! ですがそれをものともせずにガンガン向かってくる主人公に、初めて彼は小さな興味を抱きます! しかしその感情が生徒と教師の関係を超えた禁断の恋心に変わっていくのは、時間の問題だった……!!」
『女子高生相手にオッサン犯罪だー!!』
「アウトだー!!」
まあでも、生徒と教師って言えばそうなるよね。それか乙女ゲームはファンタジーだからいいのだろうか。
慌ただしく皆が席につこうとする喧騒の中、曽根崎先生はカゲコの肩をちょんちょんと叩く。振り向いたカゲコに、曽根崎先生は出席簿で口元を隠しながら囁いた。
『……寝癖がついている。後で直してこい』
『あ、はい』
『無防備なことだな。まあそれも君の美点ではあるが』
ため息をつき、彼は困ったように言う。
『……あまり、私以外の男の前では見せてくれるなよ』
『おーっと何故かアンタのほっぺに大量の虫が!!』
『ふぐぅっ!』
「景清ーっ!!?」
耐えきれずにビンタしたカゲコに、叫んでしまったオレである。何? こいつのフラグをへし折っていくスタンス一体何なの?
「ダメだって、景清! これ全員攻略しねぇと助けられねぇんだろ!? だったらそこはお前、嫌でも顔を赤らめて蚊の鳴くような声で『はい』って言わなきゃ!!」
『分かってる、分かってるけど……!』
「けど!?」
『我慢ならねぇ……ッ!!』
「わかるけど!!」
同じ男として痛いぐらい分かるけど! でもお前今女の子なんだし、なんかその、そこは頑張んなきゃ! いやじゃあ代われって言われたら絶対嫌だけど!
だがこうしてオレ達が言い争っている間にも、ゲームは進んでいく。
『それではみんな、席についたな。早速だが、転校生を紹介する』
流石ゲームの世界、特にビンタの後遺症も無く教壇に立つ曽根崎先生が長い腕で入り口を指す。するとガラリとドアが開き、一人の爽やかな男が入ってきた。
ドえらいイケメンだった。サラリとした髪に、整った顔。どこかのアイドルグループに属していてもおかしくないほどの容姿なのに、人懐っこい笑顔にはやけに親しみを覚える。
「三人目の攻略対象、ミステリアスな転校生です!」
そしてもはやノリノリの光坂さんである。
「普段は穏やかな笑みに本心を隠しているけれど、実はとんでもなく重い過去を抱えています! けれど明るい主人公と接する中で少しずつ癒されていき、いつしか自分の闇に立ち向かうことができるようになります! そして自分を変えてくれた主人公に対して、憧れにも似た恋心を抱くようになるのです!」
『どこの世界でも藤田さんが重いの何なんですか』
「藤田さん……」
景清が嘆いた理由はよく分からなかったけど、多分あまり触れない方がいいのだろう。オレはそう思った。
『やあ、席は君の隣か』
『あ、ども』
そして藤田さんは、たまたま空いていたカゲコの隣の席に座った。しばらくは教科書も揃っていないので、カゲコが見せてあげる必要があるらしい。
『よろしくね。えーと、カゲコちゃん』
『はい、よろしくお願いします』
『あれ? ……ふふ、寝癖ついてる。寝坊した?』
『え? はあ、まあ』
適当に答えるカゲコをじっと見つめる藤田さんである。だけどすぐに楽しそうに笑った。
『……後で直させて。オレ、君に触れてみたいな』
『だから! なんでどいつもこいつも僕の寝癖をいじってくんだよ!!』
「カゲコッ! めっ!!」
また暴れかけた主人公を必死で抑えるオレである。情緒不安定で乱暴な主人公だ。最近では珍しいタイプかもしれない。
そうして休み時間に入る頃、カゲコはそれはもうぐったりとしていた。
『もうやだ……。早く元の世界に戻りたい……』
「頑張ろうな、カゲコ。帰ってきたらアイス奢ってやっから」
『カゲコって言うな』
けれどカゲコに休息は与えられない。机にうつ伏せる彼女に、元気いっぱいのオーラを放ちながら近づいてくる人がいた。
『あらぁ! アンタ、何落ち込んでるの!?』
「出ました! 最大の味方にして攻略の要、友人キャラです!」
艶やかな黒い髪をなびかせた絶世の美女の登場に、光坂さんのテンションがぶち上がった。
「どんな時でも主人公のそばにいて、恋の相談に乗ってくれたりアドバイスをしてくれる……! 心は大空より広く、なんと他の彼氏と会う時のアリバイ作りも手伝ってくれます! このゲーム、この人無くして完全制覇はありえません!」
「めっちゃ重要キャラですね」
「さて、これでいよいよ主要キャラは揃いましたね……!」
光坂さんの言葉に頷き、オレはコントローラーを握り直す。そうだ、ここからが本番なのだ。
「いきましょう、三条君、カゲコちゃん! 三人で『ワリキリ☆ボーイズ』を攻略し、みんなをまるっと助け出すのです!」
「はい!!」
『だからカゲコ言わないでください!!』
こうしてオレたちは、力を合わせて乙女ゲームの完全攻略に乗り出したのである。
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