オレの友人(男)が乙女ゲームの主人公になったので操作して全員攻略しようと思う・後編
『カゲコ……俺のものになんねぇか』
『カゲコ君。君にだけは、私のこの感情を許して欲しい』
『カゲコといると、すごく楽に笑えるんだ。オレ、君とずっと一緒にいたい……』
「景清ーっ! 選択肢は全部ハイだぞ! 分かってんな!」
『ハイハイハイハイハイ』
「赤べこよりも首振れよ! 明日は筋肉痛を覚悟しろ!」
『ハイハイハイハイハイ』
それから一時間半後。オレと光坂さんと景清は、片っ端からキャラを攻略していた。
「光坂さん、曽根崎さんとの遊園地デートに阿蘇さんとの水族館デートがブッキングしました! どうしましょう!」
「受けてください、三条君! 幸い遊園地と水族館が同じ敷地内にあるテーマパークがあります! うまく捌きましょう!」
「だってよ、景清!」
『いや無理だろ! 僕一人しかいないんだぞ!?』
「大丈夫です! 何の為にイルカショーとトイレと迷子センターがあると思ってるんですか!」
『絶対その為じゃ無いですよ、光坂さん!』
「では、今の状態のチェックをする為柊ちゃんの所へ向かってください!」
「わかりました! 景清、よろしく!」
『でも、さっきも行きましたけど……』
「服装とかお化粧とか変わってるかもじゃないですか! 行ってください!」
『は、はい!』
「そろそろ隠し攻略対象キャラが出ます! 景清君を保健室に誘導お願いします、三条君!」
「わかりました!」
『やあ、どしたの。お前さん、寝癖ついてる以外はどっからどう見ても健康体じゃん』
『烏丸先生まで捕らえられてたんですか!?』
『あら、お知り合いですか?』
『はい! この人も助けなきゃ……! 光坂さん、攻略法をお願いします!』
「ええと、隠しキャラなのですぐには不可能ですが、何度も保健室に通っているとランダムでとある選択肢が出ます。それにハイと答えれば……」
『――まあ、僕も会いたかったんだからいいけどさ。お前さんは?』
「この先生話早いなぁ!」
『ハイハイハイハイハイハイハイ』
「景清もうヘドバンみたいになってるもん」
「では景清君、今から柊ちゃんの所へ」
『え、前の休み時間にも行きませんでした?』
「何をおっしゃいます。さきほどの柊ちゃんは『次に会う時には新しい髪飾り見せてあげるわね』って言ってたじゃないですか。早く行かなきゃ」
『光坂さん、他の人のセリフは飛ばしまくるのに、柊ちゃんのだけはじっくり読みますよね』
「私にとって柊ちゃんは特別だから……」
『すげぇまっすぐな声で言うもん』
「光坂さん、めっちゃ柊ちゃん好きなんスね!」
「えへへ」
「帰り道イベントです! 暴漢に襲われようとするカゲコちゃんを、幼馴染君が身を挺して守り……」
『あああああああああ!!』
「先んじて景清が暴漢ボコったー! 阿蘇さんポカーンとしてるぞ、景清! どしたの!?」
『……もう二度と……』
「え!?」
『もう二度と、僕のせいで阿蘇さんを傷つけさせない……!』
「何があったの景清!? ねぇ大丈夫、景清!?」
「よーし、夏イベントですね! スチルも山ほどありますよ!」
「まずは海に行って、落とし穴に落とされた曽根崎先生を助けるシーンだな! 景清ー……」
『あああああああああああああ!!』
「先に景清が落とし穴に落ちたー! どしたの景清! なんで身代わりになったの!?」
『あのオッサン追いかけて穴に落ちるのだけは、もうごめんなんだよ……!」
「え、一緒に落ちる気!? 普通に引っ張り上げりゃいいじゃん! なんで後追い前提なの!?」
「お次は体育祭ですね! 熱中症で倒れた転校生君を介抱するシーンで……」
『あああああああああああああああああ!!』
「うわああああ景清めちゃめちゃ藤田さんを心臓マッサージしてる!」
『藤田さん! 目を! 覚まして!』
「景清それ過剰だから! そこまでしなくていいから!」
『藤田さんの意識が戻るまで! 僕はこの手を止めない!!』
「熱意は買うけど普通に保健室に運んでくれ! 何なの、何がお前をそこまでさせるの!?」
とまあ途中景清の様子が明らかにおかしいことはあったけど、なんとかエンディング直前まで進めることができたのだった。
プレイ時間はざっと四時間。攻略サイトを見ながら、かつセリフを飛ばしながらだったけど、終わってみれば結構楽しかったと思う。
「では三条君、そろそろ皆さんのエンドですね」
「はい!」
そしてこの数時間ですっかり戦友みたいになった光坂さんと、頷き合う。いよいよ、ラストだ。
「では、午前九時から九時半の間に伝説の木の下で幼馴染(阿蘇さん)からの告白を受け、そこから十時までに学校の空き教室に移動し転校生(藤田さん)に想いを伝えて、その足で屋上に行き隠しキャラ(烏丸先生)の気持ちを受け止めて、十二時までに担任の先生(曽根崎さん)の待つ空港へと急ぎましょう!」
「だってさ! オーケー、景清!?」
『売れっ子タレント並みのスケジュールだもんなぁ!』
『……でも』と画面の向こうのカゲコは、空を見上げる。そこには、まんまるの月が夜をくり抜いたように浮かんでいた。
『その前に……友達を助けなきゃですね』
「ええ」
光坂さんははっきりと肯定する。それに応えて、オレもすっかり自分と同じ温度になったコントローラーを握った。
カゲコが向かうは、夜の公園。煌々と街灯が照らす中、絶世の美女が一人ブランコを揺らしていた。
『あら、本当に来ちゃったの』
彼女――柊ちゃんは、驚いたように顔を上げた。
『来なくても良かったのに』
『そんなこと言わないでください。僕は、ここに来たくて来たんですから』
『……そう』
カゲコは柊ちゃんの隣のブランコに腰掛けた。しばらく、どちらも何も言わない時間が続く。けれど、やがて柊ちゃんは口を開いた。
『……ね。この間、ボクもうこの学校にいたくないなって言ったじゃない』
「うん、第三章秋の涙編、二週五時間目の休み時間のセリフだね」
『あれね、ちょっとだけ嘘。……本当は、どこか遠くに行きたかったの』
「うん、わかってるよ。このゲームでの柊ちゃんは家庭環境が複雑だもんね」
隣で光坂さんが相槌を打ちまくっている。まるで本当に会話してるみたいだ。
テレビに専用スチルが映る。街灯の下で、美麗な顔を今にも泣き出しそうに歪める柊ちゃん。それは、ゾッとするほどに魅惑的な表情だった。
『ボクね……少し、生きるのに疲れちゃったみたい』
「柊ちゃん……」
『どう? ボクと一緒に、どこか遠くまで逃げちゃわない?』
選択肢が表示される。答えはシンプルな「はい」と「いいえ」。オレは、導かれるように「はい」を選ぼうとして――。
「ノーーーーーーーーーッ!!!!」
光坂さんに、コントローラーを奪われた。
「ダメよ、柊ちゃん! ここまで学校で頑張ったのに卒業しないなんて勿体無いわ! もう一踏ん張りしよ! だって残すところあと数日なんだし!」
「こ、光坂さん?」
「学校が辛いなら私がずっと一緒にいるから! 家がしんどいならもう私の家に泊まっていいから!」
「あの、光坂さん、これ、ゲーム……」
「っていうか柊ちゃんを病ませる世界なんてクソ喰らえだわ! 柊ちゃん、こんな不健康なゲームは捨てて早く出ておいで!!」
光坂さんは、迷いなく「いいえ」を選択した。
「帰ってきて、柊ちゃん!!」
次の瞬間、オレ達は目を開けていられないほどの光に包まれた。そしてその光がおさまる頃、オレはテレビの前に立つ一人の姿を見た。
「……あら? ボク、一体何を……」
「柊ちゃんーーーーーーーっ!!!!」
「みょわーーーーーーーっ!!!!」
解放された柊ちゃんに、光坂さんが弾丸のように飛んでいった。何が何だか分からないのだろう、柊ちゃんは、目を白黒させて顔を真っ赤にさせながら光坂さんを抱き止めるという、大変器用な状態に陥っていた。
「え、え、何なの!? 何が起こってるの!?」
ゲーム内での記憶を失っているのか、戸惑う柊ちゃんである。……ここは、何かフォローした方がいいのだろうか。考えるオレはふと、事務所にかかったカレンダーに目をとめた。
今日は二月三日――そう、柊ちゃんの誕生日だ。
なるほど、誕生日なのである。
「ハッピーバースデー柊ちゃん!」
「え、マサ!? ……あ、やだぁもう何!? そういうこと!?」
「おめでとう柊ちゃん!」
「おめでとう!」
「もー、ドッキリなんて聞いてないわよー!」
先程までの困惑もどこへやら、ニコニコえへへと笑み崩れる柊ちゃんだ。
……うん、なんとかごまかせたようである。まさかオレも、こんな形で彼女の誕生日を祝うことになるとは思ってなかったけど。
「あら? でもシンジ達はどこよ。全然いないじゃない」
「あ、それは大丈夫だよ! 実はみんな出現マジックの準備中なんだ!」
「まあ、出現マジック! 楽しみ過ぎるわね!」
「……そんなわけだ、景清。全速力で残りの皆さんを攻略するぞ」
『わ、分かった』
「オレの持ち得る力を尽くしてスキップボタン連打するから」
『助かる。特にスチルの部分は念入りによろしく』
「そこは十秒ぐらい待つ」
『ぶっ飛ばすぞ』
あまりに凄まじいカゲコの怨念にビビったオレは、大人しく全員救出に専念することにした。そうだね、ラスト付近のスチルって高確率でキャラと密着してるもんね。
そうして無事に全員出現マジックと称して助け出し、そのままのノリで柊ちゃんのお誕生日パーティーをして楽しんだのであった。
「……ねぇ、僕だけ記憶が残ってるなんて聞いてないんだけど」
「どんまい、カゲコ! お疲れ、カゲコ!」
「飛びつき腕ひしぎ逆十字固め」
「あああああーーーーっ!!!!」
完
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