とあるアルバイトは雇用主を騙したい

※エイプリルフール短編。






 突然だけど、僕は嘘をつくのが下手である。

 いや、自分ではそうは思わないのだが、周りの人に言わせるとバレバレらしい。


S氏談

「景清君の嘘? ンなもん目ぇ見りゃ大体分かるよ」


A氏談

「無理はしない方がいいぜ。後ろめたいことはバレるもんだ」


S嬢談

「アンタ嘘ついてみたいの!? ヤダすっごく興味あるわ! さぁ言ってごらんなさい! 今すぐ! ほら早く!」


F氏談

「よし! じゃあ叔父さんがとっておきの方法を教えてやるよ。たった一言、『藤田さんのことなんて好きでもなんでもないですから!』って言うだけでいいんだ。ものは試しだ、言ってみて、ねぇ」


 どいつもこいつも好き勝手言いやがるものである。

 そりゃ以前起きた事件の際に、演技の才能が無いことは思い知らされたよ。かといって、そこまで言われるほどとは――。

 ……。

 ……ある、のかなぁ……。

 だけど! 今年の僕はそんな自分に別れを告げたい!

 そう、来たるエイプリルフール! その日に雇用主である曽根崎さんを騙すことによって!!

 ……。

 ……できる、のかなぁ……。

 とりあえず、頑張ってみることにした。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというので、ひたすら嘘をついてみようと思う。


 さて、まずは一発目。これは軽いジャブだ。

 僕は、何らかの参考書を読む曽根崎さんに向かって事務机越しに身を乗り出した。


「曽根崎さん! 実は、兼ねてよりお伝えしたいことがありまして!」

「おー、なんだよ」

「僕、好きな人ができたんです!」

「ほー」


 そりゃ何より、と本のページがめくられる。興味の欠片も無いという感じだ。大いに食いつかれても困るが、これはこれで腹立つな。

 だが、今日は何が何でも曽根崎さんを騙してやるのだ。僕は敢えて不敵に見えるよう、口角を吊り上げた。


「で、相手は誰だと思います?」

「そういう質問をしてくるということは、私も知っている人物なんだろうな」

「そ、そうですね」

「……。漠然と君のこれまでの人生を聞くに、ジェンダー方面で悩んだことは無さそうだ。加えて、嬉々として報告してくる点からして、付き合って罪悪感の無い相手と推測できる」

「ほう」

「それらを踏まえると……」


 曽根崎さんは、パタンと参考書を閉じた。


「いつぞやの合コンの時の女性か? ほら、君に付き合わされて藤田君や柊ちゃんと行った時があったろ」

「あー」

「おや、その反応だと外したか」

「ええ、残念ながら違いますね」


 真面目に考えてもらった所申し訳無いが、僕はただ曽根崎さんを騙したいだけなのである。ちなみに、合コンの時の女の子とは既に連絡が途絶えている。 


「僕の好きな人は……」


 そして一呼吸おいて、僕は大きな手振りで高らかに嘘をついた。


「阿蘇さんです!」

「やめた方がいい」


 即答である。嘘とはいえ、僕と曽根崎さん共通の知り合いの中では圧倒的にまともな人なのに。


「なんでですか」

「かつて忠助と付き合った子が軒並みエゲツない依存状態になったのを知ってるからだよ」

「怖。なんでそんなことに」

「知らん」

「えええ」

「故に、彼の恋人になるのはあまり勧めたくない」

「ぼ、僕はそうはなりませんよ。節度をもったお付き合いをします」

「どうだか。君、大いに不健全な恋愛をしそうなんだよなぁ」

「アンタにだけは言われたくないですけどね」


 ……なんだろう、この応対は。騙す以前の問題だな。

 そしてここまで眉一つ動かさず諭されていては、今更「嘘でーす!」と言えるわけない。そんな空気じゃない。

 というわけで。


「じゃあ藤田さん!」

「もっとダメだろ」


 別案を出してみたが、即座に却下された。


「なんでですか?」

「聞くか? 言う必要あるか? というか本気で言ってるのか?」

「ごめんなさい、嘘です」

「嘘でも言わない方がいい。アレはすぐ言質を取ったと言って迫ってくるだろうから」


 人の叔父を捕まえて、アレとは酷い言い草である。っていうか、つい僕も嘘って言ってしまった。自分からバラしてどうすんだよ。本末転倒だ。


「……それで、実際」


 ならば次の嘘をどうしようと考えていると、ぐっと曽根崎さんに腕を掴まれる。

 振り払うこともできぬまま、そのまま体を引っ張られた。少し体制を崩した僕の肩の所に、曽根崎さんのぼさぼさ頭が近づく。


「君、男もイケる口なのか」


 耳元で聞こえるのは、色気を孕んだ低い声。背筋をぞくりとさせる僕に、彼は僕の首筋で長い指を遊ばせた。


「……寂しいな。だったら、どうして真っ先に私の名前を出してくれなかったんだよ」


 面白がっているのに、少しだけ拗ねたような。そんな彼の言葉と仕草に、僕の頭は真っ白になっていた。


 ――そ、そ、それって、どういう。


 尋常じゃない距離の近さに顔に熱が集まり、喉は詰まったようになってまともに息もできない。かといって、何を言うべきかも分からず。

 そうしてしばらく硬直していると、パッと手を離された。


「……なーんちゃって」

「……は?」

「嘘だよ。エイプリルフール。四月馬鹿。どうも君の様子がおかしかったからな、騙される前に騙してみたんだ」

「…………ほえ? う、嘘?」

「うん。見事に引っかかってくれたな。君は人を騙そうとする前に、もう少し自分に向けられる嘘に敏感になった方がいい」

「……………………」


 そう言うと、奴は元の通り椅子に腰を下ろして本を手に取った。好き放題やって満足し、僕とのやり取りは終了したものと判断したらしい。


 ……。


 ふざけんなよ!!!!


「オイコラ曽根崎!!!!」

「なんだなんだ、次はどんな嘘をついてくれるんだ」

「なんか……っ! こう、新しい怪異が発生しました! 道ゆく人の靴が全部勝手にローラーシューズになるやつっ……!」

「嘘もここまで下手だと見ものだな」

「うううううるせぇ! 信じろ僕を!!」

「あ、外に火の鳥」

「いるわけねぇだろ!!」

「そう言いながらも見るんだもんなぁ。なぁ君、マジで人を騙すのに向いてないよ」

「逆にアンタは向き過ぎですけどね!!!!」


 胸倉掴んでわぁわぁ言ってやるも、結局この日の僕は存分に恥を晒しただけで曽根崎さんを騙すことはできなかった。もうやだ、エイプリルフールなんて嫌いだ。


 で、翌日。


「……ねぇ景清。オレのセフレとセフレが阿蘇を巡って野犬のような争いをしてるんだけど、オレどうしたらいいと思う?」

「やめてください、藤田さん。エイプリルフールはもう終わりましたよ」

「嘘じゃないんだよー助けてくれよー」


 何故か事務所を訪れていた藤田さんを手荒に払いのける。僕は、嘘もエイプリルフールも大嫌いなのだ。

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