藤田さんのしたいコト・前編

※藤田直和誕生日短編




「藤田、お前何かしたいことない?」


 誕生日まであと三日。そのタイミングで、突然オレは阿蘇にそう尋ねられた。

 したいこと? 欲しいものじゃなくて?


「ものより、思い出」


 どこかで聞いたことがあるような言葉を吐くもんである。

 ともあれ嬉しい提案だ。オレは思わず身を乗り出した。


「本当になんでもいいの?」

「俺が聞ける範囲なら、まあ」

「やだもう、太っ腹ー」

「やめろ腹撫でんなブッ殺すぞ」

「祝いたい相手前にして殺意高くない?」

「で、何がしたいんだよ」


 案外真面目な目に覗き込まれて、少し怯む。……なんでもいいとなれば、熟考する必要があるだろう。何故なら普段なら歯牙にもかけられないような内容でも、誕生日という恩赦で大目に見てもらえるかもしれないからだ。

 ――だけど、もし彼が何でもいいと言ってくれるなら。オレは、恐る恐る口を開いた。


「実はオレ……ずっと、阿蘇としたいことがあってさ」

「うん」

「でも、阿蘇も迷惑かもだし。いくら長い付き合いとはいえ流石に躊躇うっつーか、そもそも何を今更って感じで……」

「珍しく弱気だな。いいから言ってみろって」

「えっと」


 ごくりと唾を飲み込む。阿蘇に向き直り、震える唇を開いた。


「オレ……阿蘇と……き、き……」

「き?」


 不思議そうな顔をする阿蘇に、オレは両拳を握る。……頬が熱くなるのが自分でも分かる。それでも勇気を出して、言葉を振り絞った。


「――騎馬戦を、やってみたい!」

「……」 


「え?」


 目の前の阿蘇は、キョトンと首を傾げた。






「そんなわけで、騎馬戦をやることになった」

「脈絡ーっ!」


 来たる5月27日、今日は僕の叔父である藤田さんの誕生日である。僕は「スポーツするから動きやすい格好で来てくれ。千円やる」と曽根崎さんに呼び出されて、運動公園へと赴いていた。

 いやなんだよ騎馬戦って。聞いてないぞ。


「今言ったからな」

「そういうのって事前に言いません?」

「言ったら逃げられるか、報酬をつり上げられるかと思って」

「おや、僕のことをよくお分かりで」


 勿論皮肉である。しかし黒ジャージの曽根崎さんは、腕組みをして得意げに鼻を鳴らした。何だこいつ。


「今日はよろしくね、景清」


 どん、と背中に軽い衝撃が走る。本日の主役である藤田さんが抱きついてきたのだ。


「実はオレ、高校卒業するまでまともに体育の授業に出たことなくてさ。運動会とか夢のまた夢で、特に騎馬戦とかすげぇ憧れだったんだよ」

「あ、そうだったんですね」

「うん、だから一回でいいからやってみたくて。あ、無理にとは言わないよ! でもやるならオレ上に乗りたい! 騎手やりたい!」


 声を弾ませ、ワクワクしている藤田さんである。普段も割とテンションは高い方だけど、こうやって子供のようにはしゃぐ姿を見るのはなんだか新鮮だ。

 ……複雑な経歴を持つ彼である。そんな彼の望みだというのなら、僕とてできるだけ叶えてあげたくはある。

 っていうか断れない。こんなキラキラした目を向けられて断ろうものなら、普通に罪悪感で心が死ぬ。


「……でも、阿蘇さんって優しい人ですね。藤田さんの願いのために、僕や曽根崎さんまで集めるなんて」

「ん、ありがとう」


 僕からの言葉に、柔軟体操をしていた阿蘇さんが微笑む。


「まあ二十年以上付き合いもあれば、誕生日プレゼントもネタが尽きてくるよな。それに兄さんには普段貸しばっか作ってるし、こういう時でないと回収できない」

「めちゃくちゃ現実的な理由だった」

「それよか景清君も柔軟やっとけよ。普段騎馬戦なんかやらねぇだろ」

「確かに、騎馬戦が食い込んでくる日常は送ってませんが……」


 何にせよ、藤田さんを祝いたいという気持ちには変わりはないのだろう。多分。

 そしてほどよく体操も終えたところで、僕らは藤田さんの乗る騎馬を作り始めた。これだけで千円もらえるなら、結構割のいいバイトだなと思う。

 そうほくほくとしていると、曽根崎さんは顎に手をあてて阿蘇さんを指さした。


「通常騎馬は、一番背の低い人を前にするらしいがな。今回に限っては、忠助が前に行った方がいい。ぶつかった時に力負けしたら困るし」

「そうだな。じゃー、景清君と兄さんは後ろで頼むわ」

「私は左に行こう。スタート地点から考えると、こちらの方がちょっと視界を広くとれる」

「……んー?」


 ……なんだか、思ったよりガチな作戦を立ててるな? なんで?


「え、そんな本気になることなんです? 僕らが組んで、藤田さん上に乗せたらそれで終わりじゃないんですか?」

「何言ってんだ。藤田君は“騎馬戦”がしたいと言ったんだろ?」


 曽根崎さんが、運動公園の奥に視線を向ける。つられてそちらを見ると、反対側の入り口からぞろぞろと黒服の男たちがやってきていた。

 ――全員、四人一組の騎馬状態で。


「何あれ!?」

「藤田君の望みを叶えるにあたって、ダメ元でツクヨミ財団に協力要請したら快諾してくれてな。こうした場を設けてくれることになったんだ」

「対戦相手まで!?」

「まずはルール説明といこう。一般的に騎馬戦といえばチーム戦だが、今回は四人一組の単騎戦。騎手が落とされるか鉢巻が奪われるかすれば、その時点でリタイアだ。そして勝者は、最後に残った一チームとする」

「えええええ! でも、相手はなんらかのプロでしょう! 怪我とかする可能性もあるんじゃ……!」

「なお、優勝したチームには取得した鉢巻の数に応じた報酬が出るそうだ」

「やります」

「話が早くて助かる」


 うっかりお金が絡んでしまった為、条件反射で答えてしまった僕である。不甲斐なさに涙が出そうだ。

 ……えーと、つまりあれか。僕はまた、巻き込まれたのか。


「わーっ! 高い高い! 楽しい! ねぇねぇ阿蘇、ちょっと動いてみて!」

「お前なぁ、今から無駄に体力消耗すんなよ」

「右に行って! そんでジャンプ!」

「聞いてねぇなー」


 けれど、僕らの騎馬に乗った藤田さんはそれはそれは楽しそうにしている。

 ……そうだ、これは藤田さんへの誕生日プレゼントなのだ。だから、勝っても負けても、この人が楽しめたのならそれで十分なのかもしれない。

 そう言い聞かせて、僕はプレッシャーを薄めようとしたのだが……。


「よーっし! 勝つぞぉっ!」

「ああ、ぶつかり合いは任せろ。まずは馬から潰してやるぜ」

「君たち、情報は逐一共有するように。何事も臨機応変な策が無いと勝てない」


 ――僕以外、全員バチバチに勝つ気だった。


(……これ、僕じゃなくて柊ちゃんが来るべきだったんじゃ……?)


 好戦的な美女が頭をよぎったが、今になってはどうしようもない。手や腕にかかる藤田さんの重みを感じながら、千円という割の合わなさに僕はため息をついたのだった。

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