藤田さんのしたいコト・後編

「はぁーい、やってまいりました! 第一回ツクヨミ財団騎馬戦大会! 実況はこのボク、絶世の美女こと柊ちゃんでお送りするわ!」

「解説の田中さんだよー」


 そして僕らが定位置についた頃、運動公園に謎の声が響き渡った。辺りを探す。すると観戦席の所で、双眼鏡片手に座る柊ちゃんと田中さんを見つけた。

 何やってんだ、あの大人ども。一応公共の場だぞ。まさか貸し切ったのか?

 だが僕の混乱をよそに、柊ちゃんの声が高らかに上がる。


「さぁぁ各騎馬位置についたようです! この無慈悲なる戦場で最後に立つ騎馬は誰だ!? 雄叫べ! 嘲笑え! 血は血で洗え! それでは――」


 田中さんの右腕がまっすぐ突き挙がる。その手には、ピストル。


「合戦開始!!!!」


 パァンという乾いた音がして、一斉に騎馬が動いた。僕は曽根崎さんの指示を聞いて阿蘇さんに動きを合わせていればいいと言われていたが、早速ぐんと藤田さんの重みがかかって少しよろけてしまう。


「……全数、十四騎馬。まずはうちが有利な騎馬から潰すぞ」


 左側にいる曽根崎さんの声が、舞う砂埃に紛れて聞こえる。


「向かって右から二番目。忠助!」

「はいよ」

「景清君はぶつかった時に押し負けないように! 頑張って踏ん張れ!」

「は、はい!」


 僕らより一回りくらい小さな騎馬に向かって走る。そしてぶつかる瞬間、藤田さんが鋭く叫んだ。


「阿蘇、肩借りるぞ!」

「おう」


 僕の手に乗っていた重さが消える。見上げると、藤田さんが阿蘇さんの肩に片足をかけ、相手の騎手に身を乗り出していた。


「おおーっと、早速藤田組が動いた!」


 柊ちゃんが声を弾ませる。それに応えるのは田中さんだ。


「先手必勝、かつ自分より体格が小さな相手に対しても一切手を抜かない戦法。流石と言わざるを得ないね」

「取れるか、取れるか、取れるか……!? 取ったーっ! 藤田騎手、チューリップ組の鉢巻を奪いました!」

「チューリップ組は、小柄ながらパワーがあったんだがね。残念、藤田騎手の思い切りの良さと素早さには敵わなかったか」


 藤田さんが勝ったようである。すごい、流石だ。

 が、なぜか当の本人からは悔しそうな声が漏れている。


「クソッ、なんだよそのチーム名……! だったらオレだって、パンダアリさんチームが良かった……!」


 まあまあどうでもいいな。

 しかし藤田組はべらぼうに強く、この後も快進撃を続けたのである。


「九時の方向にいけ! 青鉢巻ナガレボシ組の騎手の動きがさきほどのぶつかり合いの為か僅かに鈍い! 戦線から離脱され体力を回復される前にトドメを刺すぞ!」


 ――人の心が無いのかと疑うレベルで容赦の無い、曽根崎さんの指示と。


「お前が俺に勝てるか!! 五億回腹筋して出直せ!」


 ――要塞城壁かと見紛うほどに屈強で、ともすれば敵騎馬の足を崩してくる阿蘇さんと。


「みんな、ぶつからなくていいから思いっきり横を走り抜けて! すれ違いざまにオレが鉢巻を取る!」


 ――曲芸師ばりの身軽さと器用さで、次々と鉢巻を奪う藤田さんと。

 訓練されているだろうツクヨミ財団の騎馬相手に、引けを取るどころか圧倒している。もしかして藤田さんの誕生日ということで忖度が働いてるんじゃないかと勘繰ったけど、あっちも負けてめちゃくちゃに悔しそうにしてたから本気で来ているらしい。

 つくづく何なんだ、この人たち。


「あはははーっ! 楽しいーっ!」


 ……でも、藤田さんがはちゃめちゃに楽しそうだし、まあいっか。

 けれど、そうして快進撃を続ける藤田組にも弱点があった。


「……景清君、大丈夫か」

「ええ……全然、問題ありません」


 ――何の取り柄もない一般人である、僕の存在である。

 曽根崎さんに見栄は張ったものの、実は体力も支える腕も既に限界を迎えていた。事実、敵も明らかに僕側を狙ってきているのだ。それを藤田さんが紙一重で敵の鉢巻を先取することで、なんとか凌いでいる状態だった。

 息を荒くする僕に、阿蘇さんと藤田さんは言う。


「偉いぞ、景清君。君は十分頑張ってる。幸い敵はあと一騎だ」

「オレも景清の方には体重乗っけないようにするよ。申し訳ないけど、もう一踏ん張りできるか」

「……僕は大丈夫です。ありがとうございます」


 優しくしてくれるのは嬉しいが、そう言われると一層自分への情けなさが募ってしまう。僕は首を横に振ると、曽根崎さんを見た。


「ところで、最後の一騎はどうします。見たところ、彼らが取った鉢巻の数も僕らと互角のようですが」

「パワーの方は、互角どころか明らかに向こうが格上だな。恐らく正攻法じゃ、こちらが押し負けるだろう」


 ……そうだろうとは思っていた。最後に残った騎馬は、全員ムキムキで固められており、中でも騎手は腕と足の長い長身の男だったからだ。鉢巻の取り合いとなれば、腕のリーチの差で藤田さんが負けてしまうと思われる。


「……だが、手が無いわけではない」


 しかし曽根崎さんは、ニヤリと口角を上げた。


「藤田君、頼めるか」

「オッケーですよ」

「忠助」

「はいはい」

「……景清君。君にも、こなしてもらわねばならないことがある」


 曽根崎さんの言葉に、一も二もなく頷く。――せっかくここまで来たのだ。僕だって、この戦いに勝ちたかった。







「さぁさぁさぁ、いよいよ決勝戦です! 筋肉の金閣寺、マッスル塔組vs脅威のチーム力、藤田組! 果たして勝利の女神が微笑むのは、どちらか――!」


 柊ちゃんのハスキーボイスが運動公園内に響く。僕は、朗らかな太陽の下でこれからの役目を思い出し青ざめていた。


「……各位、分かってるな」


 曽根崎さんも緊張しているのか、少し固い声で言う。


「私の合図を聞き逃すな」


 敵騎馬が声を上げながら突進してくる。まずはぶつかり合い、こちらのバランスを乱す作戦だろう。僕は曽根崎さんの動きに合わせて、左へと動いた。


「おーっと藤田組、左に避けました! ですがこれは……!」

「景清君が狙われるだろうね。……ほらきた!」


 敵の騎馬の一人が、僕の足目掛けて強烈な蹴りを入れようとする。それを危うくかわした僕だったが、疲労が溜まっていたのもあってかガクンと体勢を崩してしまった。


「これはマッスル塔組、チャンスです! 真下選手が藤田騎手の鉢巻へと手を伸ばします!」

「藤田さん!」


 思わず叫ぶ。頭一つ低くなった藤田さんに覆い被さるようにして、敵の騎手が迫る。

 ――何とかしなければ。次の瞬間、僕は彼の服を掴んで引っ張っていた。


「おーっと、真下選手残念!」


 敵の手が空振りする。だが、なおもピンチは続いていた。藤田さんの体が僕に落ちてこようとする。当然ながら、騎手の落馬は失格扱いとなってしまう。


「景清君、手を離せ!」


 曽根崎さんの声に、両手を離す。僕の背に回った曽根崎さんの腕が、転倒寸前の僕を支えた。


「阿蘇!」

「あいよ!」


 そして藤田さんの呼びかけに返事をした阿蘇さんが、背後に手を伸ばす。それを掴んだ藤田さんが、阿蘇さんの背中に足を突っ張った。そしてその背を土台に、藤田さんは軽やかに復帰する。


「今だ! 行け!」


 曽根崎さんが叫んだと同時に、藤田さんが踏み込んだ。


「「飛んだ!!?」」


 柊ちゃんと田中さんが驚愕の声をあげる。――藤田さんは、空を飛んでいた。いや、阿蘇さんを踏み台に、思いきりジャンプしたのである。


「よいしょっ!」


 その光景は、敵の騎手の度肝を抜くのに十分だったらしい。藤田さんは器用に敵の騎馬に着地すると、すぐさま鉢巻を奪い取った。


「クソッ、お前っ……!」

「おっと、させるか」


 だが痛み分けのつもりか藤田さんの鉢巻が取られようとしたその時、阿蘇さんが彼のお腹に手を回してぐっと引き寄せた。またしても敵の騎手は空振りし、間一髪藤田さんは逃げ切ることができたのである。


「そこまで!!!!」


 ハスキーボイスが僕らに割って入る。シンとした運動公園に、柊ちゃんの宣言が響き渡った。


「今、勝敗は決定的となりました! 優勝は藤田組! よくやったわね!!」

「わーい! やったー!!」


 阿蘇さんに抱えられながら、藤田さんがバンザイする。それでいよいよ限界が来たらしく、阿蘇さんはパッと両手を広げて藤田さんを落とした。


「いってぇ! 何すんだよ!」

「や、騎馬戦が終わったから降ろそうと思って」

「そこはオレを抱っこしたままウイニングランだろ!」

「暴れ馬でごめんな」

「反省の色が微塵も!」


 いつも通りのやりとりを繰り広げる阿蘇さんと藤田さん周りを、パチパチと温かな拍手が取り囲んでいる。その中を、トロフィーを持った田中さんとどでかい箱を持った柊ちゃんが歩いてきた。


「優勝、そしてお誕生日おめでとう、藤田君。これは今大会の優勝トロフィーだ」

「そんでこっちは誕生日プレゼントよ! ボクと田中のオジサマとで選んだの! 腰抜かしなさい!」

「わー、ありがとうございます! 開けていい!? 中身なんだろー!」

「セグウェイよ」

「セグウェイ!!!??」


 本当に腰を抜かしそうなほどに驚いている。セグウェイだもんな、仕方ない。

 でもトロフィーを受け取る藤田さんはものすごく嬉しそうで、「楽しかった」「ありがとうございます」「またやりたい」と興奮気味に阿蘇さん達に言っていた。

 そんな藤田さんを見ていたら、少しは僕もあの笑顔に貢献できたのかななんて思って、ほっとしたのである。


「……ほっとするのはいいが、そろそろ君も降りてくれないか」

「どうしましょう。地面が硬くなくて快適なんですよ」

「そりゃ私の上に乗ってりゃな」


 ところで僕は、騎馬戦でバランスを崩してからずっと曽根崎さんを下敷きにしていた。降りるタイミングを完全に見失っていたのである。

 そうこうしているうちに、早くも乗り方を習得した藤田さんがセグウェイでこちらに向かってきた。あと数秒もしない内に僕はあの人に暑苦しいぐらい抱きしめられるんだろうなぁと思いながら、僕は渋々立ち上がったのである。

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