景清と慎司の初詣IF
冷たい風が鼻先を掠め、思わず大きなくしゃみをした。鼻をすすりながら、人混みの流れる方向に僕も身を委ねる。
新年の神社は、初詣にきた人たちでごった返していた。あっちからもこっちからもぎゅうぎゅう押されてげんなりしたけど、今更待ち合わせを反故にする訳にはいかない。えーと、確かこの辺のはずだけど……。
だけどある男を探そうと辺りを見回そうとした僕の頭は、不躾に後ろから小突かれた。
「おっせぇ」
振り返った先にいたのは、この季節にも似た冷えた目の青年。
「俺を待たせるなんていい度胸してやがる。お陰で体冷えたんだけど」
「そんなに楽しみにしてたのかよ。かわいいとこあるよね、慎司」
「楽しみ~? このクソ寒い中、普段特に信仰してもねぇ神に都合よくすがりつく行事をか?」
「そういうこと言わないの。神様に見放されたら慎司も困るだろ?」
「神は俺だ」
「じゃあ見放されても大丈夫そうだな……」
背の高い慎司は、たくさんの人の中でもよく目立っていた。それなりにすっきりと整った顔をしているのも、理由かもしれない。なんとなく周りの視線を感じて居心地が悪くなる僕だったけど、慎司に手首を掴まれて我に返った。
「おい、気をつけろよ。お前すぐ人に流されんだから」
「物理的な意味で? それか精神的な意味?」
「どっちもだ。ほら、離れんじゃねぇぞ」
「いててて。腕取れる腕取れる」
「いいよ」
「よかねぇよ。僕の腕の主導権をお前が握るな」
目線の高い慎司には、ちゃんと目的地までの方向が見えているらしい。僕のほうなんか一切見ることなく、彼は遠慮なく人を掻き分けていた。
毎年、神社で何を祈願するか迷うのだ。お金にまつわること? 学業? 色々思い悩んだ挙げ句、結局いつも……。
「健康に一年過ごせますように? いいんじゃねぇか。本来どおりの神社の使い方だし」
「あ、そうなんだ」
コートのポケットに両手を突っ込んだ慎司が、僕にニヤッとしてみせる。小馬鹿にしたような笑い方だけど、少しだけ彼との付き合いのある僕には、そういう意図の笑みじゃないとわかっていた。
「歳神様を迎えて、今年の平安を祈る。真っ当な日本人ならこう謙虚でありたいもんだな」
「神は慎司じゃなかったの?」
「俺だ。ゆえに俺に祈れ」
「ご利益大したことなさそうだな……」
「そんなことねぇ。大金持ちにしてやる」
「真っ当で謙虚な日本人どこいった?」
そういう僕はというと、慎司神様を後ろにおみくじを引いていた。ヤツは「そんな因果関係がないものに金を使うなんて」と渋い顔をしていたけど、おみくじってそういうものじゃないじゃん。僕は無視した。
結果――
「吉」
「はっ、ビミョー」
「いいんだよ、これぐらいで。変に大吉だったら逆に気を遣うだろ」
「誰に? 末吉とか引いたヤツに? まあいいや、見せろよ」
「えー、やだよ。絶対いらねぇこと言うじゃん」
「お、転居。よろしからずだってさ。その場から一歩も動くなよ、お前」
「極端なんだよ。どこにも行けねぇじゃん」
「旅行。得るものなし。動いたら死ぬ」
「そんなわけねぇだろ」
でも、まずまずの滑り出しといったところだろう。これぐらいでいいのだ、僕などは。さくさくおみくじを結び、さて帰ろうかと思ったところ……。
「ん、何それ慎司? 絵馬?」
慎司が、特徴的な形の木の板を手にしていた。既に何か書かれてあって、僕は覗き込もうと体を曲げてみたけど、すいっと避けられてしまう。
「なんで隠すんだよ」
「別にー」
「それって願い事とか書くんだよね。何て書いたの?」
「秘密ー」
「恥ずかしいことか! 恥ずかしいことか!」
「お前と一緒にすんな」
「僕だって恥ずかしいことは絵馬に書かないよ! えー、教えてくれないの?」
残念である。だけどこうなれば、僕が慎司の願い事を見るのは無理だろう。彼は頑固だし、一度決めたことは譲らない性格だからだ。
そう思っていたら、慎司に肩を叩かれた。見ると、絵馬の裏側をこちらに向けてひらひらさせている。
「……願いが叶ったら、教えてやるよ」
「叶ったら?」
「うん。絵馬に書いたことが叶ったら、神社にお礼参りをしなきゃだろ。その時にお前も来るなら、内容を教えてやる」
「正月早々面倒なヤツだな」
「あー、すげぇこと書いてあるのになー。巷に溢るる凡人が見たら感涙を禁じえないことが書かれてるのになー」
「そんなのみんなの目に触れる場所に飾って大丈夫?」
「新しいパワースポットになるかもしれねぇな」
「どういう方向性の自信だよ」
まあ、そういうことなら一緒に来てやるとするか。コイツは素直じゃないので、僕が折れてやらないといけないのである。
絵馬を奉納しに行く慎司の後ろ姿を見送る。冷たい空に向かって息を吐くと、まるでタバコの煙みたいに白くなって消えた。
景清と慎司の初詣IF・完
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