ヤミヤミサンタの掃除依頼
※景清&曽根崎誕生日用短編です。
「えっと……僕のほうは、大丈夫です」
カーテン越しの街灯だけを頼りにした部屋の中。僕は、曽根崎さんの不審者面に顔を近づけて言った。
「アンタのほうは……だ、大丈夫ですか?」
「心配無用だ。散々話し合った結果だろ?」
「……本当は、こんなことしちゃいけないと思いますから」
「カタいヤツだな。まあそういう君じゃなきゃ、誘わなかったわけだが」
曽根崎さんの体が動くと同時に、ベッドが軋む音がする。ビクッとした僕が見下ろした先にいるのは、ぐっすりと眠る小学生の男の子。さっき寝返りをうったばかりで、盛大にかけ布団がずれてしまっていた。
「よし、ここも設置完了」
布団をかけ直してやっていると、曽根崎さんが呟いた。男の子の枕元には、少しよれた赤いリボンのかかったプレゼントが置かれている。
中身はお菓子の詰め合わせだ。できるだけ美味しそうな駄菓子を選んだつもりだけど、喜んでもらえるだろうか。
「早くズラかるぞ、ルドルフ君。万が一、彼が起きて我々がここにいるのがバレたら大変だ」
「不法侵入してる時点でもう大変なんですよ、サンタさん」
「大丈夫。いざとなれば呪文使うから」
「そのペースで記憶消してたら、アンタ四件目ぐらいで発狂しますよ?」
小声で言い合いつつ、僕らはあらかじめ作っておいた合鍵で部屋を後にする。マンションの外に出て、ようやく僕は息をつけた。
吐いた息は、真っ白になって空気に溶ける。それを眺めながら、僕はこんな逆泥棒を働くことになった経緯を思い返していた。
「ヤミヤミサンタの掃除依頼ですか?」
冬もいよいよ深まってきた十二月の後半。謎の人物名に首を傾げる僕に、曽根崎さんは「うん」と頷いた。
「クリスマスイブの夜にだけ現れる怪異だそうだ。闇の中に現れる病んだサンタ」
「闇病みサンタってことですか!? だっせぇネーミング!」
「言ってやるな。悪い子をこらしめるブラックサンタというものもあるが、これはまた別だろう。なんでも、眠っている子供たちの耳に口を近づけ、やたら不気味な言葉を囁くらしいから」
「ええ……」
嫌な導入に、更なる恐ろしい話をされるのだろうと身構える。けれど、曽根崎さんはそれ以上何も言わなかった。
「……あれ、それだけですか?」
「それだけ」不審者面は頷いた。
「囁くだけ囁いて満足したら、特に何もせず去るらしい」
「じゃあ、ただの気持ち悪い不法侵入者じゃないですか」
「だが実際やられてみろ。怖いだろ? 特に、子供にとっては」
曽根崎さんの指摘に、何も言えなくなってしまった。――夜、ふと目を覚ましたら知らない人が僕の顔を覗き込んでいる。それでぼそぼそとわけのわからないことを言われるのだ。大人でも怖い。
「まあ、心配はいらないよ。まだ児童への直接的被害は確認されていないから」
「へ、そうなんですか? ならどうして、毎年起こってる都市伝説みたいな言い方したんです?」
「元は他愛もない都市伝説だったんだよ。だけど、『3月、7月、12月生まれの9歳、生まれた時から一度も家移りをしていない男の子』と付け加えて流布されるようになってから、どうも様子がおかしくなってきた。ヤミヤミサンタを名乗る者から庁に同様の脅迫文が届いたり、区の掲示板に張り出されたり……。しかも、『自分もサンタに会った』『恐ろしい言葉を囁かれた』と得体の知れぬ同意者まで出てくる始末だ。ついに小学校や保護者から苦情が入り、警察が動くことになった」
当然、所詮はイタズラの域を出ないものだ。だけど万が一ということもあるため、手を打たないわけにもいかない。そこで、ちょうど暇をしていた曽根崎さんに白羽の矢が立ったのである。
「これも一応怪異だろと言われて、やむなく」
「アンタそれだけで動く人間じゃないでしょ。本音は?」
「溜まりに溜まった忠助へのツケ」
「その切り札出されたら勝てませんもんね……」
日頃の行いがモノを言ったのだ。同情の余地はない。
……でも、可能性は低いとしても子供達が怖い目に遭ってしまうのは見過ごせない。しっかり時間外手当を要求した上で、僕も協力を申し出たのである。
だからといって、僕らが不法侵入するはめになるとは思わないではないか。
「案外、条件に当てはまる子が大勢いた」
「でしょうね」
「そこで場所を絞ることにしたのさ。脅迫文やら掲示板、インターネットの書き込みやらの場所や時期などを徹底的に洗ってな」
「順当ですが、大変な作業でしたね」
「結果、犯人が現れるとするならこの地区周辺だとわかった」
「AIも驚きの特定力ですよ」
「そうだろう、そうだろう」
「ですが、サンタに扮して不法侵入し、見回りついでにプレゼントを置いていくのはすげぇバカなんじゃねぇかなって」
「いきなり手のひら返しやがる」
とはいえ、一応無意味というわけでもないのだ。『3月、7月、12月生まれの9歳、生まれた時から一度も家移りをしていない男の子』という条件のせいで、当事者になった子供達は嫌な思いをしただろう。だけどもしそれをプレゼントを貰えた喜びで上書きできたなら、その子達の声によって都市伝説は一気に恐怖性を失ってしまう。ヤミヤミサンタはただのサンタになって、怖いモノでもなんでもなくなるのだ。
……付け加えておくけれど、見回り先に大人がいる場所は除外している。様々な理由で保護者がおらず、夜留守番をしなくちゃいけない子供達を僕らは選んでいた。
「次のところで五件目か。案外重労働だな」
疲れが見え始めた曽根崎サンタが、右肩を回しながら言う。白ヒゲまでつけているのは、仕事への意識が高いというかなんというか。
「シングルマザーの家庭で一人っ子、母親は看護師をしており本日は夜勤だ。犯人からすると、狙い目ではある」
「最低ですね。人間の風上にもおけない」
「トナカイが人間を語っている……」
「語っていいだろ! 言っときますけど、僕がジャンケンで勝ってりゃアンタがトナカイだったんですからね!」
僕は、申し訳程度に百均ショップで買ったトナカイのツノを頭につけていた。もし見つかった場合は、断固としてトナカイだとゴリ押しする予定である。服も茶色だし、いけるだろ。
「……ん?」
だけど、合鍵を使ってドアを開けようとしていた曽根崎さんが、ふと首を傾げた。
「妙だな。ドアに鍵がかかってしまった」
「ってことは、最初は開いてたってことですか?」
「そうなる」
白ヒゲ曽根崎さんと僕は、顔を見合わせる。彼は音を立てないよう慎重にまた鍵を差し込み、ドアノブを握った。
薄く開いた隙間の向こうに見える玄関には、小さな男の子用の靴と大人用の大きな靴が並べられていた。
「……事前に連絡を入れた母親には、玄関に子供以外の靴を置かないように伝えている」
緊張した低い声が、僕の隣から聞こえた。
「だから、あの靴は外部の者によるものの可能性が高い」
……だとすると、ヤミヤミサンタが中にいるのだろうか。僕は唾を呑み込み、持参したスリッパをそっと床においた。
曽根崎さんと二人、忍び足で子供部屋まで行く。途中曽根崎さんの背負う白い袋が引っかかるハプニングが三回ほどあったけど、そのたび僕が直してあげてことなきをえた。
「僕が持ちますよ」
「ダメだ。サンタは私だ」
「変なとこでこだわるんだから」
いよいよ子供部屋の前まで来る。僕らは、そっと部屋に耳をあてた。
「……て……あ……のみ……」
中から、ぼそぼそと喋る男の人の声がする。それは低くて、小学生男子のものでは絶対になかった。慎重にドアを開けてみると、真っ黒なサンタ服を着た巨漢が僕らに背を向けてベッドの前に立っているのが目に入った。
「なんで……なんで俺から離れたんだ……なんで裏切った……なんで見捨てた……」
――あれが、ヤミヤミサンタか。本当に病んだこと言ってんな。男の子は気づかず寝ているようだけど、早くどうにかしないと何が起こるかわかったものじゃない。
でも、変に近づけば男の子に危険が及ぶ可能性が……。
「ルドルフ君(※コードネーム)、これを持っていてくれ」
「え? あ、はい」
曽根崎さんから手のひらサイズの物体を渡されて、慌てて両手で受け止める。それは、電源の入ったビデオカメラだった。
「失礼。どちらさまでしょうか」
そして曽根崎さんは、男の肩に手をおいた。ビクッと体を跳ねさせた男は、ぎこちなく振り返る。どんよりとした目と、何日も風呂に入っていないんじゃないかと思わせる体臭。僕は、つい顔をしかめていた。
「な、なんだよ、お前ら……」
「なんだよとはこちらのセリフです。自分はこの子の父親ですから」
「父親……!? ふざけるな! こいつの父親は俺だ!」
結構な大声に僕は咄嗟に男の子の様子を見たが、幸いぐっすり眠っていて起きる様子はない。
その間にも、男はますますヒートアップしていく。
「やっぱりだ! やっぱりアイツだって浮気してやがったんじゃねぇか! そのくせ俺のことばかり罵りやがって……! なあ、これってお前に慰謝料請求できるんだよな!? 養育費も払わなくていいし、離婚もなかったことになるんだよな!? だって悪いのはアイツとお前なんだから!」
「……離婚が成立している以上、彼女が誰と付き合おうとも、元夫であるあなたが口出しできることではありません。今のあなたは他人であり、よって今この場にいるのは不法侵入にあたります。速やかに退出するのが道理かと」
「はぁ!? ここは俺の家だぞ! 出ていくのはお前のほうだ!」
……なんとなく、男の立場が見えてきた僕である。でも、今の彼の態度では、とても我が子にこっそりプレゼントを届けに来たとは思えない。
「あの……あなたが、ヤミヤミサンタなんですか?」
「ああ? 誰だお前」
「えっと……」
「私の連れ子です」
「僕連れ子です!」
「つーか何持ってんだよ! まさかそれで撮ってるとか……!」
「そ、それより答えてください! あなたってヤミヤミサンタですよね? なんであんな都市伝説を作って、自分の子供を怖がらせるようなことをしたんですか!?」
相手の高圧的な態度に、嫌な思い出が蘇りかける。僕自身怯みそうだったけど、ここで引けないと一歩踏み出した。
「……罰だよ」
男は、唸るように言った。
「俺の子供のくせに俺を苦しめた罰だ。俺はあれから精神科に三回も通ったし、今も薬を飲んでる! なのにこいつらだけ罰を受けてないのはおかしいだろ! だから――!」
「うわあ、マジで病んでる! メンタル的な意味じゃなくて気質が! これ筋金入りのヤミヤミサンタだ! 陰湿さが一緒!」
「だ、だだだ黙れ! 変なツノつけやがって!」
「このツノをバカにするってことは、百均の企業努力とデザイナーさんをバカにすることですからね! さぁパパ崎! 早く成敗してしまいましょう!」
「オーケー、息子よ。さて、闇より現れし哀れなるネーミングセンスの道化よ。この委託系サンタが引導を渡してやるとしよう」
「う、うるさいうるさいうるさい! 俺の邪魔をするヤツは殺してやる!」
「ッ……!」
男が僕に向かってこようとする。だけど直前で曽根崎さんが叫んだ。
「ビデオのスイッチを押せ!」
言われたとおり、ビデオのオンオフボタンを押す。するとレンズが外れ、中から勢いよく何かが飛び出してきた。
それは満遍なく男の顔を覆った。男は急いで引き剥がそうとしたが、粘着力がすごいのかビクともしない。やがて動きが鈍くなったかと思うと、どうと倒れた。
「……ホームセンターしろせ製の防犯グッズだ」
動かなくなった男を見下ろし、曽根崎さんが吐き捨てる。
「粘着製の高い高密度のネットを放つことで、相手の動きを封じることができる」
「なるほど……。相変わらずすごいグッズですね」
「欠点としては、顔に放った場合呼吸ができなくなることだな」
「じゃあ早く助けないとじゃないですか! あ、外に出してからのほうがいいか!」
「待て、ルドルフ君」
「なんですか!?」
「私はサンタだ。よって子供にプレゼントを配るのが本分。メリークリスマス」
「それは……それはよろしくお願いします!」
曽根崎さんが男の子の枕元にプレゼントを置くのを見ながら、僕は男を部屋の外まで引きずっていく。曽根崎さんも人間らしい一面があるものだ。よもや、男を運ぶのが面倒だから言い出したとは思いたくないけど。
なお、男の子はこの騒ぎの中でも全く動じず爆睡していた。
男を警察に引き渡し、男の子のお母さんともお話をして、無事事件は解決となった。男の子とお母さんは、明日にもあの家から遠くの土地に引っ越すらしい。これで、もうあの男が二人に嫌がらせすることはできないだろう。
そうして一仕事を終えた僕は、自宅に帰ってきていた。時計を見ると、日付が変わる直前。そこでようやく、今日が自分の誕生日だと思い出したのである。
「なんか、とんでもない誕生日になっちゃったな……」
だけど、そんなに悪いものじゃなかったと思う。最後に見たお母さんのホッとした笑顔を頭に浮かべながら、僕は片付けをしようと腰を下ろした。
「あれ……」
ふいに、曽根崎さんから預かった袋に何か入っていることに気づく。取り出してみると、それは小綺麗に包装されたプレゼントだった。
「……」
ひっくり返してみると、『ルドルフ君へ』ときったねぇ字で書かれてあった。
「……あーもう」
顔を覆う僕は、曽根崎さんのサンタ服のポケットにあるものを突っ込んだことを後悔していた。……明日はヤツの誕生日なのである。
発想が被るなんて、ほんと恥ずかしい。
「……余ったお菓子とかかな……」
照れをごまかすためにブツブツ呟いて、リボンをほどく。曽根崎さんの性格的にそれはないかなと思うし、まあお菓子ならお菓子で嬉しいんだけど。
窓の外は凍るように冷たくて、暖房のついていない部屋もまた然りである。だけどなぜか胸の内は暖かくて、僕はすっかり寒さを忘れてしまっていたのだった。
完
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