ノンストップ・ラブ〜天使は突然舞い降りた〜
※女装した景清君に恋しまくってしまった、とある警察官の話です。
その天使は、ある夜突然舞い降りた。
通報があって、空き地に駆けつけた時のこと。数人の警官が手配されたにも関わらず、あったのは一台の車と二人の人間だけ。何も変わったことは無かった
――いや、違う。一つだけあった。
おれの運命が変わったのである。
それは、スーツの男の腕に抱かれている彼女を見た瞬間。肩より少し長めのストレートヘア。レトロでしとやかなロングワンピース。華奢な手足。長い睫毛。
雷が落ちたような衝撃だった。心臓はドキドキして、立っているのがやっとなぐらい足が震えて。
「あ、あの……」
「なんだ」
「大丈夫ですか? その子……えっと、あなたの恋人ですか?」
女の子は眠っているようだったので、スーツの男に話しかける。だが男は少し考え、首を横に振った。
「いや、私の助手だ。ショックで気を失っているだけだから、じきに目を覚ますだろう」
「そ、そうですか! では!」
――事件性の無い現場だったこと。彼女が男の恋人でなく助手だったこと。そして何より彼女の愛らしさにあてられたおれは、勢いよく頭を下げ男に両手を差し出した。
「助手さんに一目惚れしました! 連絡先を教えてください!!」
そのきっかり一秒後、男からの前蹴りと背後からの阿蘇さんの回し蹴りが同時に襲いかかったのである。
「はあー……」
スマートフォンを取り出す。そこに小さく映った女の子の姿に頬を緩ませる。衝撃の出会いを果たした翌日、おれはまだ痛む膝と尻をさすりながら恋の余韻に浸っていた。
「可愛い……可愛すぎる……」
「的場さん、またその子見てるんですか。仕事中ですよ」
後輩の青木が話しかけてくる。だが無視して、引き続き女の子を見つめていた。
「愛らしい……本当にこの世界の子? この子だけ次元違ってない? すごい飛び出してくる……」
「写真は二次元ですよ」
「アイドルとかじゃないの逆に奇跡だよ……。でも、これだけ可愛かったら毎日スカウトされてるんだろうな。だけど『みんなのアイドルじゃなくて、たった一人のお嫁さんになりたい』って断り続けてるんだ。可愛い」
「完全に妄想じゃないですか」
「毎日デートしたい……。口が削げ落ちるぐらい好きって言いたい……」
「重症だな、これ」
後輩が何か言ってるけど、気にしない。だって今世界はバラ色なのだ。恋ってすごいなあ、こんなに視界がクリアに見えるんだもの。
「また阿蘇さんに怒られますよ。っていうか、そういう写真撮ってたのバレた時点でぶっ殺されると思いますが」
「走り出した恋が止まらない……」
「はいはい、仕事はしてくださいよ」
「これで彼氏いなんだから、ほんと神様はいるんだなって……」
「え、そうとは限らないじゃないですか」
後輩の衝撃的な発言に振り返る。こざっぱりした顔立ちの彼は、おれを見るなりウンと頷いた。
「そりゃ現場にいたスーツの人は彼氏じゃないんでしょうが、だからって恋人がいないとは限らないでしょ」
「そそそそんな」
「それに、的場さん以外の人もその子狙ってますし」
「マジで!? まさかお前も!?」
「私は違いますよ。でも八尾さんとか、佐治さんとか……」
「こうしちゃいられねぇ!」
おれは、ダッシュで部屋から出ていった。背後から青木の「仕事ーっ!」という声が聞こえたけど、止まらなかった。恋ってそういうとこあるから。
数分後。おれは阿蘇さんにアイアンクローをくらっていた。
「どいつもこいつも色ボケやがって……!」
「まだおれ何も話してないです、阿蘇さん!」
「青木から連絡来たわ!」
「あの野郎!」
「写真は消しとけ」
「チクショウ!!」
青木はいい後輩だが、真面目すぎるのが欠点だ。アイツに話すんじゃなかった。全部バレたもんな。
「……で、お前もあの子が気になってんのか」
「はい!」
「しょうがねぇなー、うちの警察」
阿蘇さんは呆れたようにため息をついた。そんな彼の前で、おれはべたりと床に這いつくばる。
「お願いしますよ、阿蘇さん! せめて名前だけでも教えてください!」
「えー」
「せめて連絡先だけでも! できれば仲人も!」
「欲が深ぇな、お前は」
「恋は人を変えますから!」
「お前は元からそういう気質あったと思うけど……」
「お願いです……! おれにチャンスを! チャンスを……!」
いっそみっともないおれの懇願に、阿蘇さんは頭をかきながら何やら考えている。けれど、やがてポンとおれの肩に手を置いた。
「……ま、お前の熱意は分かったよ。だから普通に座れ」
「阿蘇さん! だったら……!」
「いや、紹介はしねぇ。つーかあの子、普通に彼氏いるし」
「えっ……!」
――覚悟はしていた。していたけど、想像と直に突きつけられるのとでは話が違う。
手が震える。泣きそうになる。あの子の(脳内イメージでの)笑顔が蘇る。あのフルプライスなスマイルが、まさか他の男に向けられているなんて。
……だけど、ここで諦められるのか? 本当に、おれはそれでいいのか?
「……わかりました」
「お、わかってくれ……」
「じゃあ、おれ、その子が彼氏と別れるまで待ちます!!!!」
「……」
阿蘇さんがドン引きしている。それは痛いぐらいにわかったけど、負けじとおれはしがみついた。
「おれ、待ちます! こんなことで諦めたくないんです! お願いします!」
「はあ……」
「せめて、せめて彼女におれのことは知っていてもらいたい……!」
「……うーん」
「阿蘇さんんんんん!!」
困り果てる阿蘇さんに構わずすり寄る。けど、突然ガシッと前髪を掴まれた。
「ダメ」
鋭いけどカッケェ阿蘇さんの顔が、すぐ目の前まで迫る。近すぎて、思わずヒュッと息を呑んだ。
「――あの子、俺のだから」
「……!」
そして、パッと手を離された。
「そういうことだ。手出しすんなよ」
「……ふ、ふぇい」
「あと仕事しろや。上司に言いつけるぞ」
「は、はいっ!」
まだ震える足でなんとか立ち上がり、逃げるように部屋を後にする。失恋の悲しみと阿蘇さんに間近に迫られたことによるショックでもうめちゃくちゃ泣きそうだったけど、なんとか堪えて足を動かした。
これで諦めがついたかと言われたら、全然そんなことはない。でも、一区切りはついた……かもしれない。
(でも、でもっ……!)
走ってるうちに鼻水が出てきた。あと、涙も。
(阿蘇さん、すいません……! おれ、やっぱりあの子のことが好きです……!)
――心の衝動だけは、誰にも邪魔できない。おれは、見たこともないあの子の笑顔を想いながら、ひたすらに走っていたのだった。
阿蘇「つーわけで、色々牽制はしてんだが……」
曽根崎「まーだ景子騒動終わってなかったのか」
景清「ぎゃー」
阿蘇「申し訳ない」
景清「っていうか、なんで事務所まで突き止められてんですか」
阿蘇「多分、兄さんが助手と言ったからだろうな。そこから頑張っておのおのが調査し、ここへと辿り着いた」
景清「嫌な執念だ……」
曽根崎「なんでもいいが、次に奴らが事務所に来たらマジで窓から蹴落とすからな」
阿蘇「それでいいよ、もう」
景清「良くはないですよ」
曽根崎「他の案としては……そうだなあ。景子君にウェディングドレスを着てもらい、左手の薬指にはめた指輪を見せびらかしながら署内を闊歩してもらうとか」
阿蘇「そうするか」
景清「嫌に決まってるじゃないですか! 僕どういうジャンルの人ですか!」
曽根崎「もしくは、私が女装し景子を自称することで奴らの夢を打ち砕くとか」
阿蘇「それもいいなぁ」
景清「ダメですよ、完全別人ですし! クソッ、なんだってこんな大ごとに……!」
阿蘇「君は可愛いからな。仕方ない」
景清「真顔で言わないでください! 絶対からかってるくせに!」
完
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