ハロウィンパーティー

「ご機嫌よう! 今日は絶好のハロウィン日和ね! コスプレ大会をするわ!」

「ええええええ!?」


 曽根崎さんの事務所に颯爽と現れた絶世の美女は、艶やかな黒髪をなびかせ開口一番そうのたまった。

 右手にはクジ、左手にはキャリーバッグ。これから何が起きるかあらかたの予想がつく装備である。


 ……えー……ヤダなぁ。この間女装して痛い目を見たばかりなのに。でも、だからといって柊ちゃんの提案に真っ向反対するのも怖い。

 やきもきしていると、僕の隣でココアを飲んでいたお兄さんが面倒くさそうに言った。


「お前なぁ、ハロウィンとか子供のイベント事だろ。いい年こいた大人が仮装してはしゃぐだなんて、恥ずかしいと思わねぇのか」


 阿蘇さんである。毎年ハロウィン絡みのトラブルで出動している警察官の人だ、そう思うのも無理は無いだろう。

 心強い反対勢力に僕がホッとしていると、フンと鼻で笑い飛ばした柊ちゃんが彼に一枚のチラシを突きつけてきた。


「ご覧なさい」

「……何コレ」

「ここから徒歩五分のスーパーの広告よ。本日限定、仮装して来たお客様に限り卵一パック無料なんですって」

「ノッた」

「阿蘇さん!?」


 卵一パックであっさり陥落した。安い。

 むしろそれぐらいなら僕が買うよ! 特売日まで待ってくれたら!


 チクショウ、他に、他に反対する人はいないのか!?


「わー、楽しそうだね。一段とスケベなヤツ無い?」


 そう言ってキャリーバッグを眺め回すのは、どうしようもない我が叔父・藤田さんある。

 一段とスケベなヤツをどうする気だよ。着る気か。


 いいや、この人は最初からアテにしてない。かくなる上は最後の砦……!


「曽根崎さん!」


 僕は、こういったイベントごとには一切興味が無さそうな雇用主を振り返った。曽根崎さんは困り顔の僕にしっかりと頷くと、立ち上がり全員に向かって宣言する。


「――それではこれより、第三回ハロウィンパーティーを始めます!」


 まあまあ恒例行事じゃねぇか!!


 こうして僕は、いつもの愉快な仲間たちと仮装パーティーをすることになったのである。



 +++



「ヤダ、景清可愛いじゃない……!」


 もふもふの腕に、もふもふの足。あと、もふもふの尻尾と耳。

 僕は、全身もっふもふな狼男になっていた。


 感想は、なんというか、まあ。


「……温かいし、女装よりはアタリかなと思いました」

「景清! こっち向いて! できればもっと嫌そうに恥じらって! 尻尾持って! そう! いいよ!」

「叔父がうるせぇ……」


 パシャパシャとスマートフォンから連写音を響かせる藤田さんに、冷たい目を向ける。撮影許可は出していない。

 その隣では、曽根崎さんが顎に手をあて興味深そうに僕を見ていた。


「狼男ということは、つまり人狼か。なんせ元ネタが狼だ、北欧神話や果ては日本など世界各地に伝承が散らばっているが、大体共通するのは人間を喰らうという点であり……」

「つまり襲う側だと。参ったな、景清が可愛すぎてこのままだとこっちが食べてしまいそうなんですが、どうしたらいいですかね」

「ですかね? じゃねぇよ。断じてさせませんよ」

「分かった、積極的な景清に免じて叔父さん食われる側に甘んじる」

「そういう意味じゃねぇ」

「おー、トラブル?」


 この声は阿蘇さんだ。着替え終わった彼を一目見ようと振り返ったが、その瞬間全員が凍りついた。

 黒いローブに大きな鎌。ただそれだけのシンプルな装いなのに、隙間から覗く鋭すぎる目のせいでとんでもなく怖いシロモノに仕上がっている。その仮装の名は――。


 ――人の魂を刈り取る死の擬人、死神だった。


「こっわ!!」

「死神にあるまじき生命力が垣間見える。だがそれら一切関係無く怖い」

「その鎌、偽物ですよね? 本物じゃないですよね?」

「どっちにしろタダスケには不要だわ。何故なら一睨みで人が死ぬ」

「おうおうおうおう、好き勝手言いやがるぜ」


 阿蘇さんはニヤリと笑って鎌を振り回した。ふざけているつもりなのだろうが、シャレにならないぐらい怖い。ギャラリーから本気の悲鳴が上がった。

 似合ってはいるのだ。むしろ似合い過ぎるぐらいなのだ。

 だが、この姿で卵は買いに行けないだろう。子供は泣くし、おじいちゃんおばあちゃんは卒倒する気がする。


 そんな悪ノリが入った死神(警察官)の前に立ちはだかったのは、一人の絶世の美女であった。


「フフン、こうなったらボクの最高の仮装で雰囲気を中和してあげなきゃね! 見なさい! プリンセス・オブ・ザ・ワールド、月上柊の仮装を!!」


 何その二つ名。

 だがそれをツッコむ前に、彼女はバサリと派手に服を脱ぎ捨てる。

 もはや芸術の域に達した早着替え後に立っていたのは、スカート丈の際どい、背中がばっくりと開いたメイド服を着こなした柊ちゃんだった。


 あまりにも大胆なデザインの服に、身体的には同性と分かっていても思わず赤面してしまう。


「ちょ、ちょっと柊ちゃん、なんて服を……!?」

「なーによ照れちゃって。案外ウブなのね、景清」

「ウブとかじゃないです! た、卵買いに行く服じゃありませんよ!」

「元々ボクは行かないわよソレ」


 長い黒髪がサラリと流れる。白くて長い足がやたら眩しい。目のやり場に困るが、かといって変に逸らしてもおかしい気がする。

 どうしようかとあわあわとしていると、突然目の前が真っ暗になった。


「柊ちゃん、上に何か羽織れ。うちのお手伝いさんが困っているだろう」

「ヤダ、過保護」

「過保護じゃない。倫理的措置だ」


 曽根崎さんの声が頭の上から降ってくる。いつもなら払いのけている手だが、今回ばかりは少しホッとした。

 「しょーがないわねー」とぶつくさ言う柊ちゃんの声を聞きながら、ふと僕は思い至る。


 ――え? これってもしかして……いや、まさか……。


「……柊ちゃん」

「んー?」

「……もしもの話なんですけどね、もしも僕のくじ運が悪かったら、僕もソレ着ることになってたんですか?」

「ええ、モッチロン!」

「わああああああ!! あっぶねーーっ!!」


 全身の血の気が引いた。何ならここ最近で一番かもしれない。

 ガクガクと震える僕の目を隠したまま、曽根崎さんは説明してくれる。


「いわゆる今年のキワモノ枠だよ。ちなみに去年は忠助、一昨年は藤田君だった」

「タダスケはチャイナドレス、ナオカズはAVでよく見るエロいタイプの赤ずきんちゃんが着てる服が当たったわね」

「二度と思い出したくねぇな」

「オレは目覚めかけたけどね」

「やめろ、しまっとけ」


 確かに、これ以上この人の性癖が開花したら収集がつかなくなりそうだ。

 まあ別に今もついてないんだけど。


 そして、ようやく曽根崎さんが手を離してくれる。柊ちゃんはボレロを羽織り、だいぶ接しやすい見た目になっていた。

 良かった良かったと胸を撫で下ろしていると、今度は後ろからギュッと抱きつかれる。


「なんだなんだ今度は!」

「叔父さんだよー」

「藤田さん!?」


 多分仮装にかこつけて何かしようとしているのだろう。そんなこの人の仮装はというと……。

 黒いマントに、おもちゃのつけ牙、そして黒いスーツ。

 間違いない、彼は――!


「正解! オレはドラキュラだよ。景清の血が飲みたいなぁ」

「わああああ! 阿蘇さーん!!」

「はいよ、死神スラッシュ」

「ギャーッ!」


 首筋を舐められそうになったが、間一髪容赦の無い一撃が藤田さんの後頭部に炸裂し、僕は無事生還した。

 誰だこの人にドラキュラを割り振った神は。一瞬天を恨んだが、どんな仮装でも彼はセクハラしてただろうと気づき、やめた。


 藤田さんは阿蘇さんの足の下で、半死半生ながら未練がましく手を伸ばしている。


「血が……血が欲しいです……」

「……そんなに欲しかったら、俺が飲ませてやろうか?」

「ん? え? それって……」

「セルフサービスってどう思う?」

「自分の血を飲めってか? そんな悲しいドラキュラがいるかよ」

「たくさん出してやるから残さず飲めよ」

「オレ出血多量で死ぬ予感」


 ……おお……藤田さんが見事に抑えられた。阿蘇さんの死神っぷりの加速が凄まじいが、流石幼馴染、扱い方を熟知している。


 そういえば、曽根崎さんの仮装は何なのだろう。彼の姿を探そうと後ろを向いたら、カボチャと目が合った。


 カボチャと、目が合った。


「前が見えない」


 いや曽根崎さんだコレ。


「ちょっとシンジ、ちゃんと中くり抜けてないじゃないの。しっかりしなさいよ」

「用意したのは柊ちゃんだろ。私はかぶっただけだ」

「しょうがないわね、貸しなさい」


 曽根崎さんは、いつものスーツに黒のロングコートを着用している。ただし、首に巻いているのはネクタイではなく紅色のスカーフだ。それに柊ちゃんに直してもらったカボチャをかぶれば、スタイルの良さも相まって、あたかもホラーゲームに出てきそうな仕上がりとなる。


 ジャック・オー・ランタンの登場だ。


「……うわー……カッケェ……!」

「おお、ありがとう」


 その完成度の高さに、僕はつい素直な感嘆を漏らしてしまっていた。

 いや、僕こういうキャラが好きなんだよ。いるよね、トリッキーな言動で周囲を煙に巻く、謎が多い味方か敵か分かんないキャラ。かっこいいよね。

 いいなぁ曽根崎さん。僕これが良かったなぁ。


 羨ましくてジロジロ見ていると、曽根崎さんは気まずそうにスカーフを片手で直した。


「……君は変わった趣味をしてるな」

「え? かっこよくないですか?」

「知らんよ。そんなに好きならかぶってみるか?」

「でも僕、狼耳つけてるんで……」

「変な所で律儀だな。取ればいいだろ」

「いたた! やめてください!」


 狼耳を引っ張る曽根崎さんの手を叩く。外そうとしただけなのだろうが、ピンでしっかり止まっているのでそう簡単にはいかないのだ。

 痛みに頭を押さえる僕を見て、カボチャ頭は驚いたような声を上げる。


「……まさか、本当に生えてる……!?」

「ンなわけねぇだろ!」

「もう一度触っていいか? どんな風になっているか観察したい。なんせ今の私のカボチャ頭だからな、近づかないとよく見えないんだ」

「だからただの仮装だっつってるでしょ! よく見えないならカボチャ取ればいいじゃないですか!」

「おや、君はこの姿の私が好きなんだろ?」

「それとこれと話は別で……!!」


 場が混乱してきた所で動くのは、美女と相場が決まっている。

 ツカツカと僕に歩み寄ってきた柊ちゃんは、冷えた缶ビールを僕の頬に押しつけると、素晴らしい笑顔で言った。


「景清、燃料!」


 燃料なら仕方ないな!


 僕は柊ちゃんから缶ビールを受け取ると、曽根崎さんが止めるのも聞かず一気に飲んだ。


 そうして、騒がしすぎるハロウィンの夜は更けていく。翌朝叩き割られたカボチャの横で酷い二日酔いに悩まされるとは、この時の僕はまだ知らないのであった。



+++



「トリックオアトレード!!」


 背中から聞こえてきた明るい声に振り返る。

 思いの外目の前に迫っていたのは、ツギハギだらけの青い顔。


 ツッコミどころはたくさんある。が、とりあえず食べていたポッキーを差し出すことにした。


「何してんの、三条」

「ゲェッ、なんでバレた!?」

「まぁ声で分かるよね、普通に」

「流石だなぁ、景清。せっかく驚かしてやろうと思ったのに」


 残念そうにそう言って、彼はフランケンシュタインのマスクを外す。その下から、明るい目をした男の顔が出てきた。

 ポッキーを受け取ってポリポリと食べる彼を見ながら、僕は先ほどの発言について言及する。


「っていうか何だよ、トリックオアトレードって」

「お前知らないの? そう言うとお菓子が貰えんだよ」

「トレードじゃなくてトリートだからね。施し。トレードだと交換になっちゃうよ」

「良くない?」

「え……うん、まあ、お前がそれでいいならいいけど……」


 でも、三条より頭のいい女子高生・大江ちゃんにもツッコまれるんじゃないかな……。こんなもの買ってるってことは多分彼女にもやるだろうし……。


「もうやりました」


 やったのかよ。


「ギリギリまで顔近づけて『バァー』ってやったら、顔真っ赤にして卒倒した。やっぱ怖過ぎたのかなー」


 大江ちゃん!!!!


 受験生なのに本当に可哀想である。いや、これはこれで良かったのか? とにかく、彼女にとってトレードがどうのこうの所では無くなっただろうということだけは分かった。


 三条は二本目のポッキーに手を伸ばし、空を見上げる。


「だからねー、謝罪も兼ねて今日大江ちゃんにお菓子持ってってやろうと思ってさ。何がいいかな。煎餅?」

「甘いものの方がいいんじゃないのー?」


 それこそ、色んな意味で。

 ニヤニヤしながら言ってやると、ヤツは不思議そうな顔をしてこちらを見た。


「ざらめ?」

「煎餅は譲らないんだ」


 ともあれ、一番健全なハロウィンを過ごしているようで何よりである。僕は昨夜事務所にて開かれたコスプレパーティーを思い出し、まだ二日酔いに痛む頭を押さえたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る