「死なないカエル」という怪異
※短編ホラー「死なない」の解決編。
――カエルを踏み潰し始めた男を、曽根崎は次第に落ち着いてきた動悸と共に眺めていた。
“潰れたカエルを踏まずにはいられない怪異”。
聞いた時には何のこっちゃ分からなかったが、実際体験してみればこの通りである。ミイラ取りがミイラになるではないが、まさしく怪異に取り込まれてしまっていた。
腕時計を見る。ここに来て“前の人”と交代してから、かれこれ三時間ほど経っていた。
「どうしたもんかね……」
人間には体力というものもあるし、あまりこの男を放置しておくわけにはいかない。曽根崎は数秒考えた後、ちょうど事務所にアルバイトに来た頃であろう青年に電話をしようとスマートフォンを手に取った。
「……あ、景清君? ちょっと持ってきてもらいたいものがあるんだが……」
多少文句は頂戴したものの、最終的には首を縦に振ってくれるのが彼がお人好したる所以だろう。電話を切った曽根崎は、お手伝いさんが来るまでじっと男を観察することにした。
+++
「え、どういう状況ですか、これ」
やがてやってきた端正な顔立ちの青年への説明もそこそこに、頼んだものを要求する。訝しげな様子を隠そうとしないものの、彼は道具を渡してくれた。
「言われた通りの場所にあったものを持ってきましたが……これ、何に使うんです?」
「今回は潰れたカエルが悪さをしているようだからな、この粘土を押しつけて死体を回収しようと思う」
「うまくいきますかね」
「分からん。ともあれ、まずはこいつをひとちぎり……」
手元の粘土をちぎり、男が足を上げた瞬間を狙って滑り込ませる。何度か踏んでもらったあと、即座に粘土を回収した。
「死なない、死なない、死なない、死な……あ、あれ?」
途端に、男の奇行が止まった。辺りを見回し、曽根崎らがいるのに気付いて悲鳴を上げる。
「こ、こ、これ、一体何が……あ、あんたが……!?」
「どうも、先程は助けてくれてありがとう」
「なんでちょっと偉そうなんだ……!?」
「もうカエルは怖くないか?」
「あ、ああ……。いや、なんでこのカエルは……!」
「あまり深く考えない方がいい。今回は運悪く事故に遭ったと思い、とっとと忘れてしまえ」
そう言ってシッシッと手を振るも、男は躊躇うようにそこにとどまっている。……まあ、奇怪な行動を取っていた私に声をかけたぐらいだ。好奇心は人一倍あるのだろう。
どうしたものかと思っていると、お手伝いさんである景清がヒョコッと顔を出した。
「……あの、やめた方がいいと思いますよ」
なんだなんだ、何をするつもりだ。
とりあえず見守っていると、景清は声を潜めて言った。
「……この人、怪異専門の掃除人なんですけどね。案外間抜けな失敗をする癖に、すーぐ法外な金銭を要求してくるんですよ。今回はお互い様のようなので彼も大人しくしてますが、これ以上関わってもし貴方に何かあった場合、今度は容赦なく数十万単位で解決料を請求してくると思います。まあ、もしそれでもいいと仰るなら今しばらくここにいても……」
「さ、さよなら!」
「逃げた」
それはもう、見事な勢いで逃げた。景清を振り返ると、少し満足げな様子で胸を張っている。
「誰だって命とお金は大事です」
うん、それは真理だな。
なんか余計な一言も混ざってた気がするけど。
何はともあれ、こちらを解決しなければならない。曽根崎はカエルの死体がくっついているであろう部分を内側に丸めると、懐から取り出した板の上に置いた。
「どうするんですか?」
「死体が取り除かれてすぐ奇行が収まった所を見るに、やはり怪異の発現元はカエル自体だろう。ならば、これを跡形も無く消せば怪異も消え去ると考えられる」
「じゃあ、地面に埋めるとか……?」
「いや、もっと物理的に消す」
「というと?」
「燃やす」
「燃やす!?」
「燃やす。この粘土は可燃性でな、とにかくびっくりするぐらいよく燃える」
「ええええ……」
「そういうわけだ、離れてろよ景清君。スリー、ツー、ワン、ファイヤー!」
ボッという音と同時に、板の上で丸められた粘土がガスライターにより発火する。一瞬青白く立った炎は、しかしすぐにただの炭の塊と化した。
「んー……」
その辺の枝でつついてみる。どうやら、カエルの死体も綺麗に燃えたようだ。
「……これでもう大丈夫ですか」
「多分。念の為、この炭はその辺の川にバラバラに撒いてみるが……」
「大丈夫なんですかソレ」
「供養だよ、供養。元はカエルだったんだ、水の所の方が喜ぶだろ」
「念仏の方がいいのでは?」
「カエルに念仏が効くかよ」
炭を集めて、立ち上がる。多少こぼれたが良しとする。
「……なんで、こんな奇妙な怪異が起きちゃったんですかねぇ」
風で散っていく炭を見つめてぽつりと呟く青年に、曽根崎は淡々と返した。
「誰だってそうだろ。面白半分で自分を殺したがる奴には、腹が立つもんだ」
無論、それが正解かどうかなんて分からない。それでも景清は少し納得できたのか、小さく頷いたのだった。
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