曽根崎と景清以外幼児になった話
※こどもの日特別短編。
なんでも怪異で済ませるな。
多分、怪異の仕業だと思う。
そうでなけりゃ全く説明がつかない。
「……」
「……」
気がつくと、僕は曽根崎さんの膝の上で絵本を読み聞かせられていた。
「なんっだこの状況!?」
「お。やっと元に戻ったか。なら早く降りてくれ。重い」
「いやいやいや!? 説明!! 説明!!」
「説明も何もなぁ。君が事務所に入ってくるなり、突然ドロンと幼児になってしまったんだ。訳がわからん」
「ドロンと!? 幼児に!?」
「それからかれこれ二時間。考えるに、どうやら事務所に入ってくる人間が一時的に若返る仕組みになってるようだな」
「なんで!?」
「いやぁ怪異怪異」
「納得できるか!!」
ともあれ、そういう事らしい。しかし、僕が子供になっている間せっせと面倒を見てくれたという曽根崎さんの記憶は一切残っていなかった。
……残っていれば、羞恥心で死んでたかもしれない。命拾いをした。
「でも、それならしばらく事務所に立ち入らないよう皆に伝えないといけませんね」
「その通りだな。取り急ぎ忠助に連絡して……」
「ちーっす、兄さん。また妙な案件が入ったから見てほしいんだが……」
「ヤッホー、シンジ! そろそろ原稿できたかし……」
「こんにちは曽根崎さん、ちょっと近くまで寄ったんで顔を出し……」
「ヘイ曽根崎ィ、田中の御大から用事があって……」
「あ」
「あ」
――何故か、こんな時に限って立て続けにやってくるものである。
阿蘇さん、柊ちゃん、藤田さん、烏丸先生は、事務所のドアをくぐるやいなや、僕らの目の前からドロンと姿を消した。
同時に足元に現れたるは、どことなく知人の面影のある幼児が四人。
「……」
「……」
そしてたった今から、ここは託児所になったのである。
+++
「やま! やまのぼり!」
「やめろ忠助! 降りなさい!」
「おれはてっぺんをとる!」
「いだだだっ! やーめーろーっつってるだろ!」
「……ッ! た、ただくん! ぼ、ぼくも!」
「おう、ナオ! てつだってやるからのぼってこい!」
「うん!」
「チクショウ増えやがった!」
体にまとわりつくチビ阿蘇さんとチビ藤田さんを、剥がしては下ろす曽根崎さんである。……なんというか、予想通り阿蘇さんはガキ大将だったんだな……。
一方、僕はというと。
「はーい、あなた。ごはんができまちたよー」
「わー、ありがとう、柊ちゃん」
「どういたちまちて! きょうはね、おだんごなのー!」
可愛い可愛いチビ柊ちゃんと、おままごとをしていた。
お団子、と言われて差し出されたのは、丸められた曽根崎さんの原稿用紙である。……うん、まあ、また後で印刷し直したら大丈夫大丈夫。
受け取り、もぐもぐと食べる真似をした。
「おいち?」
この頃から既にとんでもない美女の片鱗を見せる幼女の笑顔に、不覚にもドキッとする。……誘拐されないのが不思議なぐらいの愛らしさだ。僕が親なら絶対家から出さないと思う。
「ねぇぽち、ごはんできたっていってるでちょ!」
しかしそんな僕の心配などお構いなしに、彼女はゆさゆさとポチ役のチビ烏丸先生を揺さぶっていた。床に丸まって寝ていた彼は、しつこいお誘いに面倒臭そうに片目を開ける。
「……」
そして、また寝た。なんだこの人、一ミリも変わってねぇな。
「ぽちぃ!」
柊ちゃんのゆさゆさが激しくなる。僕は慌てて間に入ってやった。
「しゅ、柊ちゃん、そこまでにしとこ? ポチは今眠いんだってさ」
「やぁ!」
「んー、困ったな……。それじゃあ、あっちの忠助君や直和君と遊ぶのはどう?」
「やばんできらい!」
「典型的な男の子だからなぁ……」
今や曽根崎さんは、頭まで登頂されていた。怒っているが、阿蘇さんも阿蘇さんでしがみついて離れようとしない。
珍しくジャケットを脱いでベスト姿になっている曽根崎さんが、僕に向けて声を張り上げた。
「景清君! こいつをどけてくれ!」
「もじゃもじゃ頭は掴みやすいから、いいですね」
「何微笑ましく見守ってんだ! あああああコラッ! 降りなさい!」
「……! た、ただくんをいじめるなっ!」
「痛ぁっ! 逆だ逆! 私がいじめられてるんだ、よく見ろ藤田君!」
いやぁ、ほんと仲がいいなぁ。
そうやって目を細めて眺めていると、ふと何かが膝に乗ってきた。
「……」
烏丸先生である。
「……どうしたの?」
「……」
しばらく何か両手で探っていたかと思うと、突如ぐでっと力を抜いた。やがて聞こえてくる、寝息。
どうも、暖かくて寝心地の良い場所を探していたらしい。猫かな。
仕方ないので頭を撫でてやっていたら、柊ちゃんが背中に飛びついてきた。
「ずるーい! ぽちったら、だーりんにねんねちてもらって!」
「だーりん? 僕のこと?」
「ぼくもねんねちゅる!」
「するの? いいよ」
幼児化が解けるまで二時間。どちらかというと寝てもらっている方が楽である。僕は、柊ちゃんに向かって片手を広げた。
「おいで」
「はーい!」
元気いっぱいに柊ちゃんが飛び込んでくる。その際烏丸先生が踏まれたが、一切起きる気配は無くマイペースに眠っていた。
「はーい!!!!」
「わわわわ、ただくん、まってぇ!」
そして何故か阿蘇さんと藤田さんも飛び込んできた。完全にキャパオーバーである。
「やま! ふたつめ!」
「わあああ登らないでください!」
「んもー、どきなちゃいよ! おとこってきらい!」
「だれだよおまえ。あっちいってろよ」
「いやよ! だーりんはぼくのだもん!」
「これ、だーりんってやまなのか?」
「ただくん、ただくん」
「おうナオ、ちょっとまってろ! あとでなわおろしてやるからな!」
「縄下ろすの!? だめですよ、降りてください!」
「なまいきなだーりんだな!」
「だーりんじゃないんですよ! ほら、寝てる子もいるんですから騒がないで……!」
「すぴー」
「そんでマジで起きないな、この人!」
そして自由になった曽根崎さんは、ヤレヤレと事務所の椅子に腰を下ろしていた。他人事になるんじゃねぇ。
それでもしばらく相手をしていれば慣れるもので、数分後僕は阿蘇さんを下ろしつつ、柊ちゃんを構いつつ、オロオロする藤田さんの頭を撫でるという芸当を身につけていた。
「あれ、烏丸先生は?」
「ああ、ここ」
いつの間にか膝からいなくなっていた烏丸先生を探していると、曽根崎さんが自分の膝を指差して見せた。天パの男の子が、曽根崎さんの膝の上で丸まって寝ている。
「……より静かで暖かい場所を求めて、移動したんですかね……」
「いよいよもって猫じみてきたな」
「っていうかこっちも手伝ってくださいよ。手が足りないんです」
「残念、生憎私も動けないんだ」
抱っこしようとしたら、イヤイヤしてズボンを握りしめる烏丸先生である。もう動きたくないらしい。シンプルに曽根崎さんの膝が気に入っただけかもしれないが。
「だ、だーりん」
そして、こっちもこっちで遠慮がちな声がする。見下ろすと、ちっちゃい藤田さんが「なでて?」と言わんばかりの顔でこちらを見ていた。
……うわー、阿蘇さんにくっついてるだけかと思ったけど、懐かれるとめちゃくちゃ嬉しいな。っていうか可愛いな、この人。
でも僕はだーりんじゃねぇ。そんな名前じゃねぇ。
「ごめんね、藤田さん。今なでなでするね」
「ずるい、ずるいわ! ねぇだーりん、おとこなんてほっといて、ぼくとおままごとちまちょ!」
「ええと柊ちゃん、ちょっと待っててね。今藤田さんを……」
「やまーっ!!」
「阿蘇さんは降りててね」
「だーりん……」
「ああああよしよし! なでなでだよー!」
――千手観音の手が山ほどある理由が分かった気がする、二時間であった。
+++
「……へぇ、そんな事が……」
で、二時間後。
無事大人に戻った四人は、僕らの報告に渋い顔をして頭を抱えていた。
「……景清君、すまねぇ。クソチビの俺がそこまで迷惑かけるとは……」
「そういやおままごと、好きだったのよねぇ……。誰彼構わずダーリンにしてたから、保育園が修羅場になったってお母さんから聞いた事があるわ……」
「ごめん……もうごめん景清……」
「たくさん寝た気がする」
いや、一人だけケロッとしてるな。烏丸先生は終始曽根崎さんの膝で爆睡を決め込むだけだったもんな。
「ま、そんなに気にするな。怪異に携わっていれば時々こんな事も起こる」
「割り切れるか!」
「終わった事はしょうがないだろう。それよりみんな、曽根崎幼稚園に感謝しなさい。ほら、お礼」
三人はウッと言葉を詰まらせると、すぐにぺこりと僕に頭を下げた。
「「「ありがとうございました!!!」」」
「あ、いえいえ」
「何故私には言わない?」
「結構早い段階で離脱したからじゃないですかね」
「途中から柊ちゃんのおままごとにも付き合ってやったのに」
ふてくされる曽根崎さんに、烏丸先生だけが「膝どーも」と右斜め上の感謝を示していた。
こうして、ひとまず混乱は収束したのであるが……。
「曽根崎さん、依頼人の方ですよ」
「どうも、私が曽根崎です」
「は、はぁ……何故階段で話を……?」
――怪異が消えるまで事務所は使えず、しばらく僕らは立ち話で依頼相談を受ける事になったのだった。
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