だからきっと来年も
※5月27日藤田直和誕生日記念。
阿蘇と藤田の大学生時代の話。
誕生日にだけ、姿を消す友人がいた。
確か中学生ぐらいまでは、そんな奇行は起きていなかったと思う。始まったのは、大体高校生になった辺りからか。
一日、姿を見せない。一日、電話もメールも繋がらない。けれど当時の俺はそもそも深く考えていなくて、まあそんなもんなのかなと思っていたのだ。
――大学一年生になって奴と同居している今、同じことが起こるまでは。
「……クソが」
朝阿蘇が目覚めた時、既に藤田直和の姿は無かった。
辺りを見回し、テーブルの上に残されていた書き置きを見つける。「明日になったら帰ってくる」とだけ書かれていた紙は、即刻握り潰されゴミ箱に捨てられた。
まったく、ふざけてやがる。阿蘇は舌打ちをし、外へと飛び出した。
+++
「――藤田」
「う、わ? 阿蘇?」
草の匂いがする小高い丘の上。そこに腰を下ろしていた藤田は、突然現れた幼馴染にギョッと振り返った。
「隣いい?」
「え? あ、はい。勿論です」
思わずかしこまる藤田の横に、阿蘇は気にすることなく座ってやる。
……五月の風が二人の頬を撫で、葉がさざめく音が耳に落ちた。日差しが強くなってきたとはいえ、この時期はまだ木陰に入っていれば心地よい風を感じられる。
何も言わない阿蘇にしばらくもじもじとしていた藤田であったが、やがて観念したかのように口を開いた。
「……なんで、オレがここにいるって分かったんだよ」
「簡単な話だよ。お前の自転車が無くなってたから、自転車で行って帰ってこられる範囲を探してみただけだ」
「……電車に乗ってたかもじゃん」
「だから最初は近場の駅でお前の自転車を探したんだ。で、無かったからさっき言った探し方に変えた」
「……漫画喫茶とかにいる可能性は?」
「夜とかならそっちを探しただろうな。でも今日は晴れてたし、昼は無闇に金がかかる場所にはいかないだろうとふんだ」
「…………セフレに会ってたって可能性は」
「今日は誰にも会いたくねぇ日なんだろ。真っ先にその選択肢は排除したわ」
阿蘇に次々と看破され、返す言葉も無くなった藤田は大きくため息をついてうなだれた。
……実際の所、推理の殆どは兄の受け売りによるものだったのだが。まあこれは別に話す必要も無いだろう。
それより今は、藤田がいるこの場所である。阿蘇は、広々とした風景を眼下にして言った。
「なぁ」
「うん」
「……今日は、お前の父さんと母さんの命日っつったっけか」
「……」
「……だからって、こんなとこに来なくてもいいだろが」
藤田がいたのは、とある大きな霊園が一望できる丘であった。
阿蘇の言葉に、藤田はうつむいたままで返す。
「……オレさぁ、父さんと母さんの顔、知らないんだよね」
「うん」
「でもさ、あんな場所からオレと姉さんを連れて逃げてくれたんだ。教団の奴等はずっと悪く言ってたけど、オレにとってはいい親だったんじゃねぇかなって思うんだよ」
「……うん」
「けど、オレは父さんと母さんのことを覚えてない。それどころか、二人の墓のある場所さえ知らないんだ」
「……」
「オレは生まれて、今もこうして生きちゃってんのに。生んでくれた人達に、オレからできることが何もない」
膝を抱える藤田の声は、涙に滲んでいた。
「……なんでかなぁ。ちょっと会ってみたいだけなんだよ。それが、なーんでこんなに寂しいのかなぁ」
隣にいる阿蘇は、黙ったまま霊園を見つめていた。
――家族なら、自分がいるからと慰めただろう。恋人なら、自分が家族になるからと励ませただろう。
だけどそのどれにも該当しない自分が、藤田に言えることなど何も無いように思えたのだ。あるいは、下手なことを言ってこれ以上彼を傷つける事を恐れただけかもしれない。
そうして、かなり長い時間二人はその場に座り込んでいた。
「……藤田」
「ん」
だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。重い空気を押しのけるように、阿蘇は半ば無理矢理藤田に小さな包みを押しつけた。
「これ、やるよ」
「え、なんで?」
「なんでって……今日誕生日だろ。お前の」
「あ……ああ、うん?」
「うん」
「……え、プレゼント?」
「そうとも言う」
「マジで」
いつものようにふざけたりなどせず、藤田は素直に受け取った。開けていいかを阿蘇に確認し、丁寧に包みを解いていく。
中に入っていたのは、シンプルなデザインの小瓶だった。
「……香水?」
「そうそう」
「なんで? 俺色に染めたい的な?」
「ではない。実は俺、お前のしてる香水あんま好きじゃなくてさ」
「結構衝撃的な初耳」
「だから、そういうのとかどうかなって思って」
蓋を開け、軽く匂いを嗅ぐ。一瞬首を傾げた藤田だったが、すぐに「ああー」と納得した声を上げた。
「確かにこういう系、持ってないかも。女の子ウケしない印象あってさ」
「そうか?」
「うん。オレの勝手なイメージだけど」
「そんじゃデートにゃつけていけねぇか。それは引き取って、お前好みの香水に買い直そうか?」
「いや、いい」
手を差し出した阿蘇に、藤田は首を横に振った。その顔には、優しげな笑みが戻っている。
「……オレは、好きな匂いだから」
「……そうですか」
「そうですよ」
おかしそうに笑う藤田に、阿蘇はなんだか肩の力が抜けたように思った。
……プレゼントを、喜んでもらえた。それだけで、今日自分がした苦労が報われたと感じてしまったのである。
五月の風と、緑と、幼馴染と。整った容姿は、周りの風景すらも一瞬のうちに絵画にしてしまうらしい。
とはいっても、長い付き合いなら今更見惚れもしないが。阿蘇は立ち上がり、服についた埃を落とした。
「ほら、もう帰ろうぜ。ついでにケーキ買ってやるから」
「ヤダ太っ腹じゃん。オレ甘えちゃうよ?」
「いいよ。それかコーヒーゼリーにしとく? すげぇ美味いとこあるんだわ」
「あ、ならそこがいいな。案内してよ」
「……いや、やっぱダメだ」
「なんで」
「店長に十八歳になる娘さんがいるんだけどな。その娘さんに色目使ってくる男がいようもんなら、店長例外無く出禁にしてるらしくて……」
「オーケー弁える。事前に教えてくれてサンキューな」
少しずついつもの調子が戻ってくる藤田に、阿蘇もいつも通りに返してやる。そうして二人で並んで霊園を後にしようとしたその時、ぽつりと藤田が呟いた。
「……阿蘇」
「何」
「プレゼント、ありがとうな」
「おう、気に入ったなら来年もやるよ。せいぜい一年で使い切れ」
「ふふっ」
割と本気で言ってみたのに、また藤田はおかしそうに笑っていた。
「……すげぇ口説き文句」
冗談として捉えられたか、ちゃんと本気で捉えられたのか。それは結局、分からないままなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます