オレらのワクワク♡ホワイトデイ
ホワイトデー。
それは、バレンタインデーで何かしら貰った人がお返しをする日――。
だったと思う。多分。
「おい、クソ兄。飾り用の青い薔薇は完成したか?」
「もう少し……。光坂さん、そっちのクリスタルシュガー取ってくれ」
「はい、先生。あ、三条君、すいませんが生クリームを分けてもらえませんか?」
「はい!」
オレは三条正孝。大学生。
何を隠そう、バレンタインデーに家庭教師先の生徒である大江ちゃん(可愛い女の子)からクッキーを貰った勝ち組である。
……そして今、どういう因果かこのイベントに強制参加させられている男である。
「重さ的には、この高さで限界か……? あんまりでかすぎると運ぶのも大変だしな。三条君、そっちから見てみてくれ。右に傾いてねぇ?」
「だ、大丈夫だと思います!」
このカッケェ人は、警察官の阿蘇さんだ。がっしりとした体格で見た目はちょっと怖いけど、意外にもお菓子作りが得意らしい。今回の件についても、メインで指示を出してくれている。
「……しかし、できないことはないと言ったが、まさかこんな量のシュガークラフトを作らされるとはな。タダ働きもいい所だ。これが案件絡みだったら万単位で請求している……おい三条君、ピンク色の分はできたから光坂さんの所へ持って行ってくれ」
「はい、分かりました!」
この人は、オカルトフリーライターの曽根崎さん。目の下に濃いクマを引いた不気味な見た目だけど、手先がとても器用な人だという。実際、オレからすると信じられないぐらい繊細な飾りの花や小物をスイスイと作り上げている。
「ありがとうございます、三条君。では飾り付けますね。えーと……風水的にピンクはこちらにあった方がいいから……グレーは下にズラしてしまいましょう。どうでしょう、三条君。おかしなところはありませんか?」
「ええと、すごく豪華でオシャレだと思います!」
「良かったぁ」
この人は、占い師の光坂さん。ほんわかしたマシュマロのような人で、飾り付けの名人である。華やかなセンスとよくわからない根拠で、次々とケーキを完成に近づけていく。
――そう、ケーキ。
オレ達は今、ホワイトデーのお返しとして巨大なケーキを作っていた。
……なんで?
「あっちも全員で作ってたんだし、こっちも全員で作ってやるべきだろ」
「そういう理屈なんですか?」
「それもあるだろうがな。多分実際は、真正面から藤田君にお返しするのが照れ臭いだけブゥェッ」
「うるせぇな、ンなもんじゃねぇわ。クソ兄はクソ兄でとにかく高いチョコ用意しようとしてるしで、放っとけなかったんだよ」
「高けりゃ間違いないだろ」
「そういう所が雑だっつってんだよ。あんまり高価なお返しだと逆に相手が恐縮するだろうが」
「それは確かにそうですよね。……でも、これはこれで……」
光坂さんがケーキを見上げて、呟く。
「……ビックリされるんじゃないですかねぇ」
「……」
「……」
「……」
核心をついた一言に、全員が無言になる。そんな中、オレは光坂さんに尋ねた。
「あ、あの、光坂さんはこれで良かったんですか? 柊ちゃんへのお返し……」
「え、私ですか? ええ、柊ちゃんはこういうの絶対好きなので……」
「なるほど……」
それは分かる気がする。
とはいえここまで作っておいて今更後に引けるはずもなく、オレ達はいそいそとケーキの仕上げに入ったのだった。
+++
「え、バレンタインデーのお返しにみんなでケーキを作ったの!?」
あれから二時間後。曽根崎さんの事務所には、バレンタインデー組である面々が勢揃いしていた。
ケーキと聞いた景清は、なんだかワクワクしているようである。
「しかもみんなでって事は阿蘇さんもいるんだよね。じゃあ味に間違いはないし、楽しみだなぁ」
「へ、へへへへ……」
「え、なんだよ三条。それどういう反応?」
で、完成品を知るオレはというと景清と視線を合わすことすらできないでいた。ごめん我が友、多分お前の想像には沿えない。
そんなオレの気まずい態度を察してくれたのか、彼の叔父である藤田さんが助け舟を出してくれる。
「オレもすごく楽しみだよ、ありがとうね三条君。ところで景清、お前はどんな種類のケーキが好き?」
「そうですね、やっぱクリーム……あ、でもなんでも好きです。なんでも食べます!」
「ふふん、ボクはチョコの気分だわ! みっちゃんはイチゴが好きよね!?」
「は、はい! で、でも、私もなんでも……!」
柊ちゃんに華やかな笑顔を向けられた大江ちゃんが、あわあわと答える。
……せめて、大江ちゃんには喜んでもらえたらいいなぁ。
そんなことを思っていると、光坂さんがキッチンの奥でオーケーサインを出しているのが目に入った。
「……!」
いよいよ、お披露目の時間である。
……よし。オレだって頑張って作ったんだ。
せめてめっちゃ盛り上げるぞ!
「それでは皆さん、準備が整ったようです! オレ達からの愛と技術のこもったプレゼント、どうぞお受け取りください!」
奥の方から「愛はねぇわ!」と叫ぶ声や「あい……愛!?」と大江ちゃんが戸惑う声が聞こえたが、とりあえず気にしないことにする。
そうして、ガラガラとシルバーのキッチンカートを押した曽根崎さんと阿蘇さんが現れた。
その上に乗っていたのは……。
――おおよそ直径五十センチはあろうかという、見事なまでの球形。
青くクリームが塗り込められた上には、所々緑のチョコによるコーティングがなされている。
そして、随所に散らばる細やかな装飾。
「「「「…………」」」」
四人とも絶句する中、オレ達は口を揃えてケーキのテーマを発表した。
「「「「タイトル・地球!!!!」」」」
「なんっだそれ!!?」
真っ先に突っ込んでくれたのが景清だったのは、流石だなぁと思ったオレであった。
+++
「というわけだ。世界の半分を君にやろう、景清君」
「その文言、実際言われるとこんなに困るんだなぁと今実感してます。……でも本当にすごいなぁ……。装飾がとても細かくて、ずっと見てても飽きない。あ、これもしかしてエッフェル塔ですか?」
「そうそう。簡易だがサグラダ・ファミリアもあるぞ」
「すっげ……」
「君に褒めて貰えるとは作った甲斐があったな。世界の半分となると胃の負担が大きいが、これぐらいなら問題無いだろ。ほら、取ってやるから皿を寄越せ」
「なんだか尖った建物が乗ってる。これなんですか?」
「ドバイのブルジュ・ハリファ」
「ドバイ!!!!」
「バレンタインデーの時はありがとう。お礼と言っては何だが、君にドバイをくれてやる」
「さっきから曽根崎さん、完全に魔王サイドの発言ですよね」
曽根崎さんと景清は相変わらず仲がいい。作っている時は渋々だったが、景清に喜んでもらえたことで彼も機嫌が良くなったようだ。
一方、柊ちゃんは……。
「中国には四神を置くなんて……流石佳乃だわ。だとすると食べ順にもこだわらないといけないわね……」
「ねぇねぇ見て見て柊ちゃん! 南極にはヒトガタを置いたの!」
「ヤダ可愛い! アラこっちの南米にいるのはチュパカブラね!? すごく特徴を捉えてるわ! これもシンジの作品?」
「ううん、UMA関係は全部私が作ったよ! 柊ちゃんに食べてもらいたくて!」
「んなぁっ!?」
「え、どうしたの!?」
「……ふ、ふふふ、なんでもないわ……! ええ、全部制覇してあげる! 世界中のUMAを食べ尽くしてやるわ!」
「嬉しい! ありがとう柊ちゃん!」
「よーし! 佳乃も手伝いなさい! 今日のボクらはUMAハンターよ!!」
「はい、隊長!!」
……めちゃくちゃ楽しそうである。
心配はしてなかったけど、それにしても大喜びだ。柊ちゃんは、光坂さんと二人でUMA食い尽くしの旅に出てしまった。
で、阿蘇さんと藤田さんの方は……。
「アーンってしてください! アーンってしてください!」
「やめろ。床が汚れるから土下座すんな」
「酷くない!?」
「今からケーキ食うんだろ。ほらウェットティッシュで手ぇ拭け」
「手が汚れて使えないのでアーンしてくれませんか」
「ごめん、俺の腕二本しかねぇんだ」
「どっちもガラガラに空いてますよね?」
「……まぁ、一国ぐらいならしてやらんでもない」
「え、嘘、デレた。明日空からタチウオでも降ってくるんじゃねぇか」
「よし口開けろ」
「お恵みありがとうございます。えーと、お国名は?」
「バチカン市国」
「実質一口!!」
「これ食ったら帰れ」
「全然デレてなかった! 絶対帰らないですいただきますモグモグモグ」
「……」
「……あれ。ねぇ阿蘇、何か入ってる。何これ」
「あ? アーモンドスライスか毒だよ」
「毒の可能性もあんの!?」
……。
仲いい……のか?
いや、いいな。うん、とても仲良しだ。流石幼馴染。まるで漫才のような掛け合いである。
さて、周りの状況も確認できた所で、いよいよ彼女にお礼をしなくちゃいけない。オレは、大江ちゃんに向き直った。
大江ちゃんは、巨大なケーキの前で目に見えて狼狽えていた。
「ど、どこから食べていいのか分からなくて……!」
「あー、そうだよね。大作だもんね」
「え、ええ。崩すの勿体ないなぁと思います」
「じゃあオレが取っていい? 食べてもらいたい部分があるんだー」
「はい! はい! ありがとうございます!」
なんだかとても嬉しそうだ。良かった、大江ちゃんケーキ好きなんだな。
オレは、日本列島をごっそりとスプーンですくった。
「い、いいんですか!?」
「いーよいーよ。オレの担当日本だったの」
「なんだか神様みたいな発言ですね……」
「食べて! 大江ちゃん、イチゴが好きだって聞いたからいっぱい入れたんだ!」
この言葉に、大江ちゃんは「覚えててくれてたんですか……」と顔を赤らめてうつむいた。相当イチゴが好きみたいだ。良かった。
「栃木あたりに頑張って入れた」
「生産量一位ですもんね」
「あ、うまく取れた。大江ちゃん、食べて食べて!」
「ふぇ!? で、でも……」
「ほら見て、めっちゃ綺麗にスプーンですくえたんだ! 一度お皿に移してたら崩れちゃうし、このまま食って!」
「え、え、はい、そうですね! ではいただきます!」
顔を真っ赤にした大江ちゃんがオレの持ったスプーンに食いついた。その瞬間、眼鏡をかけた目がパチッと開かれる。もぐもぐとゆっくり咀嚼し、飲み込む。
そして両頬を押さえて、大輪の花が咲いたように笑った。
「美味しいーっ! すごく美味しいです! こんな美味しいケーキ食べたことないっ!」
「……」
「……ハッ! す、すいません! あまりに美味しくって我を忘れちゃって……!」
「……いや、全然……ええと……」
スプーンを持った手のまま固まる。心臓は煩いぐらいバクバクとしていたのに、なんでかそれを彼女に悟られたくなかった。
代わりに、周りの人から大江ちゃんの食べてる顔が見られないよう移動しつつ言う。
「……もう一口、どうですか」
「え、いいんですか!?」
……すごくわがままを言えるのであれば、来年もこの子からバレンタインデーに貰えたらいいな、などと。
そんな邪な事を思いながら、オレは彼女にケーキを差し出すのであった。
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