「え!? 僕達が戦隊ヒーローですか!?」・3

 僕がおかしくなっている間に状況は変わっていた。

「レッドは今、怪獣と一緒に控え室に閉じこもっている」

 阿蘇さんのもとに走って向かいながら、藤田さんが教えてくれる。

「でもどんどん様子がおかしくなってるんだ。今は他のスタッフの人にドアを押さえてもらってるけど、相手はあのミスター筋肉ダルマ・レッド。長くはもたねぇと思う」

「でも、僕らが行ってどうにかできることなんでしょうか」

「時間稼ぎさえできればいいんだ。その間にブラックとピンクが武器を用意してくれる」

「……わかりました。僕に何ができるかわかりませんが全力を尽くします。あと、もう一つ気になってることがあって――」

 自ずと僕の視線が藤田さんの左手へと移る。そこにあったのは、一台のハンディカメラ。

「……マジで撮影を続ける気ですか」

「あったぼうよ! テレビの前ではオレ達ヒーローの活躍を楽しみにしてるお友達であふれかえってるんだぜ!? 舞台見たか!? 設置されたスクリーン前で見たこともない数のお客さんが手に汗握ってんだ!」

「まだリアルタイム放送してたんです!?」

 段々と喧騒が近づいてくる。あわせて激しくドアを叩く音も。――あの部屋に違いない。数人のスタッフが家具や機材や体で懸命にドアを塞いでいたけど、向こう側からくる衝撃にその身を大きく跳ねさせていた。

 ゾッとした。数人がかりで押さえつけるのがやっとのパワーなんて、どれほどのものなんだ?

「思ったより限界っぽいね」

 でも藤田さんは意外にも冷静だった。口元に笑みまで浮かんでいる。

「でも大丈夫じゃない? だってアイツだし」

 そう言い残すと藤田さんは僕にカメラを投げてよこした。頼もしい。それも当然、彼は阿蘇さんの友人なのだから。

 地を蹴る。積み上げられた機材に飛び乗る。既に若干ひしゃげたドアに向かって、藤田さんは声を張り上げた。

「レッドさん、聞こえる!? オレだよ! お前の幼馴染兼いやらしいほうのフレンド兼いかがわしい意味でのパートナー、ブルー君だよ!」

 するとあら不思議、ぴたりとドアを殴る音が止んだのである。

 代わりに唸り声が聞こえ始めた。僕を振り返った藤田さんは神妙な面持ちで頷く。

「間違いねぇ。レッドだ」

「レッドさんスね」

 なんつー確認方法だ。そう思ったけど、カメラが回っているため言えなかった。

 しかし驚くべきは阿蘇さんの理性の強固さである。最後に僕が見た時点で、彼はきぐるみの中の何かに侵食されていた。僕よりも長い時間黒いものに侵されているはずなのに、まだ藤田さんの言葉を理解できるほどの正気を保てているのである。

 けれどそれはつまり、さっきの凄まじい力を行使していたのも阿蘇さんだってことになる。僕は唾を飲み、カメラ越しに藤田さんとドアを見た。

「どうします? 説得を続けますか?」

「そうだな、それが一番だと思う。レッドの心に直接届くような言葉を訴え続けよう」

 藤田さんは端正な顔を持ち上げて、まっすぐドアを見た。

「オレに任せて。この二十年間、一番近い場所でずっとアイツを見てきたんだ」

「ブルーさん……」

「おいレッド! 聞こえるか!」

 よく通る声が狭い廊下に響く。スタッフの皆さんも距離を置き、固唾を飲んで見守っていた。

 モデルのような藤田さんの顔は、大声をあげても醜く歪むことはない。実にカメラ映えする彼は思わず見惚れるような真摯な目をドアにやり、叫んだ。


「正気に戻れ! 無事に帰ってきてくれたらオレの×××を×××してオレもお前の×××を×××してあげるから!!」


 次の瞬間、ドアが粉々に破壊され阿蘇さんが飛び出してきた。


 卑猥な単語を連発していた藤田さんは、哀れドアの下敷きになった。

「なんで!!?」

「流石レッドさん。こんな時でもコンプライアンスを重んじてくれる」

「オレとレッドの友情のどこが倫理違反だよ! こんな世界おかしいよ!!」

「おかしいのはアンタの頭ですよ。それよりレッドさんを追わないと……あれ?」

 ドアの中を覗き見ると、例の怪獣のきぐるみが倒れていた。頭が外れている。咄嗟に目を背けようとしたけど、その前に中身を見てしまった。

「藤田さん、見てください! きぐるみがカラです!」

「なんだって!?」

 急いで駆け寄り確認する。きぐるみを持ち上げたり少し中を広げてみたものの、汗の臭いなど何かしらの生命体がいた痕跡は一切無かった。

「……部屋は密室だった。もしきぐるみに曲がりなりにも何かがいたってんなら、まだ部屋にいる可能性が高い」

「でも、誰もいません」

「ってことは、中のものは全部レッドに……?」

 藤田さんと顔を見合わせる。僕のほうはカメラ越しだったけど。

「急いで追うぞ!」

「はい!」

 時間稼ぎどころか火に油を注いだ形である。僕と藤田さんは全速力で阿蘇さんを追跡した。幸い、スタッフさんが協力してくれたおかげですぐに彼の行く先は見当がついた。

 だからこそ、僕らは真っ青な顔のスタッフさん達に頼まれたのである。

「どうか……どうかお客様達に被害が出ないようお願いします!」

 その人達の顔色が僕たちに移ったかのようだった。阿蘇さんの向かった先は――僕らがヒーローショーをする予定だった特設ステージだった。

「ど、どうしましょう、ブルーさん!」

「焦るな! 落ち着け! 大地に根を張れ!」

「しっかり立てって意味ですか!?」

 慌てる僕だけど、一方藤田さんは真剣な眼差しで会場のある方向を見つめていた。それからぐるりと体を動かし、カメラに向かい合う。

「会場にいるよい子のみんな! なんとレッドが極悪宇宙生命体ボッチゴンに乗っ取られてしまった!」

 いつもと違って引き締まった表情をしているせいか、二割増しで顔がいい。同性で一応血縁関係のある僕ですらドキドキしてしまう。

「ボッチゴンは新しい寄生先を探してみんなの元に向かっている! いいか!? 絶対にレッドと目を合わせるんじゃないぞ! ブルーお兄さんとの約束だ!」

 言い終わると同時に複数人の叫び声が聞こえた。会場のほうからだ。一度は引き攣った顔でそちらを見た藤田さんだったが、すぐまたカメラに視線を戻した。

「待ってて! すぐにオレ達チーム・グランザイムが助けにいくから!」

 また僕が聞いたこともない戦隊名を叫んで藤田さんは走り出す。一時停止方法がわからなかったのでカメラはそのままにし、僕も急いで彼に続いたのだった。




 最悪の事態も想像した。倒れるお客さん達と一人立ち尽くす阿蘇さん。けれどもう彼は僕の知っている阿蘇さんじゃない。得体のしれないバケモノに中身をすげ替えられたナニカだと――。

 けれど不吉なイメージは、ステージに到着するなり目に飛び込んできた美女によって霧散させられた。

「ニャミニャミ・キーック!!!!」

 どこかかわいらしい技名とともに、ピンク色の残像が横切る。反対側に吹っ飛んだ赤色のスーツを一瞥し、美女は艷やかな黒髪をかきあげて足元に向かって微笑んだ。

「さ、もう大丈夫よ! 今のうちにママとお逃げなさい!」

「お、お姉ちゃん……ありがとう!」

 見ると小さな女の子が柊ちゃんのそばにへたりこんでいる。だけど腰が抜けているのかうまく立ち上がれない。手を貸そうとした柊ちゃんだったけど、阿蘇さんもまた身を起こしていてそちらに気を取られていた。

「……!」

 気づけば勝手に体が動いていた。僕は柊ちゃんの近くまで駆け寄ると、女の子の体を掬い上げる。

「グリーン!」

「僕がこの子を連れていきます! お母さんはどちらですか!?」

「あの機材の近くよ! 頼んだわ!」

「わかりました! ……心配しないで。僕がお母さんに会わせてあげるからね」

 そう言って笑いかけると、腕の中の女の子はみるみるうちに真っ赤になりうつむいてしまった。気になったけど今はそれどころじゃない。女の子を抱えて指定された場所まで走る。

 お母さんらしき人はすぐに見つかった。両手を広げて待っていてくれたからだ。

「ママー!」

 全身でお母さんに抱きつく女の子の姿に安堵する。だけど再びステージに目を向けてギョッとした。

 ステージ上で柊ちゃんと藤田さんに対峙している相手は、確かに赤いスーツを着ていた。だがその頭は――。

「ボッチゴン!!?」

「そう、レッドはボッチゴンに寄生されて頭だけボッチゴンと化してしまったの!」

 答えてくれたのは柊ちゃんだ。どうやら被り物を用意するために、曽根崎さんと一度撤退したらしい。

「なんてことだ、レッドのオスみあふれる顔が! 人類繁栄に有意な減少が認められちまうよ!」

 嘆いているのは藤田さんである。こっちは本当にどうでもいい。

「今はブラックが最終超兵器(ファイナル・スーパー・ウエポン)を準備してくれているわ! だけどこの武器の効果を最大限に引き上げるには、レッドを大量の日光にさらすことが必要……!」

 柊ちゃんはギンと藤田さんを見た。今カメラを持っているのは彼だからだろう。

「みんなを守りつつ、レッドをお日様に当て続ける! いいこと!? これがボクらの使命よ!!」

 晴れた空によく響くハスキーボイスで告げられた行動指針に、僕と藤田さんは頷いた。

 阿蘇さんが僕らを目指して床を蹴る。被り物をかぶっているため視界が明瞭としないらしい。微妙に僕らがいる位置とはズレた場所に突進してきている。

 だけど僕らはひと目見てしまえばアウトなのだ。阿蘇さんの行動を読みながら動かないと、〝中のもの〟が伝染してしまうだろう。

 まず動いたのは柊ちゃんだった。

「スペシャル・ナウエリート・足払い!」

 つまりただの足払いである。けれどクリーンヒットしたように見えたのに、阿蘇さんの体幹は殆どブレなかった。

「……やっぱりそうだわ。さっき蹴った時もそうだったけど、人の体の手応えじゃない」

 すかさず距離を取りながら、柊ちゃんが呟く。

「硬化してるといえばいいかしら。下手に攻撃をすればこっちが怪我するわよ」

「なるほど、じゃあそこそこキツめのお仕置きもできそうだね」

 さらりと言って笑ったのは藤田さんだ。

「グリーン、オレがいいって言うまで手を叩き続けて!」

「わ、わかりました! でもブルーさんは何を……!」

「相手が聞いてるとこで作戦の意図を話すヤツはいねぇよ」

 それもそうだと言われたとおりしっかりと手を叩く。すると、きぐるみの頭がぐるんと僕を向いた。

「ヒッ……!」

「続けて」

 藤田さんの声に背中を押され、手を叩き続ける。阿蘇さんの体が弾かれたようにこちらに来た。

 観客席から悲鳴が飛ぶ。僕も強い衝撃を覚悟して目を閉じた。

「――鬼さんこちら、だ」

 けれどいつまで経っても僕は突き飛ばされなかった。目を開ける。僕の近くには阿蘇さんが倒れており、その向こうで藤田さんが少しひしゃげた鉄パイプを持って立っていた。

「手ぇいってぇー……馬鹿力め……」

 どうやら阿蘇さんが走ってくる威力を逆手に取り、器用に転ばせたらしい。倒れた阿蘇さんに、藤田さんは馬乗りになった。

「さ、あとはブラックさんが来るまで大人しくしてもらうか」

 ――ほんの少し前なら、阿蘇さんは僕らの言葉を聞き分けられたかもしれない。しかし今は、全身あの黒い何かに侵食された状態である。

 阿蘇さんの腕が伸びる。藤田さんの胸ぐらを掴んだかと思うと、きぐるみの頭が外れた。

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