「え!? 僕達が戦隊ヒーローですか!?」・4
僕からは阿蘇さんの目は見えなかった。でも、藤田さんは間違いなく見てしまっただろう。
なのに藤田さんは、不敵に微笑んだのだ。
「今更お前に見つめられたぐらいでビビると思う?」
そう言うと、藤田さんは持っていた鉄パイプを横にして阿蘇さんに押しつけた。阿蘇さんの手が離れ、ステージの床に張りつけられる。
「しっかりしろよ」
藤田さんは柔和な表情をしているように見えた。だけど額には汗が浮かび、声に余裕は無かった。
「もうちょっとの辛抱だから」
その時である。キィーンと強烈なハウリングが会場中に響いたのだ。
「やあやあやあ、ヒーロー諸君! 今回も程よくピンチで程よく見せ場が作れているかね!?」
会場を揺らしたのは、半ばヤケクソ気味に大声を張り上げる男性の声。この不遜な話し方は――。
「ブラックさん!」
「いかにも! 私こそヒーロー界の物知り博士、クレバー・ブラックだ!」
知らん肩書きが増えているけど、要するに曽根崎さんである。
曽根崎さんはステージ横から飛び出してくると、腕を組んで堂々と立った。戦隊スーツのせいで、脚の長さが強調されているのが腹立たしい。ところであのかっこいいマントはいつのまに身につけたんだろう?
「長らく私の姿が見えないことに疑問を抱いていた者も多いだろう。案ずるな! 突然の怪獣騒ぎを綺麗さっぱり掃除するべく、新兵器を開発していていたのだ!!」
「し……新兵器!?」
「受け取りたまえ! これこそマッスル・レッドから極悪宇宙生命体ボッチゴンを追い出す秘密超兵器――スターバーストだ!!」
マントを広げた曽根崎さんが見せたのは、五丁の黒光りする拳銃である。
「ブラックさん! まさかその銃の中身は……!」
「ああ! ウルトラ界面活性剤を薄めたものだ!」
じゃあお客さんにかからないよう気をつけなきゃな。要するに界面活性剤が入った水鉄砲だもんな。
「受け取れ、スケコマシ・ブルー君! マッスル・レッドに引導を渡してやれ!」
「心得た!」
まず最初の一丁が藤田さんに向けて投げ渡される。それをキャッチしようとした藤田さんだったが、やはり阿蘇さんを乗っ取っている“何か”が伝染していたらしい。「うっ」と両目を押さえてうつむいた。受取人を失い落ちた水鉄砲は、カラカラと音を立てステージ上を滑って見えなくなった。
「しょうがないわね、ブルーったら! ボクに任せておきなさい!」
「その声はドチャクソ美女・ピンク!」
僅かに残った理性で名を呼んだ藤田さんに応え、柊ちゃんは曽根崎さんから水鉄砲を受け取った。無駄のない動きで阿蘇さんに近づく。
「さあ、観念なさい――!」
だけど柊ちゃんが阿蘇さんに銃口を向けた時である。突如阿蘇さんの体が動いた。
「ぐあっ……!」
柊ちゃんの放った水が向かった先は藤田さんだった。阿蘇さんが盾にしたのである。藤田さんは水の一部が目に入ったのか、また両目を手で覆って悶えていた。
「惜しいわ! でもナオカズにも黒いのがいたっぽいから結果オーライね!」
そして切り替えが人一倍早い美女である。だが水鉄砲に込められた弾は一発分だけ。柊ちゃんはすぐに次の銃を撃てない。
だから僕が前に出たのだ。
「元に戻ってください、マッスル・レッドさん……!」
しかし阿蘇さんがこちらを向く前に、僕の体は後ろに引っ張られていた。
「下がってろ」
前に出たのは曽根崎さんだ。
なんでこんなことを?
混乱する僕が見たのは、猛烈な勢いでこちらに向かってくる阿蘇さんの姿だった。
「ブラックさん!!」
僕の悲鳴混じりの呼びかけのなか、曽根崎さんの体は跳ね飛ばされる。少なくとも僕はそう予感した。
「……我が弟ながら甘いな」
聞こえたのは、曽根崎さんの低い声。
「マントが飾りだと思ったら大間違いだよ」
曽根崎さんは広げたマントに身を隠し、闘牛士のごとくヒラリと阿蘇さんをかわしていたのである。
「かっ……!!」
カッケェーーーーーー!!!!
少年漫画さながらの攻防シーンを見ているようで思わず拳を握る。叫ぶのは恥ずかしかったのでどうにか思いとどまった。
さあ僕もボーッとしてはいられない。すかさず水鉄砲を構えた。
「レッドさん、すいません!」
狙って、トリガーをかけた人差し指に力を込める。だがダメだった。すんでのところで阿蘇さんに避けられた。
続いて曽根崎さんが構える。至近距離だったはずだけど、あえなく水はステージを叩いた。跳ねた一滴すら阿蘇さんはかわしたのである。もはや現役警察官の身のこなしに恐れ入るばかりだ。
水鉄砲は、あと一丁。
「……あとがありません、ブラックさん。しっかり狙ってくださいね」
「ああ、わかっている。――うわっ!」
けれど僕の願いは一瞬で砕かれた。阿蘇さんが曽根崎さんに足払いをかけ、ひっくり返したのである。
「……ッ!」
咄嗟に曽根崎さんが目を閉じる。だけど阿蘇さんの狙いは彼じゃなかった。
阿蘇さんは、曽根崎さんが持つ最後の水鉄砲に手を伸ばしたのである。
「レッドさんダメです! それを壊したら、もう……!」
懇願虚しく、僕の見ている前で阿蘇さんはゆっくりと水鉄砲を持った手を持ち上げる。そして、顔に突きつけた。
――曽根崎さんや僕ではなく、自分自身の顔に。
「レッドさん!!」
引き金が引かれる。液体は寸分の狂いもなく阿蘇さんの目に直撃し、赤いスーツに包まれた体が崩れ落ちた。荒い息のまま、じっと阿蘇さんは耐えていた。
そうしてしばらく経って、ようやく彼の声が聞こえたのだ。
「水」と短く呟く阿蘇さんの声が。
「……よかった……!」
僕は阿蘇さんに駆け寄ろうとした。だけど大きな歓声にビクッとして足を止める。
歓声は観客席からだった。僕らの名前をコールする声が爆発している。今までずっと僕らは応援されていたのだ。
「完璧な演出ね……!」
柊ちゃんが満足げに頷いている。その手にはハンディカメラ。
「これにて商店街の平和は守られたわ! 終劇!!!!」
こうして僕らの非日常的なヒーローショーは、とびっきりのハスキーボイスで幕を下ろしたのである。
それから数日経ったいつもの事務所にて。
「大成功だったわよ」
タブレット機器の画面を僕らに見せつけ、柊ちゃんがフフンと笑った。
「平和な商店街を突如襲った極悪宇宙生命体ボッチゴン! 仲間を寄生されながら、敢然と立ち向かう商店街の守護戦隊ミナゴロシジャー!」
「そんな名前ではなかったですよ!?」
かといって、僕も戦隊名を覚えてるわけではないのだが。なんだったっけ、イケイケファイターズ? 違うな。なんせみんな好き勝手呼んでたもんだから思い出せない。
「とにかく、お客さんはそういうイベントだって認識してくれたワケ」柊ちゃんが完璧な微笑を曽根崎さんに向ける。「まるで本当に事件が起こったみたいな真に迫る演技・構成だったって好評を博してるわ。何度も商店街の映画館で放映されてるのにまだお客さん入ってるし」
「そりゃ何よりだな」
「で、グッズ展開の相談をされたんだけど」
「却下。これ以上生き恥を晒せるか」
柊ちゃんの申し出を無下に突き放す曽根崎さんである。そんな彼をケラケラ笑ったのは藤田さんだ。
「またまたぁ。ノリノリでクレバー・ブラックとか名乗ってたくせに」
「おや、いたのか。スケコマシ・ブルー君」
「ずっといますよ! アピール足りてませんでした? いやらしいほうの」
「せんでいいせんでいい、近づくな近づくな」
迫りくる藤田さんを、曽根崎さんは鬱陶しそうに片手で押し戻している。だけど、一番ダメージを受けているのはこの自称クレバーなおっさんではないだろう。
がっつりうなだれている阿蘇さんに、僕はおかわりのオレンジジュースを持っていった。
「……大丈夫ですか」
「職場でのあだ名にマッスル・レッドが増えた」
商店街のイベントに職場の同僚が家族で来ていたらしい。そして翌日阿蘇さんが出勤した時には、既に職場中に広まっていたとのこと。不憫である。ただでさえ彼には、キレ気味ナイチンゲールという絶妙なあだ名がついているのに……。
「えー、グッズ展開ぐらいいいじゃないの!」
そしてこちらはまだ諦めていない柊ちゃんだ。
「キャッチフレーズも決まってるんだから! 燃やせ大胸筋マッスル・レッド! たぶらかせ人類スケコマシ・ブルー! 絶対安全地帯ほのぼの・グリーン!」
「あ、僕のも作ってくれたんですね」
「嬉しそうな顔をすることか?」
実は一人だけキャッチフレーズがなかったのを気にしていたので、素直に喜んでしまった僕である。曽根崎さんには呆れられたけど。
そして柊ちゃんは止まらない。
「めちゃんこ美女ハピネス・ピンク! ほとばしれ陰謀論クレバー・ブラック! 筋肉、愛、友情、美、知! キラキラきらめけ、五芒星! 今! ここに! 商店街守護戦隊~~~~~、参上!!」
最後はビシッと決めポーズまで披露してくれた。僕は拍手したけど、他の三人は生温い目をしていた。
「何よ、ノリがお通夜のそれかしら!? なんとか言いなさい、タダスケ!」
「えー? 俺の執拗な筋肉押しは何なんだよ。どこの需要に対応してそうなってんだ」
「それがマッスル・レッドの人気がなかなかすごくて。某警察署からもぜひ一日署長になってみないかって打診が来てるぐらいなのよ」
「絶対うちの警察署だわ。取り合うなよ」
「でも盛り上がってるうちにグッズ展開しなきゃ! ナオカズもそう思わない?」
「阿蘇の見どころを大胸筋に絞るのはいかがなものかと。個人的には大殿筋から腹横筋にかけてのラインが」
「聞かなかったことにしてあげるわ!」
「ところでフィギュア展開は予定にある?」
「ボクの優しさを秒で無に帰してんじゃないわよ! その距離感でよく幼馴染やれてるわね!」
藤田さんが暴走気味なことを除けば、概ね普段通りの光景である。僕と曽根崎さんは三人を遠巻きに眺めながら、お茶を飲んでいた。
「一仕事終えたあとの味噌汁は格別だな」
違った、こいつは味噌汁だった。
「その一仕事終えてから何杯目の味噌汁だと思ってるんですか。数日経ってるってのに」
「終えた仕事を思い出しながら飲む。これもまた一興」
「そういえば、あの黒いどろどろって結局何だったんですか?」
「私が知るわけないだろう」
「それもそうですね」
何はともあれ、黒いどろどろは消え、寄生されていた阿蘇さんも後遺症なく元気でなのである。とりあえず、今はそれでいいのだろう。
「盛り上がったようで何よりですよ。僕はあんまり活躍できた気がしませんが……」
「何を言う。君にもファンレターが届いてるぞ」
「え、本当ですか!? ……わー」
また曽根崎さんの狂言かと思ったけど、実際にかわいらしい便箋を手渡されたら信じざるをえない。中の手紙には幼い大きな字で「グリーンさん、たすけてくれてありがとう」と書かれていた。
……本当にファンレターだ。僕はドキドキするのをどうにか抑えながら、曽根崎さんを見た。
「ぼ、僕、どうしたらいいでしょうか……」
「知らんよ。せいぜい素直に喜ぶといい」
「……はい。嬉しいものですね、人助けって……」
しみじみと感じ入りながら、またお礼の手紙に目を落とす。本物の怪異退治は避けたいけれど、もしまたヒーローショーがあるならやってみたいと思えた。
「その時はブラックになりたいです」
「なんでそこにこだわるんだよ」
だってやっぱりブラックが一番かっこよくない? 渋い顔をする曽根崎さんに、僕はいつか取って代わってやるぞという強い決意をもって頷いたのだった。
「え!? 僕達が戦隊ヒーローですか!?」・完
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