「え!? 僕達が戦隊ヒーローですか!?」・2

「力を合わせて仲良く暮らす人々が集う商店街に突如現れたのは、孤独の化身・ボッチゴン!!」

 唖然とする僕をおいてけぼりにして、藤田さんの実況が始まった。

「ボッチゴンはとても羨ましがりの性格で、友達がいる人や楽しそうな人を見ると凄まじい破壊衝動に襲われるんだ!」

「よかったな、ブラック兄さん。ボッチゴンに狙われずに済むぞ」

「浅はかだな、レッド。私がどれほど人生を謳歌しているか知らないとは」

「ボッチゴンを倒さない限り、みんなは商店街で買い物ができない! 平和と楽しいお買い物タイムを取り戻してくれ! 頼んだぜ、フルボッコレンジャー!」

 阿蘇さんと曽根崎さんの小競り合いを無視し、藤田さんは怪異との戦闘を宣言する。最初に動いたのは阿蘇さんだった。

「関節をキメりゃ、動きは封じられるだろ」

 さすが警察官だ。彼は柊ちゃんに蹴られて横たわる怪獣のもとに素早く駆け寄ると、うつ伏せにして怪獣の右腕を背中に回し拘束した。刑事ドラマでよく見る光景だ。しかも相手はあの阿蘇さんである。呆気なく勝敗はつくかと思われたが――。

「!?」

 怪獣の腕がくにゃりとありえない曲がり方をした。驚く阿蘇さんの前で敵は腕を鞭のようにしならせ、阿蘇さんの体を弾き飛ばす。動きに合わせて後ろに飛んだからよかったものの、少しでも判断が遅れていれば彼の腕は無事じゃすまなかっただろう。

「なるほど、ただの怪獣じゃねぇな」

 トントンと軽く跳びながら、阿蘇さんは怪獣から距離を置く。

「人間じゃねぇのは確定だぜ。どうする? 外から燃やしてみるか?」

「ダメよ、レッド! ここは火気厳禁! そうじゃなくてもこれ、安いものじゃないんだから!」

「安いものじゃないというのは命の話である! 決してきぐるみのことじゃないぞ!」

 柊ちゃんがうっかり口を滑らせるも、すかさず藤田さんがフォローを入れた。でも緊急事態のためか、阿蘇さんは側にその辺の配慮は一切無いらしい。

「あ? 兄さんが買い替えりゃいいだろ」

「なぜ私が」

「あーレッドさんいけません、いけませんよ! 命は買い替えられるものじゃないです! 倫理観を時空の果てに置き去りにしちゃダメ!」

「だから人命最優先で俺の必殺技であるデストロイ・バーニングを放とうって話をだな」

「火炎放射器のことか?」

「あーブラックさんもいけません、いけませんよ! レッドと一緒に世界観デストロイしないで!」

 藤田さんがツッコミ役に回っている稀有な例である。とにかく、きぐるみに傷をつけるのは商店街の予算の都合上よろしくないようだ。さっき柊ちゃんがすごい勢いで蹴ってなかったっけ?

 阿蘇さん達が方向性について言い争っている間に、怪獣が動き出す。その身の起こし方は、まるで頭から出ている一本の糸を上に引っ張られたかのように人間として不自然なものだった。

「あら、また動き出したわよ! もう一回ピュアハート・シャイニングしとく!?」

 怪獣から目を離さないまま、柊ちゃんが曽根崎さん達に尋ねる。あの凶悪なキックにそんな名前がついてたのかと思ったけど、そういやライダーキックって言ってたな。今名付けたんだろうな。

 けれど曽根崎さんがそれに答える前に、怪獣はのたのたと移動し始めた。

「ちょっとどこ行くの!?」

「ピンクは行く手を塞いどけ! ブルー、必殺技のデストロイ・ロープで動きを止めるぞ!」

「二人でロープの端を持って怪獣をぐるぐる巻きにするってことだね! わかった!」

 阿蘇さんと藤田さんが走り出す。だけど僕は二人の様子を見届けることはできなかった。一度は落ち着いていたはずのスタッフの人が、「ひゃひゃひゃ……」とまた笑い出したのである。

 どうしたのだろうと下を見て、ギョッとした。


 彼の目は、絵の具を塗りたくったように全面が真っ黒になっていた。


 白い部分はおろか、虹彩すら消失している。そしてそれを見た瞬間、僕の脳は強いショックに揺さぶられたのだ。

 何かが入り込んでこようとしている。知ってる感覚だ。これを放っておいたら僕の意識は何者かに乗っ取られてしまう――。だから咄嗟に思考をやめて目と脳を閉じ、自分自身を守ろうとしたのだ。

 断片的に感じたものがあった。生臭い息、得体のしれない声、漠然とした悪意。彼は僕の両肩を強く掴んで、すぐそこまで顔を近づけているようだった。

「この……!」

 しかし聞き慣れた声と共に僕の体は解放される。ようやく目を開けて見たのは、庇うように前に立つ曽根崎さんの姿。

「大丈夫か、グリーン君!」

「は……はい! ブラックさん!」

「くっ、やはりボッチゴンによるマインドコントロールの餌食になっていたか!」

 足の下にいるスタッフをグリと靴の踵で踏みながら、曽根崎さんは左手のハンディカメラを向けている。藤田さんから一時的に預けられたのだろう。助かったけど、マインドコントロールされている人相手にそれはどうかと思う。

「僕は平気ですから足をどけてあげてください」

「ああ、わかった。私の必殺技である目玉抉りで彼の洗脳を解いたあとでな」

「それ必殺技じゃなくてただの拷問ですよ! やめろ! それに、今その人の目を見るのは……!」

「目を?」

 スタッフの人はうつ伏せになったまま、まだ笑っている。――この人の目を見るなり、僕の頭に何かが流れ込んできた。今は曽根崎さんに頭を踏まれているけど、しきりに首を動かそうとしているように見える。きっと僕にしたように曽根崎さんにも目を見せたいのだ。

 そういえば、あの怪獣も僕にきぐるみの中身を見せようとしていた。ひょっとして、この現象は……。

「――伝染するんでしょうか」

「え?」

 だとしたら、阿蘇さん達が危ない。僕は曽根崎さんに説明するのも忘れて、怪獣のいる場所に体を向けた。

 しかし、遅かった。

「待って、阿蘇、待って!」

 悲鳴にも似た藤田さんの声が聞こえる。一気に背筋が冷えた。怪獣のきぐるみはぼうっと立っている。足元にはロープが落ちている。柊ちゃんは真っ青になって戸惑っている。


 阿蘇さんの両手は、藤田さんの首に伸びていた。


 ここからじゃだいぶ遠いけど、なんとか阿蘇さんの様子を見ようと目を凝らした。息を呑む。彼の目の端からは、チリと黒い液体が漏れていた。

「阿蘇さん……!」

「来るな!」

 すかさず藤田さんを助けに行こうと体を向けた僕だったが、阿蘇さんの鋭い声に制された。同時に藤田さんの体が柊ちゃんのいる方向に突き飛ばされる。藤田さんは小さく唸り声をあげたものの、柊ちゃんに受け止められたお陰で怪我はないようだ。

「阿蘇、お前何を……!」

「今の俺の目を見るな!」

「え……」口を開けたまま固まる藤田さんに、阿蘇さんは言い放つ。

「俺の頭と目の中に……何かがいる……! どんどん侵食されてる……!」

「あ、阿蘇、それヤバいんじゃ――」

「だから」

 阿蘇さんはロープを拾い上げると、怪獣に向き直った。

「俺は今からコイツを力尽くでロッカーの中に押し込める! お前らは外から火炎放射器で蒸し焼け!」

「そんな! アンタごとロッカーをファラリスの雄牛にするなんてできないわよ!」

「いいからやれ! コイツを放っておくとどうなるかわかんねぇぞ!」

 阿蘇さんの判断力の速さと覚悟の凄まじさに、僕は何もできず見ているしかできなかった。そのはずだった。

 次の瞬間、視界の外側から樹木が根を張るようにして真っ黒になっていったのである。

「!?」

 慌てて目を覆うも進行は止まらない。ぞわぞわとした虫の動きで僕の視界は黒く塗りつぶされていく。続いて起こったのは、他の誰かにこの目を見せたという強い衝動。

 それはとても素晴らしいことのように思えた。たとえば近くにいる曽根崎さん。あの人だって普段太陽の光に目を焼かれて苦しんでいるはずだ。肌なら日焼け止めを塗れば紫外線を防げるけど目はそうはいかない。ずっとまばゆい光に晒され続けている。けれどそこだけ進化するにはながいながいじかんを要する。人のDNAのアップグレード速度に期待してはいけない。だから僕らがいるのだ。ぼくらはいわばヒトに外側から介入するウイルスだ。直接DNAにもぐりこみ影響をおよぼしヒトの進化をうなが――

「景清君!」

 けれど僕の思考は、頭から背中にかけての強い衝撃で一旦食い止められた。ぐわんぐわんと脳が揺れる。黒い膜に覆われた世界の向こうで、曽根崎さんらしき影が僕を見下ろしていた。

「君……目が……!」

 彼は何を言っているのだろう。それよりも、もっと僕の目をみてほしい。

 両腕を伸ばす。曽根崎さんの顔を包む。こちらに向けさせる。こうすればどろどろに溶けた僕の頭の中が彼に流れ込んでくれる気がした。

「……なるほど。これは日光から身を守るための措置だと?」

 口に出した覚えはなかったけど、曽根崎さんに伝わっていたのが嬉しくて笑いながら頷く。曽根崎さんは、じっと僕を見つめていた。

「ふむ」

 けれど僕の手を振り払い、彼はまだ笑っているスタッフの男のヒトを見た。コツコツと何か叩く音が聞こえる。何をしてるんだろう?

「これを試してみるか」

 僅かな間のあと、男の人の悲鳴が聞こえた。思わず身をすくめる。何かとても恐ろしい消失があった気がしたのだ。

「……忠助の言ったとおり進行が早いな。急がなければ」

「ねぇシンジ! そっちで何があったの!? 景清は……!」

「柊はこのスタッフを運び、大量の水で目を洗浄し続けるよう他のスタッフに指示を出せ! 藤田君は持てる限りの水を用意して私のもとへ来い!」

「了解! ナオカズ、自販機はあっちにあるから!」

「ありがとう! 行ってくる!」

 相変わらず話が早い人達である。でもなんで水なんか必要なんだろう? 曽根崎さんは、あの男の人に一体何を……。

「待たせたな、景清君」

 不思議に思っていると今度は僕の頬に触れる手があった。曽根崎さんだ。

「次は君の番だ。さあ目を開けるといい」

 言うまでもない。僕だって曽根崎さんを守りたいのだ。


 あの目を焼く太陽光から――。


 しかし僕が見たのは曽根崎さんの目ではなく、小さな醤油差しだった。

「ぶわっ!?」

 そこから垂らされた一滴が僕の目を直撃した。抵抗する間もなく、もう一つの目にも突き刺さる。あまりの痛みに、僕は曽根崎さんを押しやって悶えた。

 なんだこれ!?

「食器用洗剤だ」

 苦しむ僕を見下ろした曽根崎さんが言う。

「ゆえに一般的に人の目には毒だ。その黒い何かに保護されているようではあるが、目にまで染み込めば失明の危険もある。一刻も早く水で流さねば」

「なんつーもんぶちこんでくれてんだ!」

「だが君は正気に戻っただろ?」

「え? あ、ほんとだ……」

「曽根崎さん、こちらお水です!! 景清にぶちこんだらいいって本当ですか!?」

「ああ、そのとおりだ! 目に頼む!」

「え? ちょ、ああああああああああ!!」

 藤田さんが走ってきた勢いのまま僕の顔面に水をぶちまけた。だけどそれで嘘みたいに痛みが無くなったのである。パチパチと何度かまばたきをすると、黒い涙が落ちて緑色のスーツを汚した。

「こっちにも水をくれ」

「はい」

 曽根崎さんの指示に藤田さんがペットボトルを差し出す。……そうか、曽根崎さんも僕の目を見たから伝染したのか。僕と同じ処置をしなければならない。

「すいません……」

「問題ない。一応テストはしていたが、本当に効くかどうかは賭けだったし」

「テストってスタッフさんのこと言ってます?」

「気にするな」

「それアンタが言う側じゃないんですよ。でも、どうして界面活性剤が効くって思ったんです?」

「……」

 曽根崎さんは、黒い涙が流れる目をふいと僕から逸らした。

「――ポリカーボネートというプラスチックが……紫外線に強いものの界面活性剤に弱いと聞いたことがあって……ならまあ、ダメ元でやってみるかと思い……」

「たったそんだけの根拠で失明覚悟の人体実験をやらかしたんですか!?」

「結果的に言えば助かった。それでよかったじゃないか」

「絶対アンタいつかやらかしますよ、そのやり方!!」

「まあまあ二人とも」

 曽根崎さんに食ってかかっていると、藤田さんにガシッと肩を掴まれた。

 いや、これ……ミシミシいってない……?

「解決方法も見つかったし今は阿蘇を助けるのが先、ですよね?」

 圧が……藤田さんの圧がものすごい。見ると、曽根崎さんの肩も藤田さんの手によってミシミシと音を立てていた。

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