「え!? 僕達が戦隊ヒーローですか!?」・1

「え!? 僕達が戦隊ヒーローですか!?」

「そうよ!」

 それはうだるような暑い夏の日のことだった。当然のように事務所にアポ無し訪問を決めてきた柊ちゃんが仁王立ちして言い放ったのが、先述した戦隊ヒーローへの勧誘だったのである。

「ボクの会社が普段から懇意にしてる商店街で定期的にやってるイベントなんだけどね、今回に限ってメンバーが足りないの」

 形のいい唇に指を当て、柊ちゃんはいたずらっぽく微笑む。

「レッドは痛風、ブルーはぎっくり腰、グリーンは突き指。ブラックはお孫さんのお世話で忙しくて、ピンクは夫婦喧嘩で実家に帰ってるわ」

「やんごとなき事情でフルメンバー欠員なんですね」

「そ! だからボクらで何とかしてあげようってわけ! どうせアンタら暇でしょ!?」

 最後の言葉は曽根崎さん(暇)と、たまたま事務所に涼みに来ていた阿蘇さん(休日)と藤田さん(徹夜明けで昼寝中)にも向けられてた。これでちょうど五人が揃ったことになる。

 もちろん、引き受けてくれたらだけど……。

「暇なわけねぇだろ。俺公務員だぞ」

 そして阿蘇さんが至極真っ当な意見を述べた。

「副業も基本的にダメだしさ」

「あら。顔出しは無いし、なんなら無償でやってくれてもいいのよ?」

「そういう問題じゃ……いや、そういう問題か」

 そうかな?

「で、いつやんの?」

「一週間後」

「はえぇな。でも空いてるからいけるっちゃいけるぜ」

「だったら決まりね! タダスケはグリーンかしら?」

「レッドじゃない阿蘇は解釈違いです」

「起きたのねナオカズ」

 唐突に藤田さんがむくりと起き上がった。でもまだ眠たいようで、目をしぱしぱさせながらソファの背もたれに顎を乗せる。

「おはよ。オレはブルーかピンクがいいです」

「ピンクはボクが着るわよ。キュートでヒラヒラスカートはアンタには荷が重いわ」

「そんなことない。ちびっこ達の性癖を捻じ曲げてみせる」

「余計な宣言はしなくていいわ。胸の内だけに留めておきなさい」

「ウィ」

「景清とシンジもいいわよね?」

 ついに僕らにも矛先が向けられた。ちらりと曽根崎さんに目をやる。天は自分の上に人を作らずなタイプの雇い主は、案の定不満という不満を全面に出してふんぞり返っていた。

「断る。暇じゃないし暑いし面倒だし」

「えー、このボクの頼みなのに?」

「別に誰に頼まれようが一緒だよ。忠助と藤田君を引き連れて帰るといい」

「つれないわねぇ。でも景清はヒーローになってみたいわよね?」

「え」

 そう尋ねられてドキッとする。ついもじもじとしながら曽根崎さんと柊ちゃんを交互に見やった。実はさっき、柊ちゃんからコスチュームも見せてもらっていたのである。とてもかっこよかった。ブラックがいいなと思った。

 だけど僕もいい年だし。二十歳を越えて本気で戦隊ヒーローになってみたいってのは、ちょっとこどもっぽいのかな……。

「……」

 僕が答えに迷っていると、曽根崎さんのいる方向から小さなため息が聞こえた。

「――わかったよ、引き受けよう。景清君もそれでいいな?」

「!」

「まあ、それじゃ決まりね! 早速組合長に連絡しておくわ!」

「ああ」

「そ、曽根崎さん、いいんですか?」

 意気揚々とスマートフォンを手に事務所を出ていく柊ちゃんを見送りつつ、曽根崎さんに確認する。対する彼は、濃いクマを引いた目を僕に持ち上げたかと思うと、またため息をついた。

「……私のほうから給料は出さないからな」

「は、はい! それはもう!」

「まったく」

 どういう風の吹き回しかわからないけれど、とにかく僕はヒーローになれるらしい。一週間後のことを思うと胸がワクワクしたけれど、曽根崎さんの手前そういう表情を出さないよう懸命に笑みをこらえたのだった。




 結論から言うと、僕はブラックにはなれなかった。

「なんで!! なんでですか!!!!」

 手渡されたグリーンのコスチュームを握りしめ、控えめに抗議した。それはもう控えめに。でもみんなの反応は散々たるものだった。

「立ち居振舞いがブラックにしてはウキウキふわふわしてるわ」(柊ちゃん)

「君には平和的な色のほうが似合うと思うよ」(阿蘇さん)

「曽根崎さんに譲ってやりな。あの人、むしろブラック以外軒並み似合わないんだから」(藤田さん)

 つまり、僕がブラックになれなかったのは曽根崎さんのせいらしい。でも実際に曽根崎さんのブラック姿を見て、全ての不平が引っ込んだ僕だった。あまりの凶相に普段は忘れがちだけど、この人抜群にスタイルがいいのである。悔しいけど、実力の点でいえば負けを認めざるをえなかった。

「別に君と勝負をしたつもりはないんだが……」

「うるさい! この足長オバケ!」

「今褒められたのか? 貶されたのか?」

 さて、全体的なシナリオはシンプルなものである。まず敵役の怪獣が現れて、客席に降りていってお客さん達を恐怖させる。そこで地球軍隊員役のスタッフが「大変だ! みんな、テンカムソーズを呼んでくれ!」と合図を出し、僕らが登場する流れだ。

「本気で戦わないでくださいね! 相手は人間なので!」

 これはリーダーのレッド役を担当する阿蘇さんに懇願するスタッフさんの言葉である。無理もないだろう。ぴったりしたコスチュームのせいで、元々たくましい筋肉が余計強調されているのだ。僕が怪獣なら阿蘇さんを見た瞬間回れ右して星に帰ると思う。

「……でも、ここのステージって変な噂があるのよね」

 舞台袖にて。かわいらしいピンクのコスチュームに身を包んだ柊ちゃんが、マスク越しに言った。

「事故が多いのよ。怪獣役の人が乱心して観客を襲いかけたり、出演者が突然ばたばた倒れたり。幸いこれまで怪我人は出ていないみたいだけど……」

「呪いのステージってこと?」

「まさしくよ」

 軽い調子で言った藤田さんに、柊ちゃんは深く頷く。

「だからしょっちゅう中の人も変わってるみたい。厄介なものよねぇ」

「いやそんなステージに俺らを呼ぶなよ。つーかもっと事前に言えや」

「言ってたらタダスケは来なかったでしょ?」

「わかってて言わなかったのかよ。ほんとタチわりぃ」

「でももし怪異案件だったらリーダーが変わりますね」

 藤田さんの視線が曽根崎さんに向けられる。一方曽根崎さんは、鼻で笑ったようだった。

「心配無用だろ。たまたま重なった不幸を人が勝手に関連付けてるだけだ」

「はは、ですよね」

「ああ。考えすぎだ」

 ――この時、誰が想像できただろう。

 数分後、見事に彼の予想が裏切られるなんて。



 最初に異変に気づいたのは、僕だった。トイレから帰ってくる時に、怪獣のきぐるみがバックヤードの片隅でふらふらとおかしな動きを取っていたのである。それはあたかも手足全部をめちゃくちゃに入れ替えられたかのようで、とにかくちぐはぐなものだった。

「どうしたんですか?」

 声をかけるなり、その怪獣はぶるんと僕を向いた。ぞっとした。どうしてだかわからないけど、気づかれたと思ってしまった。

「あ、あの」

 僕の声を無視し、きぐるみは奇妙な動きで僕に迫ってくる。右手と右足が同時に前に出るのを見た時の違和感。あれに近いものがあるだろうか。かいじゅうはぐいぐいと僕に体を押し付けてきた。

 腐った卵にも似た生臭い熱気がきぐるみの隙間から漂ってくる。気持ち悪くて、つい右手を突き出して押し戻そうとした。

「おい、そこで何をしている!」

 ここで割って入ってくれたのはスタッフの人である。普段は高圧的で苦手な人だったけど、この時ばかりは頼もしかった。彼はまっすぐこちらに来ると、乱暴に僕からきぐるみを引き離した。

「ここにいたのか! 誰がいたずらしているか知らんが、もうすぐステージが始まるんだ! 返してもらうぞ!」

「え、中にいるのって怪獣役の人じゃないんですか?」

「あ? お前も知らんのか? 突然きぐるみが無くなって総出で探してたんだよ。そら、犯人は誰だ――」

 止める間もなかった。いや、そもそも止めるにしても根拠がないのである。僕がぽかんとする前で、スタッフの男性はきぐるみの頭を持ち上げた。

 彼は目を見開いた。中にあったものを凝視したまま、口を魚のようにパクパクとさせる。顔はみるみるうちに土気色になっていき、手を離して一歩後ろに下がる。

 僕の位置からは、中に誰がいたのかは見られなかった。

「……ぁあ」

 そして、男の人の口から意味不明な言葉が漏れたかと思うと。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……」

 スタッフはけたたましく笑いだしていた。息継ぎすらせず笑い続けるから、声が掠れてしまっている。それなのにまだ肺から酸素を絞り出して笑っているのだ。まるで、今は全てにおいて笑うことを優先しているかのように。

「スタッフさん!?」

「あっひゃひゃひゃ……ひゃ……ひゃ……!」

「しっかりしてください! まずは息を……!」

 その場に倒れたスタッフを介抱しようと抱き起こす。そんな僕らを、大きな影が覆った。

「あ……」

 きぐるみだった。腐った卵のような臭いを放つ何かが、さっきまでの変な動きが嘘のように僕らを静かに見下ろしていた。

 ぎこちない動きの手が持ち上がる。頭と体の隙間に差し込まれる。僕の目は釘付けになっている。

 ――誰が入っているのだろう。否、“何”が。そういえば、ずっときぐるみの指は動いていない。目だって覗けば向こう側に人の顔か目が見えるはずなのに、僕が見たのはどす黒い闇だけだった。

「ひゃひゃひゃ……」

 腕の中でスタッフの人の弱々しい笑い声が聞こえる。――逃げないと。今すぐ目をそむけて、逃げて、曽根崎さんや他のスタッフに事情を話さないと――。

 わかっているのに、僕は指一本動かせないままきぐるみの頭が持ちあげられようとするのを見ていた。

 ああ、ああ、どうしよう。このままだと、僕も知って……!


「ライダーキーーーック!!!!!」


 だけどいよいよきぐるみの頭の下が露わになろうとする間際。凛としたハスキーボイスとピンク色の残像が、目の前を横切ったのである。

 ……。

 はい?

「グリーン、大丈夫!? シャンとなさい!」

 マスクの後ろから真っ黒で艷やかな髪がなびいている。柊ちゃんだ。そして、なぜか既に役に入っている。

「まったく、もう開演時間だってのにこんな人目につかない場所で何やってんの! やるなら表でやんなさい!」

「しゅうちゃ……いえ、ピンクさん! ステージじゃだめなんです! 今このきぐるみには得体のしれないものが入ってて……!」

「でも蹴れたわ!」

 見なさいと言わんばかりに彼女は指を差している。横倒しになったきぐるみと柊ちゃんの度胸のどっちに驚けばいいのか僕にはわからなかった。後者かな。

「けど、本当に危ないんですよ!」めげずに僕は食い下がる。

「きぐるみの中を見たスタッフさんが、急に笑いだして止まらなくなったんです!」

「まあ、大変ね! 敵は精神攻撃をしてくるのかしら!?」

「敵……!? 精神攻撃……!?」

「とにかくグリーンは得意の癒やし魔法でスタッフさんを介抱していてちょうだい! この怪獣は、正義の味方であるボクらイチモーダジーンズが成敗してあげるわ!」

「……うん?」

 なんだか様子がおかしい。役に入るにしても徹底しすぎている。そう思って振り返った僕は、全てを理解した。

「グリーン、こっち向いてぇ! 地球を侵略しようとする異世界生物との戦いをブルーお兄ちゃんがばっちり撮影しているからねぇ!」

 ――スマートフォンのカメラを僕と柊ちゃんに向ける藤田さんと、

「すいません、こちら警察です。きぐるみの中に入り込んだ不審者を確保するので、ここから先は入らないようにしてください」

 ――スタッフの人達に近づかないよう指示する阿蘇さんと、

「やれやれ、またしても“案件”だな。君達、決してきぐるみの頭を取るんじゃないぞ」

 二人の先頭に立ち、グローブを嵌め直す曽根崎さん。

 信じられなかった。だけど、紛れもない事実らしい。


 コイツら、怪異退治をリアルタイム放送しようとしてる!!!!


「さて、臨場感あふるる中継をお届けするとしようか」

 少し離れた場所から、曽根崎さんがきぐるみに引き攣った笑みを向ける。

「地域防衛隊クリーニングズの名において、この怪異も綺麗さっぱり掃除してやろう」

 ところで、柊ちゃんも曽根崎さんも一切戦隊名を覚える気がないらしい理由については、皆目見当つかなかった。

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