結婚しましょう

「曽根崎さん、結婚しましょう」

「げふっ」


 いつもの事務所にて。デスクに手をついてとある提案をした僕に、雇用主は何があったか盛大に味噌汁を噴き出した。

 ゲホゲホと咳き込む曽根崎さんは、涙目になって僕を見上げる。


「いきなりなんなんだよ」

「曽根崎さんももう三十一ですしね。そろそろ落ち着いてもいい年齢かと思いまして」

「ちょっとどういう状況か整理させてくれ」

「言葉通りですよ。僕は曽根崎さんに結婚をお勧めしています」


 もじゃもじゃ頭を片手で抱える曽根崎さんの前に、ばさり、と台紙を重ねる。その内側には、着飾りにっこりと微笑む女性達の写真。


 そう、これは阿蘇さんのお母様より預かったお見合い写真の数々である。


 言えども言えどもさっぱりお見合いを受けない彼に業を煮やした彼女は、何故かネゴシエーターとして僕に白羽の矢を立てたのだ。

 いや僕をなんだと思っているのだろう。ただのアルバイトだぞ僕は。


 ……が、ちょっと面白そうだな、と思ったのもまた事実であり。


 結果、僕は曽根崎さん専任結婚コンサルタントとして、本日彼の前に現れるに至ったのだ。


「そんなわけで曽根崎さん、華やかなる結婚に向けて動き出しましょう!」

「……あー、なるほど。そういう意味か」

「そういうも何も、他に意味なんて無いでしょう」

「はいはい、無い無い」

「とりあえず会ってみるだけ会ってみましょうよ。ほら、この人とか性格良さそうですし」


 渋る曽根崎さんの前にお見合い写真を広げる。髪を結い上げて穏やかに笑う、見るからに優しそうな女性だ。

 しかし曽根崎さんは、チラッと見てすぐ右に寄せる。


「却下。次」

「アンタ選べる立場ですか」

「今は選べる立場だ。どんどんいくぞ」

「えー……じゃあこの人」

「却下。次」

「この人」

「あ、この人はいいな。左」

「この人」

「右」

「この人」

「左」

「この人」

「右」


 酷い仕分けがあったものだ。それでも数分であれほどあった見合い写真はゼロになり、代わりに大きい山と小さい山ができあがった。

 大きな右の山を脇に寄せ、改めて左に分けられた写真に目を通してみる。


 ……。


 ……なんというか、こう、なんというか。


「美人ばかりですね……?」

「そうだな」


 意外である。このオッサン面食いだったのか。


「結婚するなら性格第一ですよ」

「もう少し突っ込むと、共同生活を営めるか、という点で考えるべきだな。よく愛の無い結婚がーなんて言うが、私に言わせれば役割分担ができて長期に渡って結婚生活を営めるなら十分成功の部類に入る」

「それなら何故顔で選んだ」

「人は無意識の内に、自分の価値と釣り合った人間と付き合いたがるもんなんだよ。顕著なのは美形の人だ。自分が美形と自覚する人間は、相手にも自分のレベルに見合ったステータスを求める場合が多い」


 曽根崎さんは、一番上の見合い写真を手の裏で叩いた。


「……要するに、私をフってくれる可能性が高いということだ」

「フられる前提で選んでたのかよ!」

「当然だろ。こちとら結婚する気なんざサラサラないんだ、面倒くさい」

「結婚する努力をしましょうよ!」

「なんで君はそんな結婚にこだわるかなぁ。現代は多様性に寛容になり、結婚しない選択肢も十分受け入れられるようになっている。一度しかない人生、無理に事を進める方が不利益だと思うが」

「正論!」


 ここまで言われては、食い下がるしかなくなる。断ってもらうことを想定されたお見合いなど相手に対しても失礼極まりないし、ご破算にした方がいい。

 どうやら、僕の結婚コンサルタント業は失敗に終わったようだ。


 敗北を認めた僕に、曽根崎さんはうんうんと満足げに頷く。


「分かってくれたようで何より。それじゃ、おしゃべりも終わった所で君にはいつものアルバイトに戻ってもらって……」

「曽根崎さん」

「ん?」

「アンタ、さっき共同生活を営める相手が結婚に向いてるって言ったじゃないですか」

「言ったな」

「そんなら、どういう人なら曽根崎さんと一緒に暮らせるんです?」

「うーん」


 僕の問いに、曽根崎さんは顎に手を当て少し考えてくれる。しかし、案外すぐに答えは出たようで、僕に向かって人差し指を突きつけた。


「そりゃあれだ。私の稼業を理解してくれて、金に釣られて多少の無茶振りをこなしてくれて、ブツクサ言いながらも毎日味噌汁作ってくれるようなお人好しだ」

「モロ僕じゃねぇか!」

「つまり君で足りてるんだ。今更他の人間を雇おうとは思わない」

「奥さんは! 雇うような! もんじゃねぇ!」

「だよなぁ」


 曽根崎さんは、ニヤリと笑ってお見合い写真を払いのけた。


「……だから、私は結婚に向かないんだ」


 最低な男の最低な発言に、僕はがっくりとうなだれため息をついたのだった。



 完

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