プレゼントの経緯
※景清が曽根崎に送ったプレゼント(「続・怪異の掃除人」第4章29「挑む前に」より)の経緯について
やっぱり、ネクタイ、だろうか。
本日紳士服店を訪れた僕――竹田景清は、一人ネクタイコーナーの前で腕を組んでいた。
……ネクタイピンやカフスボタンはちょっと敷居が高いし、靴はサイズが分からない(あと財布事情的に厳しい)。
財布、キーケース、万年筆……とアレコレ考え、苦節三十分。ようやくたどり着いたのは、無難な答えだった。
ネクタイ。
これなら間違いない。
多分。
どこぞの雇用主に「受け取って欲しい」と言われて貰った左足首のお守りは、案外センスも良くて今では結構気に入っている。
お返しは必要無いと言われそうだったが、貰った背景も背景なので、何かプレゼントしたいと思ったのだ。
が、問題はここからである。
「……多いな」
ネクタイは、種類が、多い。
自分がリクルートスーツを買った時は、マネキンが着ている一式を買った為迷うことがなかった。だけど、今回は一品買うだけだ。
つまり選ばなければならない。この、数の中から。
「……」
顎に手を当て、考える。
店員さんを呼べば一発即決だろうか。スタイルだけはいい長身もじゃもじゃ頭の不審者面に似合うネクタイはどれですか、と。ダメだな、特定人物すぎる。
青は……リクルート感出ちゃうか。ただでさえ若々しい見た目でも、爽やかな人でもないからな。似合わない気がする。やめよう。
イメージカラーってだけなら黒なんだけどな。いかんせん不吉だ。黒スーツ黒ネクタイで“怪異の掃除人”って名乗ったら、依頼した人全員ビビってしまう。「え、喪に服す結果になるの?」って怯えちゃう。
いっそワインレッドとかどうだろう。……格好良すぎるかな。あと僕があげるにはキザかも。藤田さん辺りに「そのネクタイ珍しいですね。誰からのです?」なんて聞かれようものなら死ぬ。藤田さんと曽根崎さんの目の前で窓辺から飛び立つ。
茶色……は? あ、茶色結構いいな。綺麗な色だし。柄物になったらオシャレが増す感じするし。いいじゃん。いい。茶色にする? しちゃう?
……持ってた。曽根崎さん確か持ってた。あーなんか嫌だな、この思考が被った感じ。嫌だ嫌だ。変えよう。また考え直しだよもうー。捨てとけよ茶色もうー。
……うーん。
……グレー、は、どうかな?
えーと、ちょっと地味かも。でも確か持ってなかったはず。試しに適当なスーツに合わせて……あ、いいな。いいよ、これ。シックで落ち着いた感じだ。
うん、これなら似合いそう。グレーの包容力に曽根崎さんを任せよう。
買える範囲のものから選んでいるから、値段は大丈夫なはず。……うん、大丈夫。大丈夫だ。……大丈夫。
よし、買おう。
「ありがとうございます」
しかし、レジに持っていき、包装もしてもらおうかな、なんて思っていたら。
「お父様へのプレゼントですか? とても悩まれてましたね。いい色なので、喜んでいただけると思いますよ」
店員さんににこやかに話しかけられて、固まってしまったのだ。
え、父?
いや、プレゼントしようとしていたのは、その。
「違います」
咄嗟に、否定してしまっていた。
嘘つけよ僕。不自然だろ。
そう思ったが、後の祭りなわけで。
「……自分用です」
慌てて笑顔を貼り付け、答えたのだった。
+++
自分で包装してみようとも思ったのだ。けれど、僕という人間ときたらとんでもなく不器用で、明らかに店員が包んだものではないと分かるシロモノができあがるだけだった。
いっそ、本当に自分用にしてしまおうか。そう思ったものの、スーツなんか着る機会なんざそう無くて、ネクタイは引き出しに仕舞い込まれたままだった。
けれど、曽根崎さんがあんな事になって、一時も目を離せなくなり。
一度家に帰った時、ふとネクタイの事を思い出したのだ。
「……」
どうか、無事でいてほしい。
どこに行こうとも、このネクタイを汚すことなく帰ってきてほしい。
そんな願いが、この時の僕の胸の内をよぎったような気がする。
――首絞める勢いで無理矢理にでも巻けば、包装できなかったことも気づかれないだろうか。
僕は、引き出しの中のネクタイを着替えと一緒にボストンバッグに押し込める。そして、曽根崎さんの待つ外へと急いだのであった。
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