クリスマスの事務所にて
「はい今年もやって参りましたメリークリスマス! 司会はボク、全人類のお姉様・月上柊ちゃんと……」
「全人類のセフレ・藤田直和でお送りします!」
「いや五人しかいないのにその内二人が司会って」
開幕早々、サンタ帽子をかぶった柊ちゃんとトナカイのツノをつけた藤田さんにツッコんだ。
そんな僕を見て、フライドチキンやらおにぎりやらが載った巨大プレートをテーブルに置いた阿蘇さんが冷ややかに笑う。
「好きにさせとけ、景清君。俺としては、アイツらが互いを食い合って自滅してくれればそれでいいんだ」
「結局最後まで料理手伝いませんでしたからね、あの人たち……」
「藤田とか人一倍食うのにな。オイ、おにぎりぐらい作れやアホ」
「その代わり飾り付けやってただろ! あのエロバルーン持ってきたの誰だと思ってんだ!」
「お前しかいねぇだろうな。早く持って帰って風船と寝てろ」
「イヤだね! ここにいる全員と性の二十四時間を体験するまでオレは帰らない!」
「……景清君、親戚一人減らしてもいいか?」
「すいません、せっかくのクリスマスなんで許してあげてください」
腕まくりをして藤田さんに向かう阿蘇さんを、押しとどめる。
――そう、今日はクリスマス。
今僕の目の前では、お馴染みの人たちによるクリスマスパーティーが開催されていた。
ガヤガヤとした賑やかな光景に、ふと今までのクリスマスが蘇る。
貼り付けたような様式と、喜ばなければならないプレゼント。息苦しいのに、その時間を少しでも伸ばしたくて必死で笑っていた子供の僕。
だけど、頭を振ってその情景を打ち消した。――そんなことを思い出すべきではない。何故なら今年のクリスマスはそうではないのだ。
この明るくて愉快な人たちと、思う存分クリスマスを楽しむことができる。
そのことが、僕には堪らなく嬉しかった。
「……ねぇちょっとシンジ、このケーキ凝りすぎじゃない?」
「そうか? やり始めたら夢中になってしまってな」
「アンタ料理はからっきしなのに、デコレーションとなるとほんと上手いわよね。いっそウェディングケーキよコレ」
「全員予定も無いのに、ケーキだけ先走ってしまってすまない」
「淡々と言うんじゃないわよ。ぶっ飛ばすわよ?」
……うん。えげつないケーキがチラつくけど。クリスマスツリーには何故か短冊が引っかかっているけど。
僕にとっては本当楽しみだった日なのだ。だから、心から味わって――。
「誰だクリスマスツリーにホイップクリーム載せやがったヤツは!?」
「フフ、雪を演出したのよ。素敵でしょ?」
「誰が後片付けをやると思ってんだよ! 兄さんも見てたんなら止めろ!」
「私に柊ちゃんを止められるわけないだろ。こうなれば仕方ない、全部藤田君に舐めてもらえ」
「辛党なんですけどね。そんで流石のオレもツリーにのるクリームは舐めたことがないなぁ」
「いい加減にしろよお前らぁぁぁぁ!!」
……。
……無理かもしれないなぁ。
僕はツッコミで過労死しそうな阿蘇さんを助けるべく、やかましい輪に向かった。
+++
「それではっ! 今から『ズッキュン☆プレゼント交換会』を始めるわよぉー!」
「やんややんやー」
そして始まったメインイベントである。柊ちゃんと藤田さんの間には、大小様々な五つの包みが置かれていた。
五本の紐を握った右手を天高く突き上げた柊ちゃんは、藤田さんと共に解説を担う。
「今からアンタ達にはこのクジを引いてもらうわ!」
「クジには番号が書かれてあるからしっかり確認してね!」
「そうしたら該当する番号のプレゼントを持っていきなさい!」
「何が当たっても恨みっこなし、神様の采配として享受するんだぜ!」
「はいそれでは歳の若い順からね! 景清ー!」
「はぁい」
ほどほどにアルコールが入ってぽやんとした頭のまま、僕はクジを引く。
丸っこい字で、“3”と書かれてあった。
三番……あれか。でっかいな。一際でっかいヤツだ。
なんだろう。なんでかよく分からないけど柊ちゃんからのプレゼントな気がする。ほんと根拠は無いけど。
「藤田ーーーーーーーっ!!!!」
しかし開けようとした時、背後の怒声に気を取られた。阿蘇さんである。どうやら彼は早速、一番のジョーカーを引き当ててしまったらしい。
対する藤田さんは、驚いた顔をして柊ちゃんの影に隠れている。
「何故オレだと!?」
「開けたら光るコンドームが出てきたからだよ!!」
「なるほど、それはオレですね。いいじゃん、使えよ」
「よーし殺してやる!」
「待って待って! こんな楽しい日に、オレがただ光るだけのコンドーム入れると思う!?」
「ああ!?」
完全に箱を投球する姿勢で一度動きを止める阿蘇さんに、藤田さんは近寄る。そして箱を受け取り、一個取り出した。
「ここ。先にちょっとしたギミックがついててね、専用スマホアプリと連動してるんだ」
「……」
「つまり動くたびに、小刻みにジングルベルが流れる仕様になっている」
「………………」
「そうだなぁ、十五回目ぐらいで『ヘイッ』っつったら大体いいタイミングで――」
「オラァッ!!」
阿蘇さんのアッパーが綺麗に藤田さんの顎に入った。倒れる藤田さんを踏みつけ、唾を吐き捨てる勢いで阿蘇さんは箱を叩きつける。
「いらねぇ、返す」
「それは夜のお誘いとして捉えても」
「いいわけねぇだろ。マジでクリスマスを命日にしてぇか」
阿蘇さんはこんな日にも本当に可哀想である。そんで藤田さんはどうしようもねぇな。
そんなやりとりの中、次にプレゼントを開けたのは曽根崎さんだった。
「……これは」
あ、アレ僕のプレゼントだ。
なんとなく嬉しくて、いそいそと曽根崎さんの隣に行く。
「どうですか、カッコよくないですか?」
「……これ、君のセンスなのか」
「はい! ペーパーナイフです!」
「……」
「どうしましたか?」
「……あの、魔力を付与されてるとかそういった類のものじゃないよな?」
「え、なんでです? そんな怪しいものじゃないですよ」
変なことを言う人である。
……でもまあ確かに、ちょっとかっこ良すぎるかな、と思わないではない。だけど羽とか歯車とかついてた方がかっこいいし、やっぱナイフっていうからには剣っぽい方がいいし。
あと、改めて見たらすごくかっこいいし。
何故か固まる曽根崎さんの後ろから、柊ちゃんが顔を出した。
「あらなぁにそれ!? 中学二年生が技術工作の時間に作る夢と妄想詰め込んだヤツ!?」
「そぉい!」
曽根崎さんが柊ちゃんの口にケーキを突っ込んだ。あっという間に口を閉じてもぐもぐし始めた柊ちゃんを向こうにやりつつ、曽根崎さんは僕に泣きそうな顔を向けた。多分笑顔を作りたいのだろう。
「……なんというか、その、なんというか、えー……」
「うわ、兄さんが気を遣ってる。気持ち悪っ」
「よいしょっ!」
今度は阿蘇さんの口にケーキを突っ込んだ。黙る阿蘇さんを肘でよそにやり、曽根崎さんはやっとこさ言葉を絞り出す。
「景清君、ありがとう。その、大事にするよ」
「はい! 気に入っていただけてよかったです!」
「……うん……」
どことなく覇気が無いが、多分気のせいだろう。それはそうと、曽根崎さんに押しやられた阿蘇さんと柊ちゃんが、あっちでワイワイやっているのが気になった。
「ボクのプレゼントはアンタがくれたヤツなのね!」
「おうよ、ご当地カレー詰め合わせだ。これとか結構美味しかったけどな」
「すごくいいじゃないのー! こういうのって見るだけでも楽しいけど、あんまり買わないのよね。とっても楽しみだわ! ちょっとずつ食べるわね!」
「……」
「どうしたの?」
「……普通に嬉しい反応をしてくれて感動してる」
「何よそれー! タダスケってば大袈裟ね!」
ケラケラと笑う柊ちゃんに、なんだか僕まで嬉しくなってしまった。あんな風に喜んでもらったら幸せだな。彼女はとても喜び上手な人だと思う。
その後ろでは、藤田さんがひっそりと自分のプレゼントを開けていた。
「……なんだ、これ」
「おや、私のプレゼントは君が受け取ったのか」
「めちゃくちゃ重量あるんですけど」
「米だからな」
「米!!!?」
「米十キロ。言っとくがいい米だぞ? なんせお米日本一コンテストで特別最高金賞を受賞した逸品だ」
「ええー……」
「別に貰って困るもんじゃないだろ」
「ええ、はい。あの……オレが言うのもなんですが、本当にありがたいです。一人暮らしの研究職、食が偏りがちなんで……」
「そりゃ何よりだ」
「そんでまともなプレゼント貰って初めて、オレ阿蘇に悪いことしたなって」
「そこは知らん。直接謝れ」
なんだかしおらしい藤田さんであった。お米いいなぁ。僕も食べたいなぁ。惣菜を作って持って行ったら、お裾分けが貰えないだろうか。
そんなことを考えていると、視線が集まっていることに気がついた。どうやらみんな、僕のプレゼント開け待ちであるらしい。
「……」
頷き、自分の身長以上もある包装に手をかける。勢いよくビリビリと破いたその中から出てきたのは――。
「……サメ?」
「の、ぬいぐるみよ!」
とても大きな、サメのぬいぐるみであった。
そして案の定、これは柊ちゃんからのプレゼントらしい。
「しかもただのサメじゃないのよ? 見なさい、これを!」
そう言い、柊ちゃんはサメの口を大きく開く。覗いてみると、暖かそうな生地が奥まで続いていた。
「寝袋になってるの!」
だからどこでこんなの見つけてくるの、柊ちゃん。
が、せっかくなので入ってみる。
ちょっと窮屈だけど、足を押し込み、体を捻じ込んで……。
……わー。
ふわふわとした感触に包まれる。床の冷たさも感じないし、何より……。
「あったかい……」
「でしょう!?」
「すごくいい……。もう僕、今日からこれで寝ます……」
「そうしなさい! よく似合ってるわよ!」
絵面的にはサメにガブガブ食べられているだけなので、似合ってると言われて喜ぶべきかどうかは分からない。
でも、とにかく暖かい。お酒もほどよくまわって、なんだかぼんやりとしてくる。
僕は、うとうとと眠りに落ちようとしていた。
「おい、寝始めたぞ」
「ヤダ、かわいいわね景清。あったかいものでくるんだら眠るって赤ちゃんかしら。サメを買った甲斐があったわ」
「……ッ! ちょ、ちょっとだけ待って景清! 起きて! 視線ちょうだい! 食べられるヤダ怖いーって顔して!」
「藤田さんうるさい」
「景清君、目を突け。サメも藤田君もそこが弱点だ」
「曽根崎さんうるさい」
そうして僕の意識は遠くなっていく。この人たちとのパーティーから離脱するのは少し勿体ない気もしたけど、きっと来年もこうして集まれるだろうという漠然とした期待が、僕の眠気を後押しした。
今夜は特別気温が下がると天気予報は言っていた。なのに僕の体は暖かで、不思議と気持ちもとても満たされていたのだった。
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