節分ウォーズ

 オレの名前は三条正孝。今日は友達の景清に呼ばれて、曽根崎さんの事務所に来ている。

 なんで呼ばれたかはよく分からない。それでも暇なら急いで来てと言われもんだから、どうしたのかなと疑問に思っていたのだけど。


 ――事務所のドアを開けたら、そこは戦場だった。


 軽い連射音と、怒号と悲鳴が飛び交う所内。所々に置かれた長机はバリケードのように倒され、そこから人影が見え隠れしている。

 過激な光景に呆然としていると、何やら足元にコロコロと転がってきた物があった。

 拾い上げ、確認する。


「……豆?」

「三条、危ない!」


 突然誰かに押し倒された。打った頭を押さえて目を開けると、イケメンと目が合う。


 景清だ。


「ちょ、お前これどういう……!」

「いいからこれつけて!」


 ゴーグルを押し付けられて、慌てて装着する。景清に促されるまま身を低くしたオレは素早く戦場を潜り抜け、とあるバリケード裏に到着した。


「おう、遅かったな、三条君」


 そのバリケードにもたれて座っていたのは、以前お世話になった警察官の阿蘇さんである。ゴーグルをつけ、なんだか大きな銃に手早く弾(豆)を装填していた。

 カッケェ。

 でも本当に何だコレ。

 見れば、景清もゴーグルをつけて細長い銃を持っていた。


「何コレどういうこと!?」

「ごめん、三条。実は今、この事務所は二つの勢力に分かれて争ってるんだ」

「勢力!?」

「うん、きっかけは本当に些細なことだったんだけど……」


 が、その先を聞くことは叶わなかった。オレたちの頭上に影が差したかと思うと、高らかな笑い声が響いたからである。


「――見つけたわよ、ネズミちゃん。さぁ、みんなまとめてボクの餌食になっておしまい!」

「ッ! 散れ、お前ら!」


 柊ちゃんのサブマシンガンから無数の豆が放たれる。間一髪でかわしたオレは、阿蘇さんが応戦する後ろを通って別のバリケードに移動した。


「これ持って」


 そこで景清から渡されたのは、軽い一丁の銃と豆袋。


「装弾数は十。フルオートのハンドガンだ」

「え、えええ?」

「僕らの役目は、藤田さんが守る的を撃ち抜くこと。襲いかかってくる曽根崎さんと柊ちゃんを避けて、あそこまで近づかないといけない」

「敵側、強すぎじゃね?」

「弾には何発当たってもいいけど、頭と心臓部に当たったらゲームオーバー。そこに当たると何故かゴーグルが反応して知らせてくれるから、すぐわかる」

「これってそんな機能あるんだ」

「こっちのチームの的は阿蘇さんが守ってくれてるから、僕らは的を狙いに行こう。あ、あと……」

「まだ何かあんの?」


 早速動こうとしたオレを押しとどめ、景清はまっすぐこちらを見た。


「……撃つ時もやられる時も、格好良くお願いします」

「何そのルール」

「よし、それじゃ行こう三条! あのスットコドッコイ共を上手いこと避けて――」

「甘い」


 低い声が割って入る。景清はオレの腹辺りに腕を回すと、思い切り引き寄せた。

 刹那、オレの座っていた場所に二発分の弾丸が突き刺さる。その弾道の元にいたのは――。


「曽根崎さん!」

「おや、三条君も一緒か。いつもうちのお手伝いさんが世話になってるね」


 この事務所の主である、怪しげな風貌の怪異の掃除人だった。彼はオレとは違う種類のハンドガンを両手に持ち、一つ向こうのバリケードに片足を乗せて唇を歪めている。


「残念ながら君達はここまでだ。よもや私のスピードに敵うとは思ってないだろう」

「くっ……三条! ここは僕に任せて藤田さんの所へ行くんだ!」

「え!? でもお前を置いていくなんて……!」

「僕は大丈夫。……それにこのオッサンには、日頃の恨みつらみが山ほどあるんだ」


 景清は、手に持った散弾銃を構えた。


「――常々、一噛みぐらいは返してやろうと思ってたんだよ」

「言ってくれるな。そんなに私を期待させていいのか?」


 景清の言葉を背に、オレは走り出す。当然曽根崎さんの持つハンドガンの銃口がこちらを向いたが、景清の放った弾丸に防がれた。


「ほら、よそ見はいけませんよ、曽根崎さん」

「ハッ、熱烈なことだ。……それでは雇用主に逆らうとどうなるか、親愛なる君の身に刻みつけてやろうじゃないか」


 恐ろしい、でもちょっとカッコいいやりとりを背後で聞きながら、弾丸が飛び交う中を匍匐前進する。

 阿蘇さんはどうなったんだろう。チラッとそっちを見るも、弾丸の雨にすぐ諦めた。


 的が見えてくる。案外無防備に晒されたそれに、なんだか違和感を覚える。

 だからオレはまず射程圏内に一歩踏み込み、すぐ下がってみた。――危なかった。後ろに下がった瞬間、オレの胸元を豆粒がかすめたのだ。


「んー、外しちゃったか」


 声はすれども、姿は見えない。でもきっとこの爽やかな声の主が、藤田さんなのだろう。


「三条君、もうちょっと右に寄ってくれない? 後でもう二度と元の生活に戻れなくなるぐらい気持ちいい体験をさせてあげるから」

「えええ何スかそれ怖い怖い怖い!」

「その位置でも狙えないことはないけど」

「うわああああ! あ、あっ、あぶ、危なっ!」

「む、意外と素早いな」


 どこから狙われているのやら、オレの足元に次々と豆粒が飛んでくる。ならばいっそ的を狙えばいいのかもしれないが、こんな状態で立ち止まるなんてとても無理だった。


「まぁそろそろ三条君も疲れてきただろうし、本気出しちゃおっか」


 その言葉と共に銃撃が止む。突然のことに戸惑うオレだったが、低く鋭い声に我に返った。


「伏せろ、三条君!」


 膝を曲げてしゃがみこむ。銃弾が頭の上を飛んでいくのと同時に、どこかで軽い舌打ちが聞こえた。


「よし、そのままだ!」


 阿蘇さんである。彼はオレの前に立つとぐるりと見回し、アサルトライフルの銃口をとあるバリケードに向けた。


「勘頼みだが……!」


 ダダダダダ、と無数の豆粒が放たれる。だが、反動でゆっくりと倒れたバリケードの向こうには、誰もいなかった。


「――残念、ハズレ」

「ん!?」


 いつのまに姿を現したのだろう。スナイパーライフルを背負った藤田さんが、阿蘇さんの頭にハンドガンを突きつけていた。

 藤田さんはさらりとした前髪をかきあげ、少し悲しげな目をして言う。


「なぁ、降参してくれないかな。オレ、お前を撃ちたくないんだよ」

「ハハ、無理な相談だ。それができるくらいなら、今こうして争ってねぇだろ」

「……オレ達、どこで間違ったんだろう」

「分からん。ずっと昔からかもしれねぇし、ついさっきからかもしれねぇ」

「……阿蘇、銃を捨ててくれ。でないと本当に撃つよ」

「……」


 阿蘇さんは、両手を上げる。そして手にした銃を手放そうとし――。


「三条君! 今だ!」

「え、あ、はい!」


 藤田さんの隙をついた阿蘇さんの合図と共に、オレは銃を構えた。しかし的に向けて引き金を引こうとした瞬間、長い髪をなびかせた影が割り込んでくる。


「させないわよ、マサ! くらいなさい!」

「……ッ!」


 柊ちゃんが、手にしたサブマシンガンでオレを狙う。だけど、オレはもう動かなかった。

 曽根崎さんに立ち向かってくれた景清も、藤田さんを引き付けてくれた阿蘇さんも、オレがこうすることだけを信じてくれたのだ。ならば、オレだって彼らに応えなければならない。

 ハンドガンを持つ手に、力を込めた。


「――オレは逃げねぇ! 柊ちゃん、ごめん!」

「え!?」


 撃った弾は二発。その一発は柊ちゃんの胸を捉え、もう一発は的の真ん中を打ち抜いた。同時に、脳天に豆粒が直撃する。


「んぎゃ!」

「しまった!」


 柊ちゃんとオレのゴーグルからビープ音が鳴る。阿蘇さんも撃たれたのか、背後からも音が聞こえてきた。

 ……いや、それよりも。

 オレは、真っ二つに割れた球形の的の中から落ちてきた小さな箱に、目を奪われてしまっていた。


「……何、アレ」

「え、もしかしてコレ……!」


 柊ちゃんが駆け寄る。箱を手に取り蓋を開けると、中から綺麗なネックレスが出てきた。

 驚いた柊ちゃんが顔を上げると、曽根崎さんと景清も集まってきていた。


「柊ちゃん、お誕生日おめでとう!」

「また一つ歳を取ったな」

「プレゼントは藤田が選んだから、まあ間違いないとは思うが」

「これからももっともっと綺麗になってね!」

「え……ヤダヤダヤダ嘘でしょ!? すっごく嬉しい……!」


 皆に囲まれて、柊ちゃんは喜びに美麗な瞳を潤ませている。

 オレはというと、何がなんだか分からなかったけど、柊ちゃんが嬉しそうなのは喜ばしいことなので、一緒に拍手をしていた。

 阿蘇さんが守っていた的の所在とか、そもそもなんで銃撃戦が始まったのか、事務所に転がる無数の豆をどう食べ尽くすのかなど、気になる事は多かったけど。


 でも、柊ちゃんが嬉しそうだし、まあいっか!


「柊ちゃん、おめでとう!」

「マサ……ありがとう! まさかアンタまでボクを祝いに来てくれるなんて思わなかったわ!」


 オレも柊ちゃんを祝うことになるとは思わなかったぜ!


 ニコニコと柊ちゃんをお祝いしていると、その彼女がいそいそとオレに寄ってきた。


「……ところでアンタ、銃めちゃくちゃ上手いじゃない。なんでなの?」

「あ、オレめっちゃゲーセンでガンシューティングしてるんですよ!」

「ズルいわ」

「なんかごめんなさい」


 何はともあれ、二月三日は節分と柊ちゃんの誕生日なのである。オレは景清と一緒に、阿蘇さんの作ったケーキに存分に舌鼓をうったのだった。

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