藤田さんとシャボン玉
「優しく咥えて……。そう、上手だね。で、息をゆっくり吐く。……うん、そうそう。すごい、いっぱい出たね景清。ほら見て、あんな所まで飛んで……」
「シャボン玉一つでうるっせぇな、この叔父は!!」
事務所の屋上でシャボン玉を飛ばす僕は、隣で見守る藤田さんをどついた。何故恍惚と言う。何故頬を赤らめて言う。こいつはシャボン玉だ、それ以外の何物でもない。
でも藤田さんだから仕方ない。僕はシャボン液にストローをつけると、また空に向かって透明な球を作った。
「今日は風が無いから、よく飛ぶよねぇ」
僕の隣に座り、藤田さんは端正な顔を崩して笑う。
透き通るような秋の青空に、シャボン玉が浮かんでいく。やがて、パチンと弾けて消えた。
「オレにも貸して」
差し出された右手に、ストローを乗せる。藤田さんは短くお礼を言うと、咥えて空に向けた。
一際大きなシャボン玉が膨らんでいく。ああ割れるかな、と思った時、器用に彼はストローからシャボン玉を切り離した。
顔の半分ほどの大きさの球が、ゆっくりと飛んでいく。青空と、街の風景が逆さまに映っている。
それを見送りながら、藤田さんは言った。
「景清、覚えてる? お前が受精して七年ぐらい経った頃、オレとこうしてシャボン玉を飛ばして遊んだんだよ」
「はい、それは僕も覚えて……いや起点おかしくないですか。なんだよ受精って」
「あの頃の景清も可愛かったなぁ。息強すぎてシャボン玉全然うまく作れなくてさ、すげぇしょんぼりしてたの。だからオレが手取り足取りしっとり教え込んで、それでやっと綺麗にシャボン玉が作れるようになって」
藤田さんの手が、僕の頭を撫でる。横を見ると、すっきりと整った顔が微笑んでいた。
「……今では、こんな上手にできるんだもんな。大きくなったね、景清」
「……」
風が吹き抜ける。藤田さんの少し長めの髪を乱し、シャボン玉をさらっていく。
まるで絵画のような光景に、僕は小さく息を飲んだ。
「さて、そろそろ冷えてきたし、帰るか」
膝を叩き、立ち上がる。不思議とこの時間が終わるのが惜しくて、最後のシャボン玉はゆっくりと吹き切った。
「……惜しいなぁ」
「何がです」
「もうちょっと、ストローが太かったらよかったのに」
「太かったら何なんだよ。……いややっぱ言わないでください。やめろ。ちょ、こっち来るな。そ、曽根崎さーーーん! 阿蘇さーーーん!」
意味不明な事を言う藤田さんの足を強めに蹴り、僕はシャボン玉の舞う屋上から逃げ出したのであった。
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