初詣
「あけおめことよろ姫はじめ!!」
「……」
正月の朝。ドアを開けたら藤田さんがいた。
ので、閉めた。
すかさず足を挟んでこじ開けようとしてくるのを、中から押さえて必死で防ぐ。
「んんんんん! 阿蘇と同じ反応するんだから!」
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」
「しっかりご挨拶できて偉いねぇー! 開けてぇぇぇぇ!!」
「帰ってぇぇぇぇ!!」
「景清君、開けてやってくれ。コイツが変なことしないよう俺も見張っててやるから」
「あ、なんだ。阿蘇さんもいたんですか」
この世で最も安心感のある声に、握っていたドアノブを離す。反動で後ろに吹っ飛ぶ藤田さんだが、僕は構うことなく阿蘇さんに笑顔を向けた。
「あけましておめでとうございます。どうしたんですか?」
「今から初詣に行くんだ。だから景清君もどうかな、と思って」
「わー、いいですね。ぜひお供したいです」
「言い出したのはオレだよ! オレを抱きしめて景清!」
「阿蘇さん、準備してくるんで待っててください」
「無視しないで!」
初詣。
そういえば、去年は彼女(二ヶ月で浮気されて別れた)と行ったような行かなかったような。
何するんだっけな。お参りして、お願いして、おみくじを引くんだったっけ。
大まかな流れをコートを着ながら思い出す。そうしていつもの鞄を背負い、二人の前に参上した。
「んもう景清! 遅いじゃないの!」
違った、三人だった。いつの間にか絶世の美女が増えていた。
しかも今日の彼女は、普段と装いが違っている。
「ふふ、どーお? ボクってばちょっとだけ頑張ってみたんだから!」
そう言って胸に手を当て、得意げに微笑んでみせる柊ちゃんである。その姿はまさに和風美人。鶴の舞う赤い着物は誰もが振り返らざるを得ないような華やかさで、アップにした黒い髪も白く細い首筋を際立たせしっとりと色っぽい。
あまりにも絵になる彼女の佇まいに、僕は思わず感嘆の言葉を漏らしていた。
「柊ちゃん、綺麗……!」
「え、ほんと? ヤダ、ボクったらちょっとマジに照れちゃった。もうー、景清ったら!」
ペシペシと白い手に叩かれる。側からみたら世の男性全てに嫉妬される光景だろうが、今は阿蘇さんと藤田さんしかいないので大丈夫だ。僕は大人しく叩かれていた。
「でもアンタ達に追いつけて良かったわ。思ったより手間取って、時間かかっちゃったのよねぇ」
「だけどその分ばっちり似合ってるよ。人混みで着崩れないよう、オレ達が守ってあげるからね」
「フフン、当然よ! このボクの護衛係、しっかり賜りなさい!」
どんなに人間離れした美しさであっても、口を開けばいつもの柊ちゃんなのがなんだかおかしい。そう思いながら眺めていると、ニコッと笑い返してくれてドキリとした。心臓に悪い美人である。
だけど、こうやっていつものメンバーが揃ったとなると、どうしてもあの人がいないのが気になってしまう。確かに、積極的にイベント参加するイメージも無いのだが。
なんとなく辺りを見回してみるが、不吉な黒スーツは見当たらない。
「景清君、行こうぜ」
かといって、この人達に尋ねるのも僕が期待してるみたいで嫌なのである。
僕は「はい」と阿蘇さんに一言だけ返すと、不審者面のオッサンを頭から追い出した。
+++
神社は、想定以上の混み具合だった。
「とりあえず、まずは呼んでくるか」
手水舎で身を清めた後、阿蘇さんはぐるりと視線を巡らせる。そして、ある場所に目をつけた。
「みんなはここで待ってろ」
片手で制されて、待つこと数分。人波の中から、阿蘇さんが神職っぽい人を連れて現れた。
やたらと背の高い男の人である。眼鏡の奥に覗く目はやたらと鋭いが、無造作なオールバックがスタイルの良い立ち姿によく似合っ……て……。
「曽根崎さん!?」
「おや、あけましておめでとう、景清君」
「あ、あけましておめでとうございます。いや何してるんですか!?」
――正直、この流れなら会えるかな、とは予想していた。
だけどまさか、いわゆるイケ曽根崎さんが神官姿で現れるとは夢にも思わないではないか。
曽根崎さんはクマ隠しの眼鏡をフレームを持って直し、状況の説明をしてくれる。
「実はここの宮司さんから依頼を受けてな、正月早々潜入捜査をしていたんだ」
「あ、仕事だったんですね。じゃあまた怪異絡みとか?」
「いや? 最初はそういった内容だったんだがな、蓋を開けてみれば雇いの巫女さんに手を出した宮司さんに復讐したいと思った奥さんがその巫女さんの彼氏と手を組んで個人的に宮司さんと仲の悪かった禰宜さんまで巻き込み大々的な仕掛けを本殿の中に……」
「……なんか、一気にこの神社でお参りする気が無くなってきたな……」
爛れ切った神社内の人間関係を垣間見てしまったものの、一応もう片付く目処は立っているらしい。
げんなりとしている曽根崎さんに、あえて柊ちゃんが明るく声をかけた。
「まったく、元気出しなさいよ! ひと段落したんならボク達とお参りするわよ、シンジ!」
「あー、本当にそうしようかな。多分この忙しさだと関係者は誰も動けないだろうし」
「じゃあ着替えてきます?」
「どっこい、服は事務所に置いてきたんだ」
「袴姿でここまで来ちゃったんです!?」
お正月とはいえ、全然目立つだろこの姿!
だが、テンションの高い柊ちゃんは既に拝殿に向けて歩き出していた。阿蘇さんと藤田さんも、曽根崎さんとは別の意味で目立ちすぎる美女を慌てて追いかける。
「ほら、僕らも早く行きましょう、曽根崎さん」
「袖を引くな、袖を」
「アンタ捕まえてないとすぐ人に流されるじゃないですか」
こうして、やっといつものメンバーが揃ったのであった。
+++
「お、中吉」
おみくじを引いた阿蘇さんが呟く。
「初めは憂い事あれど後は吉。深く嘆き悲しまず、身を慎め……か」
「あら良かったじゃないの。段々良くなるって感じかしらね」
「ねぇ阿蘇! 恋愛は!? 待ち人は!?」
「遅いけどちゃんと来るから深追いすんなって書いてる。よし、俺今年は微動だにしない」
「来てるよ! 待ち人ここに来てるよ!」
「俺の待ち人そんなに早く来ねぇらしいから……。お前のはどうだったんだよ」
「凶」
「ぶはっ」
「んふっ」
「笑うんじゃねぇよ。失せ物は出ねぇし大損はするし、争いには勝てねぇし待ち人は来ねぇし」
「何よー、ほんとにヤバいわね。恋愛は?」
「良い人ですが危うい」
「ぶっ! ……んふふふ、だめ、ボクもうこれだけで三ヶ日分は笑えるわ……!」
「今年の藤田は大人しくしてろってことだな。で、柊は?」
「ボク? ふっふふふふふ……ご覧なさい! そして平伏なさい!」
「え、何、大吉?」
「吉!」
「なんだったんだよその高笑い」
「内容が良かったってこと? ……んん? 確かに悪くはないけど、全体的にイマイチ感……うわっ!」
「何何? ……おおー」
「ふふふふ……そう、ボクの項目は恋愛。内容は――“今の人が最上、迷うな”」
「ああああっ、いいなぁっ!」
「いいなも何も、お前今付き合ってるヤツいねぇだろ」
「ボク今年は結婚するから」
「フリーのヤツが大きく出たな……」
あっちはなんだか賑やかそうである。
僕はといえば、格好上あまりおみくじ販売所に近づけない曽根崎さんに代わり、おみくじを取ってきてあげていた。
「はい、曽根崎さんの分です」
「ありがとう。君のはもう見たか?」
「いえ、今からです。えーと……あ、中吉ですね。“はじめは上手くいかないけれど、人の助けを得てうまくいく”……。やった、結構いい感じだ」
「良かったな」
「なんだかんだで長く彼女もいないんですよね。恋愛は……“誠意を尽くせば成就する”か……。あれですかね、ご飯のたびに奢るとかですかね」
「その誠意の示し方は不健全な気がするぞ。考え直した方がいい」
結局、フリーのまま年が明けてしまった僕である。まあ誰かと付き合うような金銭的余裕も無いし、この分だとまだしばらくは現状維持かもしれない。
僕は、隣に立つ眼鏡の男を見上げた。
「で、曽根崎さんはどうでしたか?」
「見てみよう。……おや、大吉だ」
「え、良かったですね!」
「今までの精進が身を結び、何でも思うがままだそうだ。ただし……」
「ただし?」
「我儘が災いを呼ぶ、と」
「アンタ利己的だから致命的じゃないですか……」
万事ない事もうまくいく、というものではないらしい。それでも、僕からしたら羨ましい文言がつらつらと並んでいる。
「恋愛は……“愛情を信じろ”ですか。いやどっちかというと曽根崎さんは縁談か。“急いでは破れる恐れ。時を待て”か……」
「焦るな、信じろってことだな。よし、今年一年はこれで里子さんの見合い話を断ろう」
「おみくじお前。この人の婚期をまた遠ざけやがって」
「別にいいだろ。なんで君が私の婚期を気にするんだ」
曽根崎さんは僕のおみくじを覗き込み、「健康運も問題無さそうだな」なんて言っている。思いの外近くなった顔に、パーソナルスペースが広い僕はちょっとびっくりした。
……ちゃんとしてれば、それなりに見られる風貌なんだよな。元々持ってる雰囲気も相まって、袴姿はよく似合ってるし……。
……。
「……神職に転職ってのはどうですかね」
「いやに突然だな。怪異の掃除人から神職にか? そんなん履歴書選考ではねられるに決まってるだろ」
「アンタ履歴書にもその謎職業書く気なんです?」
でもそういう事情なら、この人もこのままでいいのか。
結局僕の中での落とし所としてもそんなもんで、こちらに向かってくる阿蘇さん達と共に、賑やかなまま正月は過ぎていく。
「景清君」
「なんです?」
が、彼らがこちらに到着する前のほんの僅かな時間。
曽根崎さんは、僕だけに聞こえる声でぽつりと言った。
「今年もよろしく」
「ええ、こちらこそ」
淡々とした言葉に一度笑って返してやり、僕は阿蘇さん達に手を振ったのだった。
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