藤田が阿蘇に晩ご飯を作りたい話

「お願いお願い全部オレに任せてくれたらいいから!!」

「嫌だ嫌だ絶対断る!!」

「なんで!! ほんのちょっと!! 先っぽだけでいいから!!」

「先っぽもクソもねぇんだよ! いいから座っとけ!」

「ええー……」


 エプロンをつけた藤田は、俺の足にすがりついたままズルズルとうつ伏せになった。

 俺は大きなため息をつき、うんざりと天を仰ぐ。


 ――何故、このような事態になってしまっているのか。


 事態は三十分ほど前に遡る。一週間の出張からようやく帰ってきた俺を出迎えたのは、エプロンをつけた藤田だった。

 “団地妻”と書かれたタスキをかけたヤツは、げんなりした俺の顔を見るなり意気揚々とのたまったのだ。


『おかえり! 今日は疲れてるだろ!? オレが飯を作ってやるから阿蘇は休んでて!』


 合鍵を取り上げようかと本気で思った。


『やめろ! お前がキッチンに立つとロクなことねぇんだよ!』

『心配性だなぁ、阿蘇は』

『当然だろ! 中学生の時のお前のあだ名“デス・コック”だったじゃねぇか!』

『昔の話じゃん』

『座右の銘は?』

『食える材料入れてるから大丈夫』

『帰れ!!』


 それからかれこれ三十分、不毛な攻防は続き、つい先程体力的に劣る藤田が根負けした所であった。


 しかし藤田は往生際が悪いことで有名である。俺の足にしがみついたまま、メソメソと泣き言をこぼし始めた。


「なんでだよー……たまにはオレだって阿蘇を癒してあげたいよー」

「俺お前に癒された記憶一個も無いんだけどな」

「これから作っていこうよー」

「お断りします。家帰れ」

「嫌だ寒い」

「あー……まあ今から帰ってたらなぁ」

「オレとご飯にする? オレとお風呂にする? そ・れ・と・も?」

「その余計なオプション外せませんか」

「オプションはついてないんですよ、お客様。これ全部本体なんです」

「へぇ、お得だな」

「そうでしょうそうでしょう! こんなチャンス滅多にありませんよ!」

「よし、今日は銭湯行って牛丼食ってビジホ泊まるわ」

「いやああああ行かないでええええー!!」


 足元でジタバタと暴れる藤田である。……コイツ二十七歳だよな? まさかまた徹夜明けか? いつにも増して鬱陶しさが天井知らずだ、どうなってやがる。


 しかし、俺の方にも限界というものがある。一週間の疲れはじわじわと俺を蝕み、次第に対応するのが億劫になってきた。

 少しかがみ、片手で藤田の頭をよける。そうして空いたスペースに、黙ってしゃがみこんだ。


 ぐっと近くなった視線に驚いたのか、藤田も口を閉じる。


 少しの沈黙の後、ぽつりと藤田が言った。


「……ごめん。お前、ほんとに疲れてんだな」


 申し訳なさそうな声色に、「ん」と肯定する。すると見るからにしょんぼりと眉尻を下げてしまった。


 別にそんな顔をさせたかった訳ではない。が、フォローする前に藤田は言葉を続けていた。


「……阿蘇が今日帰ってくるって聞いて、テンション上がってさ」

「うん」

「気づいたら、スーパーと百均に寄ってここに来ちゃってた」

「あ、そのタスキは百均製スか。どんな百均だよ」

「そんでお疲れ様ーって労いたかったんだけど、オレっていつも阿蘇にご飯作ってもらってばっかじゃん。だからたまには夜のサポートだけじゃなくて、晩飯でも作ろうと思って……」

「あーなるほど、だから俺んちに……。いや待て今シレッと体の関係できてたな。した覚えねぇわふざけんな」

「ヤダ、ごまかす気? 昨晩あんなに激しくしておいて……!」

「俺昨晩沖縄にいたんだけど。既に設定ガバガバじゃねぇか」


 呆れて藤田の額を軽く小突いた。ようやくへへへと笑った幼馴染に、疲れていたせいか自分もつられてしまう。

 それに藤田は一瞬キョトンとして、ふにゃりとまた嬉しそうに笑った。


「……阿蘇」

「何?」

「ラーメンと焼きそばなら、どっちがいい?」

「ラーメンかな」

「わかった。サッポロ一番の味噌だけどいいよね?」

「ありがとう。キャベツ切ろうか?」

「今日ぐらい休めって。チャーシューとメンマ買ってきたしそれでいいだろ」

「ああ。茹でて具材のせるだけならお前にもできるな?」

「バカにすんなよ。オレは変なチャレンジ心出さなきゃ問題無いんだ」

「自覚あるなら直せや、チャレンジ心」


 ツッコミを一つ入れ、後は藤田に任せてリビングに行く。着替えていると、やがてグツグツと鍋の水が沸騰する音が聞こえてきた。


 エプロンとタスキをつけた藤田は、楽しそうだ。思いついたように冷蔵庫からケチャップを取り出しかけたが、頭を振って戻していた。

 出てくるものは分かっているのに、なんだかワクワクしてしまう。ほのかに漂ってくる匂いに、お腹が空いてくる。


 ……そうか。

 料理が出てくるのを待つってのは、こんな気持ちなんだな。


 あまり長くは味わえないだろうリビングからの音を、疲れているはずの俺は不思議と穏やかな心で聞いていたのであった。

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