七夕飾り(曽根崎、景清)
「さーさーのーはーどんどこしょー。のーきーなーみーゆーれーるー……」
音程の取れた、しかし絶妙に歌詞の違う歌を聞いている。私は少し顔を上げると、せっせと笹の葉に七夕飾りを括り付けるアルバイトに目をやった。
「……どうせ明日には捨てるのに」
「ムードの無いこと言わないでくださいよ!」
「作る手間と捨てる手間。結局はやらない方がなんぼかマシだと思うがな」
「情緒を解さない人ですね。ただでさえ、季節感の無い事務所と家主だってのに」
「通年服という概念を知ってるか?」
「知ってたら何だってんだ」
別に、いつも通りでいいのにな。
そう思いながらも、これ以上たてついたら乱暴なアルバイトに蹴っ飛ばされそうなので黙ることにする。処世渡世、時として自衛も必要なのだ。
本日は七月七日、七夕。織姫彦星七夕伝説諸々あるが、まあ、ぶっちゃけてしまえば願い事を短冊に書いて笹の葉に括り付ける日である。
「曽根崎さん、何か願い事はありませんか?」
どことなくウキウキした様子の景清君が、短冊片手にこちらを見る。
願い事……。願い事、ねぇ。
「……指パッチンするだけで健康になれる体が欲しい」
「それはもう不摂生を直しましょうよ……」
「直りそうもないから願い事になるんだろ。現実的な願いを書いた所でつまらないし」
「そんなことありませんよ。ほら、スーパーとかで見てたら現実的な願いも結構見つけられます」
「例えば?」
「例えば……どこそこの学校に合格しますようにー、とか」
「ふんふん」
「誰それさんと付き合えますようにー、とか」
「うんうん」
「あの人が奥さんと別れてくれますようにー、とか」
「それは非現実的じゃないか?」
そうかな? と首を傾げる。聞くと、どこの笹でも大抵一枚は見つかるらしい。逐一スーパーの笹見てるのか、この子は。
「おーほしさーまーぎんぎらぎーん。りーんーりーんーすーなーごー」
結局かなり間違えてたな、歌。
これ以上聞くのもしのびなくて、別の話題にすり替えた。
「とこらで、君はどんな願い事をしたんだ?」
「僕ですか? そりゃもう、お金ですよ。お金欲しいって書きました」
「それこそ短冊じゃなく私に言うべきだろ」
「え、言ったらくれるんですか?」
「勿論。ほら言ってごらん、お金が欲しいですと」
「お金欲しいです」
「もっと大きな声で」
「お金欲しいです!」
「もっともっと!」
「お金欲しいです!!!!」
「よく言った! そんな君にとっておきの曽根崎案件があるんだが……」
「お疲れ様です、曽根崎さん。今日の分のご飯は冷蔵庫にありますので勝手に食べてください」
「すいません景清さん。景清様。謝るから戻ってきてください」
事務所を後にしようとする景清君の服を掴み、なんとか引き止める。彼は気を取り直し、また笹に飾り付けを始めた。
健康的な色合いの指が、折り紙飾りを括り付ける。その飾りが、やたら形の悪い不器用なものであることにようやく気づいた。
……まさか、家でわざわざ作ってきたのか。
けれどそれを指摘しようもんなら、また事務所を出て行こうとするのだろう。それが分かっていたので、私は見ないふりをした。
代わりにひとつだけ、言葉を贈る。
「……笹飾りも、こうして見てみるとそう悪いもんじゃないな」
「へへへ、そうでしょう」
イケメンらしからぬ笑い方である。しかし逆に好感が持てるのは、彼の性格による所が大きいのだろう。
「……できた! ほら曽根崎さん、持ってください持ってください! 持って頭の上でブンブン振ってください!」
「別に構わないが……なんでだ?」
「高い所の方が願い事って叶いやすいんですよね? 振れば尚更効果が出ると聞きました!」
「……誰に吹き込まれたか知らんが、アルタイルとベガと地球の距離からしたら、数センチ程度完全に誤差だから気にしなくていいよ」
「藤田あの野郎!!」
「叔父に騙されたんだな」
憤る彼の横でよくよく手元の笹を見れば、律儀に私の願い事も付けられてあった。それでなんとなく私も一度だけ、頭より高い場所で二人分の願いが込められた笹を振ってやったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます