怪異の掃除人・エトセトラ

長埜 恵(ながのけい)

十一月十一日の事務所にて

「景清君、ポッキーゲームをしよう」


 そんなことを曽根崎さんに言われた十一月十一日。僕は周りの状況をじっくりと確認してから、「構いませんよ」と頷いた。


 ――僕には分かっていたのだ。


 曽根崎さんが、ポッキーゲームとやらを盛大に勘違いしていることに。



 +++



「じゃあボクからいくわね!」


 そう言って意気揚々と腕まくりをするのは、毎度お馴染み絶世の美女こと柊ちゃんである。彼女はジェンガ化した大量のポッキーから慎重に一本を引き抜くと、フフンと得意げに笑った。

 その隣では、目つきの悪いお兄さんがポッキーを咥えながらぼやいている。


「こんなことせず普通に食べてぇな。食べ物で遊びやがって」

「何言ってんのよ! 苦労して食べるポッキーだからこそ美味しいんじゃない!」

「普通に食って十分うめぇわ。ポッキーの底力舐めんなや」


 至極真っ当な意見を述べる阿蘇さんに、向かいにいた藤田さんが爽やかに微笑みかけた。


「じゃあオレがポッキーのチョコ部分舐めとってプリッツにして渡そうか?」

「じゃあって何? なんでいかにも当然の流れみてぇな顔して唐突な欲望を満たそうとするんだ。いらねぇわアホ本当いらねぇ立ち上がるなバカ」


 ……全員、何の疑問も抱かずワイワイとポッキージェンガに勤しんでいる。引き抜いては食べ、引き抜いては食べ。つーか誰が組み立てたんだコレ。

 そんな僕の疑問を察したのか、ちょうど真ん中あたりのポッキーを取った曽根崎さんが言った。


「……なんか毎年恒例になってしまってな。最初は戯れにタワーを作ってみただけだったんだが」

「やっぱりアンタの仕業でしたか」

「柊ちゃんに見つかったら一巻の終わりだよ。なんでもゲームに変えられてしまう」

「まぁそれもある意味一つの始まりというか……。あ、次僕の番だ。どれにしよう」

「頑張れ景清君。案外このポッキーゲームは難しいぞ」


 だからこれポッキーゲームじゃねぇんだよ。


 しかし曽根崎さんの言うことはあながち間違いでもないらしく、絶妙なバランスで組み立てられたポッキーを引き抜くのは至難の技だった。

 ……いや、これぐらいならまだ大丈夫。僕は震える手で、上の方のポッキーを摘んだ。


「……そういや、まだ罰ゲームを決めてなかったな」


 集中していると、藤田さんがぽつりと言った。


「今回はどうしようかなぁ。せっかく景清もいることだし、やっぱ触れ合い企画がイイよね」

「ほどほどにしてくださいよ」

「オーケーオーケー。……そうだなぁ。例えば最初に崩したヤツと次に崩したヤツがそれぞれポッキーの端を咥えて、そんで食べ進めていってどっちが先に離すかってのを見守るヤツとか……」

「いやそれがポッキーゲームだよ!!!!」


 つい抜いた流れでツッコんだ。

 が、その荒い勢いに繊細なポッキータワーが耐えられるはずもない。一拍置いた後、ジェンガはバラバラと僕の目の前で崩れ去ってしまった。


 ……やっちまったよ。


 呆然とする僕の肩に手を置き、藤田さんはにっこりと笑う。


「――罰ゲーム」

「うわああああ!!」

「曽根崎さん、もう一回組み立て直しをお願いします。そしてオレの番から始めましょう」

「よーしガッチガチに組んでやる。崩せるもんなら崩してみろ」

「兄さん贔屓はよくない。あと藤田も真面目にやれよ。すぐ崩れたらゲームが面白くならねぇぞ」

「でもその分早く終わるから、普通にポッキー食べられるようになるよ?」

「……景清君、速攻で終わらせるから相手俺でもいい?」

「阿蘇さあああああん!!」

「アンタほんと食に関する誘惑となると一瞬で落ちるわよねー」


 なんだこれ。どこにも味方がいないぞ。新手の地獄か。

 文字通りの四面楚歌の中、僕は必死で藤田さんに訴える。


「アレはズルいですよ! もう一回! もう一回お願いします!」

「嫌だオレはもう景清をシェアハピすると決めたんだ」

「僕を!? シェアハピ!?」


 不穏な言葉が飛び出た所で、曽根崎さんによるポッキータワーが完成した。何アレ要塞じゃん。本当に素材ポッキーだけ? ボルト使ってない?

 ドン引きする僕をよそに、藤田さんは舌舐めずりをする。


「……さ、オレからだね。一発で崩して景清の唇を奪ってやる」

「ポッキー介したセクハラを甥に敢行しないでくれませんか!」

「今更ねー。そんな焦んなくて大丈夫よ。いつもの流れなら大体ここから五周はするから」

「いつもの流れなんですか!?」

「兄さんが本気出したポッキータワーは頭使わねぇと崩せねぇぞ。どこを抜いた状態でどこを押さえてどこを引き抜くとか」

「今年は特にすごいから覚悟するがいい。なんせ箱根の秘密箱の仕掛けを取り入れたからな」

「崩した所で待ってるのは僕とのポッキーゲームですけどね! それでいいんですかアンタら!?」

「だから最初に聞いただろう。ポッキーゲームをしようと」

「ああ、あれそういう意味!?」


 半分は口から出まかせな気もする。ともあれ僕にできることは最早何一つ無く、目の前で繰り広げられる凄まじい頭脳戦と心理戦に手に汗を握りながら、ただただ罰ゲームの相手が決まるのを正座して待つしか無いのだった。



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