バレンタインデー必勝法☆

 その叔父は突然やってきた。


「頼む、景清! オレにバレンタインデーの必勝法を教えてくれ!」


「帰れ!」


 突如現れた藤田さんに、塩をぶち撒けんばかりの勢いで応対したのは曽根崎さんである。当然だ、ここは曽根崎さんの事務所なのだから。

 季節はバレンタインデーを間近に控えた頃。街はポップなピンク色の飾りつけであふれており、恋に彩りを添えたいと浮き立つカップルたちを刺激している。だけど恋人がおらず、また常に金欠である僕には縁遠い話だ。堂々と並ぶ高めのチョコを「どんな味がするのかな」と指を咥えて眺めることしかできない。

 そんな僕にバレンタインデーの必勝法だと? わかるわけがない。わかってたら、こんなオッサンがいる事務所でバレンタインデーもクリスマスも関係なく働きに来ていない。以上を説明した上で、僕は藤田さんに言い放った。

「そういうわけで藤田さんのお役には立てないかと。お引き取りください」

「クソォーーーーーッ!!!!」

 床に崩れ落ちて嘆く藤田さんである。そこはさっき掃除したばかりなのでやめてほしい。

「でも、どうしてバレンタインデーの必勝法を僕に聞きに来たんですか?」ひとつ疑問に思った僕は、しゃがみこんで藤田さんに尋ねた。「藤田さんほど容姿と愛想がいい人なら、バレンタインデーも連戦連勝だと思うんですが」

「じゃあ景清、今晩オレとワンナイトしけこんでくれる?」

「嫌です」

「な? 食い気味で拒否るだろ? 誰もが羨むオレの容姿だろうと、相手によっては全然歯が立たないことだってあるんだ」

「なるほど。それじゃ今回の相手は全然歯が立たないんですか?」

「そうなんだよ。さながら難攻不落の要塞」

「阿蘇さんですか?」

「いやーーーーーんっ!!!!」

 今度は床をごろごろと転がり始めた。そっちは掃除をしていなかったので好都合かもしれない。とにかく僕は早速正解を引き当てたようだ。

「そう! 相手は阿蘇です!」ホコリをまとった藤田さんが言う。「というかね、ずっとオレ毎年のようにバレンタインデーには阿蘇にチョコをプレゼントしてるんだけどね! なーぜか毎回めちゃくちゃ渋られるんだよ!」

「品質の問題じゃないですか?」

「そんなことない! ちゃんと愛情込めて作ってる!」

「じゃあ品質の問題じゃないですか」

 余談だが、藤田さんの料理の腕は壊滅的なのだ。いや全然余談じゃないな。本筋だな。

 僕はできるだけ藤田さんに目線の高さを合わせたまま、冷静に説得を試みる。

「喜んでもらいたいなら市販のチョコを買いましょうよ。阿蘇さんチョコ好きだし、普通に喜んでくれると思いますよ」

「いやだ! 市販には愛がない!」

「ありますよ、信じられないぐらいあります。抽象的な概念なので一般消費者には実感しづらいだけで」

「データで出せ! データで出せ!」

「じゃあ先に手作りチョコに含まれる愛情をデータ化してください」

「クソォーーーーーッ!!!!」

 じたばたしている。これが僕より数年年上である親戚の姿か。

 しかし、藤田さんの言い分は理解した。今年こそ、自分が作ったチョコを阿蘇さんに大喜びで受け取ってほしいのだ。無理だろ。

「無理じゃない!」

 往生際の悪い藤田さんである。でも、正直二つに一つだと思う。自分が作ったチョコを渋い顔で受け取ってもらうか、市販のチョコを大喜びで受け取ってもらうか。

 いや、僕に相談するから案が出ないのかもしれない。ここは(爛れた)恋愛経験豊富で(マニアックな)知識を蓄えた曽根崎さんに相談してみよう。いかがですか、曽根崎さん!

「無理だろ」

 やっぱりな!

「いやだああああ~~~~! まだ諦めたくない! 他に斬新な方法があるって思いたい!」

 そしてまた藤田さんは転がり始めてしまった。これがデータを重んじる理系の姿か。日本の未来が心配だ。

「諦めも大事ですよ、藤田さん」転がる藤田さんを目で追いながら僕は言う。「ほかでもない怪異の掃除人が無理って言ったんです。だったらマジで望みはないと思います」

「今オレのバレンタインイベント、怪異って断言した?」

「考えてみてください。藤田さんの自己満足と、阿蘇さんの笑顔。どちらかひとつを選ばないといけないとしたら、藤田さんはどちらを選びますか?」

 その言葉に、藤田さんはハッと顔をあげた。それから僕の発言をゆっくりと咀嚼するかのように考える時間があって、彼は真剣な眼差しを僕に向けた。

「オレに大事なことを思い出させてくれてありがとう、景清。おかげで目が覚めたよ」

「藤田さん……」

「阿蘇はいつもそうだ。オレが好き勝手暴れているのを見て、やれやれと呆れた顔をしながらどこか楽しんでいる様子だった……」

 お? 風向きが変わってきたぞ?

「そう、阿蘇はオレが心の底から笑ってるのを誰より喜べる懐の深い男なんだ。そうとわかれば進め、オレ! 今年はブラックシャンティショコラを作るぞー!!」

「ああっ! また絶対初心者が作れないものを……!!」

「よーし阿蘇! バレンタインデー、尻を洗って待ってろよ!!」

「首じゃなくて!?」

 藤田さんは止める間もなく走り去っていった。残されたのは僕と曽根崎さんと、ちょっとピカピカになった床。ちなみに曽根崎さんはもう何事もなかったかのように書類仕事に戻っている。

「……」

 一方僕は、スマートフォンを取り出した。


『お疲れ様です、阿蘇さん。すいません、藤田さんの手作りチョコを止められませんでした。バレンタインデーは尻を洗って待っててほしいとのことです』


 すぐにメッセージの返事はきた。


『首じゃなくて?』


 こんなにまともな阿蘇さんだが、バレンタインデーにブラックシャンティショコラと名付けられたおぞましい何かが送りつけられることが確定している。僕はただ、阿蘇さんの胃の無事を願うしかできなかった。

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怪異の掃除人・エトセトラ 長埜 恵(ながのけい) @ohagida

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