阿蘇さんを囲む美女の会・前編
※7月24日阿蘇忠助誕生日記念。
「来たる七月二十四日……! それは、我らが愛すべきムキムキ、阿蘇忠助の誕生日!!」
おもちゃのマイクを握った藤田さんが、事務所のソファーに飛び乗って演説している。
「誕生日といえば一年一回の素敵な日……! そこでオレちゃん、阿蘇さんに楽しんでもらうべく考えました! 男が喜ぶといったらやっぱり美女! 満漢全席酒池肉林! そんなわけで、古今東西この上ない美女を集め彼に侍らせてもらおうと思います!」
「満漢全席酒池肉林!?」
つまり、阿蘇さんを美女で囲もうという企画らしい。
……うん。本人が喜ぶかどうかはともかく、別にそれ自体は構わない。聞くだけなら愉快な企画だと思う。
でも、だ。だけど、だ。
――どう見ても、ここに集められてるのって全員男なんだよなぁ。
「……もしかして、美女を紹介しろって話ですか? だとしたら僕をアテにしないでください。交友関係の狭さ舐めないでくださいよ」
「ノンノンノン。そんなことしなくたって、美女はいるじゃねえか」
その一言と、メイク道具を武器みたいに構えた柊ちゃんの姿にハッとする。逃げようとしたが、その前に曽根崎さんに取り押さえられた。
「曽根崎ィ! テメェコラ!!」
「許せ、景清君……! 君を生贄に差し出さないと、おっそろしくスリットの深いチャイナドレスを着なければならなくなるんだ……!」
「知るかよ! 着れば!? 離せえええええ!!」
「いーいわよおー? シンジ、そのまま景清を押さえてなさぁーい?」
ブラシが迫る。曽根崎さんにのしかかられ身動きが取れず、これ以上抵抗するだけ無駄だと悟った僕は、諦め目を閉じたのだった。
+++
事務所のドアを開けた阿蘇さんの顔は、それはそれは見ものだった。
「やぁ忠助。姉さんだよ」
阿蘇さんの前に仁王立ちしていたのは、身の丈180センチ超もある人相の悪いロングエプロンのメイドさん――曽根崎慎子さんである。
怖い。致命的なまでに似合わない。「いっそアンタはノーメイクの方がニッチな層にウケる」と柊ちゃんから謎の宣託をいただいてしまった為に、濃いクマを引いた鋭い目が貞子もかくやのロングヘアから覗いている。
この何とも形容し難い風体に、流石の阿蘇さんも威圧されたのだろう。無言でジリ、とたじろぐと、次の瞬間背を向け逃げ出した。
「確保ー♪」
だがそれを取り押さえたるは、ミニスカポリスの藤田直子さんである。
「あっあああああ離せ藤田!! 後生だから!!」
「午後四時十八分! 阿蘇忠助を捕まえました!」
「俺の野生の勘がここから逃げろっつってんだよ! 離せ!」
「逃がさないよ? お前が存分に癒されない限りオレは何度でもお前を捕まえるぜ?」
「今! 現在進行形で! ゴリッゴリにストレスが溜まってんだけど!」
「それより阿蘇さん見てほら。オレすね毛も剃ってきてんの。健気じゃね?」
「知るか!」
すがりつく藤田さんを、阿蘇さんは容赦なく足蹴にしていた。……しかし、少し離れて見てみると相当えげつない光景である。
何故なら、今の藤田さんときたらそんじょそこらの女性に引けを取らないほどのとんでもない美人だったのだ。足も長いし色白だし、ちょっと化粧をしただけでこうも女性っぽくなるとは人間分からないものである。
でも阿蘇さんは靡かない。藤田さんであることには変わりないのだ、靡くはずがなかった。
「んもう、相変わらず乱暴なんだから。女の子には優しくしなきゃダメよー?」
そんな阿蘇さんと藤田さんの間に割って入ったのは、柊ちゃんである。
……柊、ちゃん……。
……相変わらず、思い切った服を着るものである。深いスリットの入った黒のチャイナドレスからは、真っ白でほっそりとした太腿が見えている。胸元はしまっていて露出が多いわけじゃないのに、ぴったりと体に張り付いたドレスは彼女の体のラインを際立たせ、直視するのが恥ずかしい。
だけど、とてもよく似合っている。
……男、だよね? 一応戸籍上は、僕と同じ男の人だよね?
柊ちゃんはさらりと艶やかな黒髪をかき上げると、腰に手をあてて言った。
「ねぇ、タダスケ。アンタいつも眉間にしわ寄せて疲れた顔してるじゃない。そんなことじゃ肩凝っちゃうわよ?」
「誰のせいだと……!」
「だからね、ボク達考えたの。たまには美女に囲まれて息抜きしたらどうかしらってね!」
「なぁそれマジで言ってる? 女装した男しかここにいねぇ状態でマジで言ってる?」
「あら、ご不満? せっかく迫力系、小悪魔系、正統派美女系、清純系と揃えてみたのに」
「あ? 清純系なんていたか?」
そうやって阿蘇さんが顔を上げた拍子に、僕と目が合う。……これまでずっと柱の影に隠れていた僕だったが、見つかったなら仕方ない。唖然とする阿蘇さんに、おずおずと笑ってみた。
「お久しぶりです、景子です……」
「……何、その格好」
ああ、まさにおっしゃる通りである。
なんだろう、ロリータ服とでもいうのだろうか。色合いをおさえた、どこぞの女学園の制服みたいなワンピース。それにセミロングのカツラをかぶって、ちょこんとした帽子を載せている。
スカートの丈は良心的な長さでお願いしますと要求したのは何とか通ったようで、僕は膝小僧が隠れるぐらいの裾をぎゅっと両手で握っていた。
「……あまり、見ないでください。僕としても、この格好はとても不本意なんです……」
「……」
とりあえず、弁明は、できた。
渋い顔をして沈黙を貫く阿蘇さんを放置し、復活した藤田さんがまたしてもマイクを手に取る。
「さあー、これで美女は軒並み出揃いました! では阿蘇さん! この中から一人だけ! こちらのソファーで相席する美女をお選びくださいませ!!」
「ええー、全員男じゃねぇか。ふざけんなよ」
「でも粒揃いだろ!? さぁ選びなすって! できるならばこのアタシを!」
「俺彼女にするなら露出が少ない方がいいんだけど」
「独占欲ってやつね!? ええよろしくってよ! 曽根崎さん、エプロン貸してください! オレ今からそいつを腰に巻きます!」
「ヤダよ、面倒くさい。順当にフラれてろ」
そうして、阿蘇さんの前にズラリと美女が並ぶ。いっそ壮観であるが、全員漏れなく男だということを忘れてはならない。
この嫌がらせに近い企画にしばらく片手で顔を覆っていた阿蘇さんだったが、やがてため息と共に腕を持ち上げた。
「――しゃあねぇな。そんじゃ、俺が選ぶのは……」
男らしい大きな人差し指が、ある一人を指した。
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