救出
「カッコつけるのは構わないけど、他にも人質がいるのに個人贔屓はどうかと思うよ」
いそいそとナタリーの枷を外している彪へ、或鳩はため息混じりに投げかけた。
「はいはいすいませんね。お前も突っ立ってないで、星呉と一緒にみんなを解放したらどうだ」
素っ気なく肩越しに手を払われた或鳩は、贅肉たっぷりの背中を睨んで去っていく。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「は、はい……助けてくださって、ありがとうございます」
猿ぐつわから解放されたナタリーは、深々と頭を下げてくる。
「お礼なんていいよ。遅れてごめんね、怖かったよね」
「わわっ!? きゅぅぅ……」
彪がそっと頭を撫でると、ナタリーは頬を紅潮させた。慌てて顔を隠そうとするが、お気に入りの魔法帽は手元にない。逃げ場を失った彼女は、きゅっと下唇を噛んで俯いてしまった。
「あっごめん! もしかして怪我してた!? 痛かったとか!?」
魔法服の裾を握りしめてふるふると首を振る姿に、それが照れだと気づかず狼狽する彪。そんな彼を横目で見ながら村の女性を解放していた或鳩が囃し立てる。
「ロリコン! ペドフィリア! チキンDT!」
「……えっ、なんでオレ叩かれてんの?」
わざとナタリーに通じないようカタカナ満載で罵られ、訳も分からず首を傾げる彪。その隣で同じように小首を傾げていたナタリーが、おずおずと視線を上げた。
「あのぅ……ロリコンって、何かの呪文なのでしょうか?」
「わー! わーっ! 聞いちゃ駄目だ!」
時すでに遅しだと知りつつ、彪は彼女の耳を塞いだ。しかし大きな手に包まれたことで、湯気が出そうな程に顔を真っ赤にして身じろぎするナタリーに、さらに困惑へと陥っていく。
或鳩と星呉は半眼で「鈍感って残酷だよね」「(俺でも気づくぜ)」などと頷き合っていた。
ほどなくして、女性たちの拘束を一通り解いた或鳩たち。
長い時間この状態でいたのだろう。ぐったりとしていた村人たちは、歓喜に震えるというよりも、動くことが初めてであるかのようなぎこちなさで立ち上がった。
「……あんたら、うちの村の人間じゃあないね」
一人の女性が進み出た。やつれてこそいるが、飾り気なしに力強い目元が、サバサバとした性格を思わせる。おそらく、村の中でも頼られている姉貴分なのだろう。
「助けてくれたことには礼を言うけれど。リスティッヒたちは死んだのかい?」
「ええと、そっちはまだ……」
彪が言いよどむと、大分生気を取り戻した女性は胸倉に掴みかかってきた。
「それならどうして助けたりなんかしてくれたんだい! !」
「えっ? ええっ!?」
「あいつらは魔物だよ!? 何をされるか分からない、汚らわしいケダモノ! あたいたちはね、村を生き延びさせるために身を差し出したんだ! それをあんたらは無駄にしたんだよ!」
女性の剣幕の後ろで、村娘たちは怯えたように頭を抱えて叫んでいる。
そんな時。彼女たちの絶望を煽るように、ズウゥゥン、と低い地鳴りが響き渡った。
「これは……何ごとだい?」
天井からぱらぱらと落ちる砂に戸惑う女性たち。
じっと耳を澄ませていた或鳩が顔を上げた。
「何か、戦ってるような音が聞こえる。フローリアたちかな?」
「フローラちゃんたちが来てるんですか!?」
真っ先に反応したのはナタリーだった。その勢いに負けた或鳩が小刻みに頷くと、
「わたし行かなきゃ。……あのっ、ありがとうございました!」
彼女はこちらへと改めて頭を下げて走り出した。
ぽかーんとナタリーを見送っていた或鳩たちに、女性が訊ねてくる。
「誰かが、リスティッヒと戦っているのかい?」
「ええ、まぁ……多分」
彪が曖昧に頷くと、女性は目を閉じて数秒だけ黙考したあとで、村娘たちへと向き直った。
「こうなったらあたいらも行くよ! ケダモノに怯え、屈しているだけじゃ何も変わらない。声を上げて立ち向かうんだ! あたいたちで、クライネ村の明日を作るんだよ!」
「おお!」「やるわよ!」「怖いけど頑張ります!」「復讐しましょう!」
先陣を切る姿を見て奮起した村娘たちは、我先にと部屋を出ていってしまう。
「女の人って、強いというか……」
「怖ぇよな……」
「二人とも感心してる場合じゃないよ、僕らも行かなきゃ!」
或鳩は、蚊帳の外へとはじき出されて立ち尽くす彪と星呉の尻を引っぱたいた。
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