旅立ち
護衛に挟まれたエドワード王の前で、片膝をつき、赤髪の少女が恭しく頭を垂れている。
フローリア・フォン・フランドルフだ。
「それでは行ってまいります。国王様」
座したままさらに深く頭を下げる彼女の後ろから、ソフィアとナタリーも倣ってかしづく。
「うむ。ソフィとナタリーも、十分に気をつけていきなさい」
「はい!」
言葉を頂戴したことで再度頭を垂れた三人が立ち上がると、わっと観衆が湧きあがった。
ソフィアとナタリーこそ昨日或鳩たちと遭遇した際の格好そのままだったが、フローリアだけは、あの不審者スタイルとは打って変わっている。
青い薄絹をベースとした、ドレスのようにきらびやかな服。動きやすさを配慮してか、あまり華美な装飾はなく、フレアスカートも丈が膝上あたりまでで切られている。胸や鎖骨の部分には簡素な造りの銀の軽鎧を纏い、腰には両側に剣を携えていた。
剣の一振りは一般の銀製のものに見えるが、左腰に差している方の剣は、青の鞘に金細工といった、まさに王家の者が持つ名剣といった見事な拵である。
「まずはクライネ村に向かい、そこから東を目指そうと思います」
「そうか。息災でな」
落ち着いた表情で踵を返したフローリアたちは、
「いよいよ旅立たれるんだな。勇者様万歳!」「姫様万歳!」
声援のアーチに見送られながら、城の正門へと続く道を踏み出した。
その様子を、ギャラリーの中に紛れて窺っていた或鳩たちは目を丸くしていた。
「フローリアは、昨日会った時と随分印象違ぇな」
「そりゃ、本業はお姫様だからな」
改めて彼女の美しさに見惚れ、堪能した彪と星呉は、一旦観衆の外に出ようと試みる。
「聞いたか? シュヴァルベの森にはユベルドラッヘが住み着いてるっていうじゃないか」
「俺も聞いたが噂だろ?
「それにフローリア様は双剣術の達人でいらっしゃるし、ソフィ様は大賢者様、ナタリー様は大魔法使い様の子孫なんだろ? 本当に龍が出ても、なんとかしてくれるさ」
抜け出る途中で、後ろの方にいた国民たちから、そんな話を漏れ聞いた。目につかない後方の人間が雑談に耽るのはどこの世界でも同じらしい。
「さて、僕らも後を追おう」
「或鳩、ちょっと待ってくれ」
しかし、その雑談は彪の心配を煽るには十分だった。
「さっき町の人が言ってた噂、危険なんじゃないか? ユベルなんとかって」
「ユベルドラッヘだ。『禍いの龍』なんて大層な名前、噂には持ってこいだね」
ちゃっかり噂話を聞いていたらしい或鳩に、話が早いと星呉が手を打つ。
「俺らは護衛なんだし、確認するだけしてみようぜ。宿でもらった地図はあるか?」
「持ってるよ?」
「……出してくれって言わないと分からねぇか?」
「だったら最初に出してくれと尋ねるべきだよ。ネットではアスペとか言われるようだけど、適切な質問を選択できない彼らが間違ってる。それと君もね」
「はいはいすんませんっしただからとっとと地図を出せ!」
苛立たしげに手を出す星呉。「もしかして、まだお腹減ってる?」という嫌味を言いながら、或鳩はパーカーの下から旅行パンフレットのような簡易地図を取り出す。
「……どっから出してんだよ」
「この地図の紙質は、触った感じ新聞紙に近いからね。保温に使ってた」
「星呉、気にしたら負けだ。……ええと、シュヴァルベの森ってのはここだな」
彪は同情を込めて星呉の肩を叩き、横から地図の確認をはじめた。
或鳩たちがこの世界にやって来た時に見た景色。その中にあった森こそがシュヴァルベの森らしかった。王都フランドルフとクライネ村は森を挟むように位置しているが、地図によれば、道は森の沿線をなぞっているため、ただ抜けるだけなら距離はそうかからないだろう。
「これくらいなら、ドラゴンにぶつかることはなさそうだけど……心配だな」
むぅ、と顎に手を当てる彪。それに或鳩が頷く。
「確かに心配だ。自由性を売りにした鬼畜ゲーじゃない限り、普通のRPGでは序盤からドラゴンクラスの敵とはぶつからないはずだからね」
「王様からはフローリアたちをサポートしろって言われてるしよ、俺たちでなんとかしようぜ」
「なるほど、僕らが強敵をどうにかすることで、『序盤のエンカウントは雑魚』というお約束の裏付けをするわけか。興味深い」
満足そうに口角を吊り上げた或鳩は、鼻歌混じりの軽い足取りで歩き出す。
「なんかノリノリだな」
「まぁ、あいつがやる気ならうるさくねぇし気楽だな」
「一応言っておくけれど、勇者そのものになれなかったことはまだ納得してないからね!」
振り返らず、肩越しに手をひらひらとする姿に、彪と星呉は「あっそ……」と肩を落とした。
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