第二章 三バカと黒龍とふっかつのじゅもん
三人寄れば~SIDE GIRLS~
「んー、いい天気ね!」
城門を抜けた景色に広がる草原と太陽の匂いに、フローリアはぐっと伸びをした。
「緊張感のない姫様だねぇ。物見遊山じゃないのよ?」
「うっ、分かってるわよ。町の外なんて久しぶりだから、ついはしゃいじゃっただけだもん」
拗ねたように口をすぼめた彼女に、ソフィアは「どうだかねぇ」と棒読みで返す。
姫を挟んで反対側を歩いていたナタリーが、ぷっ、と控えめに吹きだした。
「フローラちゃんは、いつもお城の中で政務に追われていたもんね。仕方ないよ」
「そうなのよ! 散歩もダメ、こっそりおやつを食べるのもダメ……監視されてる気分だわ」
「監視が付くのは、誰かさんがしょっちゅう抜け出すからだと思うけど?」
ソフィアの指摘に、フローリアは図星を指されてぐうの音も出なかった。彼女はわざとらしく咳払いをして取り繕うと、これまたわざとらしく、ぎこちない動きでナタリーに縋りつく。
「ねぇ、ナタリー。今日は、カッツェを呼ばないの?」
「うん、何があるか分からないから、少しでも魔力を温存したくて」
「召喚してもいいよ? あたしの白の洗礼(リヒト・クロイツ)なら、魔力も少しは回復できるから」
ソフィアはそう言って、腰元のホルダーに引っさげた白銀の銃『ヴァイスローゼン』を掲げて見せる。ホルダーにはもう一挺、対の黒鉄銃『シュバルツリーリエ』も収められていた。
「ありがとうソフィちゃん。じゃあ、休憩の時にでも呼ぶね」「やたっ!」
微笑むナタリーに、フローリアは小さくガッツポーズを取った。
「まぁ、確かに用心に越したことはないけれどね。
歩みを進めながら、ソフィアが気だるげにぼやく。
最初の目的地であるクライネ村に行くには、森を抜けるのが手っ取り早い。草原を迂回するよりも半分以下の移動時間で済むため、夕刻には村で休むこともできるからだ。
「わたしも聞いたよ。何人かの生徒が肝試しに行ったけど、肩すかしだったって」
「困った噂よね。お父様が
雲を掴むような噂に苦笑いしか出ない。しかし姫としては不安を隠せないのだろう、フローリアの表情には、国民を案じる色が浮かんでいた。
「指揮を執ったのはラーゼン閣下だっけ? あの人、いまいち信用できないのよねぇ」
「そうなの? わたしは今日初めて会ったけれど、真面目そうな印象だったよ」
「なーいない。閣下がフローラに向ける目、見た? あれはオスの目だって」
きょとんとしているナタリーに、手を振って否定するソフィア。一方、当の本人は全く気に留めていなかったらしく、素知らぬ顔で彼女を窘める。
「憶測や偏見で物を言うのはやめなさい。非があるなら、理で明らかにすべきよ」
「目が変態ってのは十分な理由だし、あーたも心当たりあるでしょうが。というかフローラの乳には目を向けて、それより大きいあたしのに目を向けないのが腹立つ」
「本音、でちゃったね……」
ソフィアは手をわきわきと動かしながら下品なガニ股で闊歩する。あてつけでしかない恨み言に、ナタリーは苦笑しつつも、そっと自分の小振りな胸に手を当ててため息を吐いていた。
「バカなことを言っていると置いて行くわよ」
淡々と告げて先へ行ってしまうフローリア。ソフィアはその背中を追いかけながら、
「ほんと、あんたはこの手の話を避けるわよねぇ。姫様だっていつかは子を成すでしょうに」
断固として無視の姿勢を崩そうとしない姫様に、下品な修道女はしたり顔で眉を上げる。
「もしかして? 姫様ともあろう方が? 男と女の違いについてご存知ないとか?」
ぴくり、とフローリアの肩が跳ねた。正面に回り込んだソフィアは彼女の顔が真っ赤になっていることに気づいたが、その理由が昨日会った少年との一件だとまでは思いもしないだろう。
「しっ、知らないわ。まだ知るべきでないだけよ!」
恥ずかしさに耐えかねて、フローリアはつんとそっぽを向いてしまう。
「や、身を守るためにも知っておくべきでしょ。ナタリーんとこの生徒なんかはお盛んよね?」
「ええと、そ、そんな話も聞いたことはなくも……、ないかも?」
「かまととぶらず非常によろしい。さぁて」
可愛らしく赤らんだナタリーに、ソフィアは満足そうに頷いて、頑なな姫様へと振り返る。
「おっぱいおっぱい」
「~~~~っ!」
声を上げそうになるのを堪えながら、フローリアは足を速めて逃げだした。しかし、愉悦に軽くなった足取りで追いかけるソフィアからは逃げられるはずもなく。
「おちん――あだっ」
「殴ったわよ?」
フローリアは止むを得ず、拳骨で迎え撃つことにした。
「……非があるなら、理で明らかにすべきじゃなかったんですかフローラさん」
「説明せずとも明らかなことってあるわよね?」
「でもそれは信念に反す――」
「あるわよね?」
「はい、ごもっともです……」
頭をさするソフィアに、蚊帳の外のナタリーは乾いた笑顔を浮かべるしかなかった。
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