牢の中~SIDE GIRLS~

 フローリアたちが洞窟に到着した頃、別の部屋でナタリーは震えていた。

 琥珀猫と朝の散歩をする日課で、一日のはじまりを迎えようとしただけなのに。村の男衆に取り押さえられ、手足を縛られた時には、さすがに夢を疑った。

 村はずれの洞窟でコボルトに引き渡され、この部屋に収容されてはじめて、これが非情な現実なのだと思い知った。だだっ広い空間には自分と同じように囚われている女性が大勢いたからだ。小さい子供から老婆にいたるまで、隅にうずくまり、目には光がない。

 助けてあげたいが、猿ぐつわを噛ませられては呪文の詠唱もできず、無力だった。


「(フローラちゃん、ソフィちゃん、無事でいて……)」


 涙と涎でぐしゃぐしゃになりながらも、仲間を想って目を瞑る。

 きっと今頃、琥珀猫が危険を報せてくれていることだろう。しかし人間が理解できる言葉ではないため、自分がおかれている状況までは伝えることができない。もしも、村人と魔物が結託しているのだとすれば、おそらくこの場所すら隠し通されるだろう。


「アア、メンドクサイナ」「タッテルダケダモンナ」「ヤッテランナイゼ」


 気だるそうな文句とともに、足音が近づいてきた。三匹のコボルトは、どうやらこの部屋の番を担当しているらしい。こちらが拘束されているためか、武器などは所持していない。

 ぼうっとした魔物たちとは対照的に、ナタリーの周囲から一斉に荒い息が沸き起こった。

 憎悪。怨恨。侮蔑。囚われの女性たちの感情が唸りを上げている。

 生き物のように首をもたげる悍ましい怨念の集合体に、ナタリーは涙目で竦み上がった。自分に向けられたものでないとはいえ、この空間にいるだけで胸が詰まる。

 しかし、コボルトたちは気にするでもなく、部屋の入口で雑談に耽っていた。


「リスティッヒサマハ、オンナヲウバッテモ、テヲダスナトイッテタナ」

「ランボウシチャ、ダメナノカ? アンナコトトカ、コンナコトトカ」

「バカイウナヨ。オレタチハチイサイカラ、ニンゲンノオンナトジャ、ムリダ」


 表情もいやらしければ、言葉もまた然り。


「デモ、サワリタイ」「タシカニ。スリスリシタイ」「オレハペロペロシタイ!」


 穏やかではない妄想を口にした三匹は、背後の女性たちへと顔を向けた。端から舐めるように堪能していく目が、ふとナタリーのところで止まる。


「シンイリダナ」「コノコ、チンチクリンダゾ」

「モシカシテ、オレタチデモデキル?」


 ナタリーは前歯と猿ぐつわがかたかたと打ち鳴らされるのを感じていた。辺りに漂う重い空気をこじ開けるようにねぶってくる視線、その意味を知らないほど世間知らずではない。

 しかし厄介なことに、彼女の怯える表情を見た魔物たちの興奮が高まっていく一方である。


「モウヤッチャオウゼ」

「オレモ、ガマンデキネェヨ!」

「(いや……いや!)」


 足を掴まれ、村の女性たちからやや離れた、スペースのある場所で降ろされた。地面を引き摺られた恐怖と入れ替わるように、一掬の涙が押し寄せてくる。


「(だれか……助けて……っ!)」


 這って逃げようともがくナタリーをよそに、コボルトたちは暢気に順番決めのじゃんけんをしている。すぐに勝敗は決したのか、最初の一匹が汚らしい腕を伸ばしてきた。

 その時だった。


「――なんか面白そうなことしてるな。オレたちも混ぜろよ」


 腕を伸ばしていたコボルトが、不意に肩を叩かれて振り返る。

 やってきた第三者の声に、ナタリーもおそるおそると顔を上げた。そこにいた影のうち一つはコボルトより少し大きい程度、おそらく自分と同じくらいの身長だろう。反対に細身で身長の高い影と、コボルトの肩を叩いたと思われる、縦にも横にも大きい影。


「ナンダ、モウコウタイノジカンカ? イマイイトコナノニ」


 自分たちと同じ仮面を付けている彼らに、コボルトはナタリーへと意識を戻そうとして、


「ツーカオマエ、デカイナ!?」


 二度見した。


「そりゃあ……コボルトじゃないから――な!」


 本当に仲間なのかと訝しむ顔へ、返答と同時に拳が叩きこまれた。後ろにいた二つの影も、呆気にとられていた他のコボルトを思い思いに殴る蹴るで叩き伏せている。


「……えっ?」


 フランが地に落ちる音に耳を疑ったナタリーは、猿ぐつわの隙間から声を漏らす。

 そんな彼女へ、攻撃の余韻である怪鳥音を発し終えた影は、にっと歯を見せてくれた。


「ナタリー。君を助けに来た!」


 伸ばされた腕の眩しさに、ナタリーは目を潤ませた。

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