~SIDE 彪×ナタリー~(前)
彪が向かった先は魔法学校だった。校門のところでバリケードを張っている生徒たちが、交代制でひっきりなしに魔法を撃ち続けている。
どうやら襲撃してきたのは黒龍だけではないようで、コボルトやリザードマンといった魔物から、狼などの獣まで、校舎を囲むように群がっていた。頭一つ抜けて飛び回るハーピィの裸の上半身に彪が見惚れていると、不意に視界に影がかかる。
「……うわ、でかいな」
頭上を羽ばたく仔龍に目を疑う。森で遭遇した成体よりは遥かに小さいが、それでも自分よりは大きいだろう。異世界では、巨体というアイデンティティがズタボロになりそうだった。
「一昨日はこーんなに小さかったのにな――うわっ!?」
突然、仔龍が炎を吐き出した。その狙いがこちらではないことに安堵しながら、炎の行く先を目で追う。そこには、バリケードの外で立ち尽くす女生徒がいた。彼女は女の子らしく悲鳴を上げて屈み込んだことで助かったが、今にも泣き出しそうだ。
周りを見渡せば、彼女以外にも何人か、逃げ遅れたらしい状態の生徒が見受けられた。
「助けないと! ……って、助けられるのか? いや、助ける!」
ぱんぱん、と頬に気合いを入れた彪は、背後に構えていた学生向けのスイーツ店からいくつかのケーキを失敬すると口に押しこみはじめる。リスティッヒたちの巣で得た金のうち、いくらかは預かっていたため、ポケットから取り出して無人のカウンターへと置いておく。
「足りてなかったらごめんなさい! さーって、カロリーチャージ完了!」
あとから胃もたれしそうな充電方法ではあったが、今は気にしている場合ではない。
彪はお気に入りの怪鳥音を叫びながら、一番近い生徒を目指して切り込んでいく。やや上空を舞うハーピィの爪こそ厄介だが、遠距離攻撃をしてくる魔物がいないことは幸いだった。
狼の牙を躱し、リザードマンの拳を掻い潜る。こちらからの攻撃は鋭く顎や金的を狙うだけ。魔物を倒すことができれば周囲に空間ができるため、立ち回りは幾分か楽である。しかし、
「これはどこをねらえば……うわっ、ちょっ!?」
女性の体を持つハーピィのどこを攻撃すればいいか迷っているうちに、背後から首根っこを掴まれ上空へと持ち上げられてしまった。
「おい、オレは餌じゃないって!? ピザとかブタとか言われてたけど、それ比喩だから! !」
仔龍の腕をばんばんと殴りつけながら、彪は喚き立てていた。
「――【
不意に声がしたかと思うと、飛来してきた炎の玉が仔龍のどてっ腹に炸裂する。呻いた仔龍から解放された彪は、ほっと一息……つけるはずもなく。
「うぉぉぉ、墜ちるぅぅぅううう!?」
「お願い、
「ガウッ!」
落下する寸前で、横から滑り込んできた琥珀色の獅子が受け止めてくれた。今度こそほっとできるかと思った彪だったが、しかし、直後に目線ががくんっ、と縦揺れする。
「……ごめん」
「……クゥン」
獅子が、彪の体重にバランスを崩したのだ。すぐに持ち直して風になびき始めたたてがみに謝り倒していると、背後からくすくすと控えめな笑い声かかけられる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、助かったよ。ありがとう」
振り向くと、ナタリーが風に帽子を押さえながら、よかったです、と微笑んだ。
琥珀獅子は彪を乗せたまま駆けまわり、孤立した生徒を咥えてはバリケードの前へと運んでいく。最後の一人を救出し終えると、その背中からナタリーが飛び降りた。
「みんな、大丈夫!?」
「大丈夫に決まってんだろ。俺たちの魔法、バカにしてんの?」
「石ころナタリーに助けてもらわなくても平気だっての!」
「そ……そうだよね。ごめんね」
しかし、その反応は最悪。バリケードから防御魔法を展開していた生徒どころか、今しがた助けたばかりの生徒までもが、ナタリーに対して罵詈雑言を並べ立てる。
「おい、君たち!」
見ていられなくなって声を上げた彪だったが、その胸は、小さな手に押し留められた。
「いいんです。わたしは自分にできることをするだけですから。……来て、【
健気に笑って見せ、ナタリーは指を空中に躍らせる。魔法陣は一つではなく、赤、緑、黄、紫、黒の五色のものが現れ、それぞれ中央からガーネットを吐き出した。
その様子を見ていた生徒は「ほら見ろ、やっぱり石ころだ」と言いかけたが、瞬時に輝きを膨張させ、鎧騎士のような姿へと変化していくガーネットたちに、目を丸くしている。
「
ナタリーは控えていた琥珀獅子に飛び乗ると、再び魔物の群れの中へと舞い戻っていく。宝石の騎士たちも、円を押し上げるように散開しながら戦闘を開始していた。
魔物の攻撃を丸い盾で受けては剣を薙いで確実に仕留める、獅子奮迅の宝石騎士たちに、先ほどの生徒がふらふらとバリケードから出てきて、うわ言のように呻く。
「なんだよ、石ころじゃなかったのかよ……学園で一番強い俺を無視しやがって……」
その言葉に、彪は彼こそが、或鳩の話していた自称主席の生徒なのだと察した。しかし、生意気な言葉とは裏腹に、獅子を駆る少女をハラハラと目で追っている様子に苦笑し、隣に立つ。
「ナタリーを助けに行かないのか?」
「はぁ、あんたバカか? 相手は龍だぞ、あんな奴を庇ってたら俺まで死んじまう!」
「まだ言ってるのか……。素直になれよ。ナタリーのこと好きなんだろ?」
男同士の直感をぶつけると、男子生徒はすわと飛び上がった。
「ちちちちちげーし! つか、こんな時に何ふざけたこと言ってんだよ」
「ふざけたことを言っているのは君の方だろう!」
彪は思わず怒鳴りつけていた。自分と話している間もナタリーの方をちらちらと窺っていたくせに、胸の内を否定してまで保身に走る姿勢に我慢がならなかった。
「……なんだよ、なにマジになってんだよ」
「オレは、君みたいにウザい御託ばっかり並べる奴を一人知ってる。けどな、あいつは――」
脳裏に或鳩の顔が過る。少なくともあいつは自分自身に嘘をつかないし、心配になって目で追うどころか、吹き飛んだフローリアの下へと真っ直ぐに走っていける奴だ。
「あいつは、君なんかよりずっと強いぞ!」
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